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(ケイティの視点)クローヴィンガー

 小太りなおじさん。


 コルヴタールに引きずられるように連れてこられたクローヴィンガーの第一印象はこれだった。


「なんだよ、パーヴェルホルトもいたのか」と言うクローヴィンガーは汗を拭く姿がよく似合っている。

「久しぶりだな、クローヴィンガー」パーヴェルホルトが言う。「なんでこんなところにいるんだ?」

「なんでって……、封印が解けたので表に出てみたら、なんか前とずいぶん違って人間だらけだし、面倒ごとに巻き込まれてまた封印されるのは懲り懲りだよ」

「お前を封印できる人間はそういないだろう」

「それはそうなんだけどさ。とにかくここに来てのんびりしてたんだけど、いたんだよ、あいつが」

「あいつ?」

「ベアトリーチェ」


 クローヴィンガーはちょっと周りを見回した。


「時間の流れがあれだから正確には分かんないけど、何日か前に突然、目の前にベアトリーチェが現れたんだ」

「へー、何か言ってた?」アグネーゼが口を挟んだ。「あ、私はアグネーゼ。人間だけど、コルちゃんとパー兄の友だちだから安心して」

「あー、その呼び名、懐かしいな。コルヴタールは変わってないな」

「アハハ、変わるわけないよ! クロたん!」と言って、クローヴィンガーのお腹をボヨンボヨンと揺らすコルヴタール。実に楽しそうだ。


「私はケイティです。私たちもベアトリーチェを探しているのです。何か言っていませんでしたか?」

「ああ、よろしく。何も言ってなかったよ。というか、いきなり攻撃魔術を連発してきたんで、この辺まで逃げてきたんだ。最初はもっと海に近いところにいたんだよ。それで、また人の気配がしたんで逃げようと思ったら、コルヴタールが飛んできたというわけ」


 自分を封印した相手だ。クローヴィンガーがベアトリーチェを見間違えることはないだろう。ターニャの中からこんなところに移動していたとは。


「ここではベアトリーチェは魔術を使えて、しかも自由に動き回れるのね。どこでもそうなのかしら?」アグネーゼがパーヴェルホルトに尋ねた。

「どうだろうな。もとの世界ではそこまで自由に動けなかったのであれば、世界により制約が違うのかもしれん」

「そうよね。だからこそあちらではターニャの体を借りてたわけだしね」


 ベアトリーチェがここにいそうだということは分かった。そうするとここはアレクシウスとの戦いにはあまり適さないかもしれない。


「ここには魔物はいるんでしょうか?」私はクローヴィンガーに尋ねた。

「ああ、いるよ。大型のは見かけなかったけどね。昼間はあまり出ないけど、夜は気を付けたほうがいい」

「そうですか」


 人間はいないし、身を隠せるところは少ない。それに魔物も多少いるのならアグネーゼが言っていた条件には合う。それに、ベアトリーチェがいるということは、ここはやはりターニャがアレクシウスと会った世界なのだろう。おびき出しやすさもあるかもしれない。


「まぁ、ベアトリーチェ次第でしょう」アグネーゼが言う。「もう一箇所くらい見れば充分かもね」

「お前たちは何をしてるの? ここで何かするつもりなら、俺は移動するよ」

「いえ、移動する必要はないわ。クローヴィンガー、あなたも協力して」

「え? 協力?」


 アグネーゼがクラインヴァインとアレクシウスのことについてひと通り説明すると、クローヴィンガーは眉をひそめて唸り声を上げた。


「うーん、あいつらまだやってるのか……。アレクシウスの執念深さには参るね」

「だから、クラインヴァインとアレクシウスには一対一で戦ってもらおうと思ってるのよ」

「一対一か。そりゃ良い考えだけど、そんなに上手くいくかな?」

「上手くいかなきゃ、いずれまたあなたも封印されることになるだけでしょ」

「そりゃそうだ。でも、アレクシウスが勝ったら同じことだよね?」

「そこは五分五分なんじゃないかな。でも、罠に掛けるのはクラインヴァインで、掛かるのがアレクシウスなんだから、若干クラインヴァインが有利なんじゃない? お仲間を信じなさいよ」

「そうか……、そうだよな」


 言葉遣いはともかく、上手いこと説得するものだと感心した。


「それで、俺はここで何をすればいいの?」

「とりあえずあまり動き回らないで欲しいのと、できればベアトリーチェがどこにいるのか調べて欲しいのよ」

「ああ、それくらいなら簡単だ。後は、戦いに適しそうな場所とかも見ておこう」

「助かるわ。天候の変化とかも気になるわ」


 アグネーゼとクローヴィンガーが話している間、パーヴェルホルトは遠くの方を見つめていた。何か見えるのだろうか?


「パーヴェルホルト、何か見えますか?」

「いや、何もいないな」

「不思議なものですよね。動物や昆虫なんかはいても良さそうなものですのに」

「そうだな。だが、魔物や植物はともかく、生物が存在する世界は非常に少ないのだ。全体から見れば、お前たちのいる世界は奇跡なのだ」

「そういうものなのですか」


 せっかくの奇跡なのに、人間同士でいがみ合っているのはどうなのだろうと思ったが、今考えるべきことではない。

 話が一段落したところで、私たちは次の世界に向かう。


「さあ、次の世界に行きましょう。ノンビリしてられないわ」


 パーヴェルホルトが黒い渦を出し、クローヴィンガーにブンブン手を振るコルヴタールを先頭にその渦に入っていく。




「これはまた……」アグネーゼが思わず呟いた。

「海だああ!!」と叫びながらコルヴタールが砂浜を駆けて海に突撃していく。

「コルちゃん、そんなに駆けては危険かもしれませんよ」と言ってエレノアが追いかける。


 目の前には白い砂浜、そして青い海が広がっている。振り返れば草木が茂り、遠くには山々が見える。


「フィルネツィアにはない景色ですね」

「うん。初めて海を見たわ」


 波打ち際でコルヴタールがバシャバシャと遊び始めた。止めに行ったはずのエレノアも巻き込まれて一緒に遊び始めたように見える。


「ロザリアも行って良いのよ?」

「いえ、私はお側を離れません」


 遠く彼方には水平線が見える。雄大な景色に感動さえ覚える。


「良いところね。でもやっぱり生物はいないのかしら?」アグネーゼが周囲を伺いながら砂浜の方に歩き始めた。

「生物の気配は感じられないな」パーヴェルホルトが言った。

「残念ね。海の魚を食べたかったのだけど」


 フィルネツィアには川はあるが海はない。だから川魚は食卓に上ることも多いが、海の魚は滅多に口にすることがない。一番近い海はエーレンスの北東ということになるけど、そこから輸入しても新鮮な魚介類は手に入らない。


「ここはガンマと呼ぶわね。海は私たちには魅力的だけど、戦闘には向かないかもね」

「そうだな。やはり先ほどのベータが有力か」

「そういうことね。クローヴィンガーは何かあればあなたに連絡するでしょうから、その時はこちらにも共有してね」

「ああ、分かった」パーヴェルホルトは頷いた。

「じゃ、ちょっと遅いけど食事にしましょう。ロザリア、二人を呼んできてくれる?」

「かしこまりました」


 二人を呼びに行ったロザリアがコルヴタールに引きずり込まれて波を浴びた。三人とも笑顔で、微笑ましい光景だ。




「美味しい!」サンドイッチを食べながらコルヴタールは満足そうだ。


 砂浜に座って私たちも食事に手を伸ばす。エレノアが朝から準備してくれたそうだ。


「ここは時間の流れはどうなってるのかしら? 体感的にはせいぜい数時間しか経ってないと思うんだけど」

「ゲート、あの渦のことだが、あれを通る時に結構な時間が経過するはずだ。一瞬で通過するように感じても、時間は流れている」とパーヴェルホルト。

「なるほど。それは移動する世界によって違うのね?」

「確かめたことはない。だが、移動元と移動先によって異なるだろう」


 ではもしかすると、出発して数日経ってしまっているかもしれない。ブレンダにもあまり心配かけたくないし、パーヴェルホルトはゼーネハイトが気がかりだろう。


「では、食事をとったらいったん帰りましょうか」

「そうね」


 綺麗な砂浜と海を見ながらの食事は美味しく、そして楽しかった。普段よりも時間がゆったりと過ぎているような、平和な気持ちになる。


「私、老後はここで暮らそうかしら?」


 アグネーゼがそう言うのも分かる気がした。

別の世界の視察を終えました。

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