(ターニャの視点)クラインヴァインとの話
私がアレクシウスと直接話をすると宣言したのを、クラインヴァインはたいそう気に入ったようで、「もうちょっと話をしたいから、夕食を食べていきなさい」と誘ってくれた。
仕事があるので夕食前には戻ると言ってクラインヴァインは出掛けていったが、屋敷の側仕えが昼食を出してくれた。
「ターニャ様、本気なのですか?」心配なのだろう、ルフィーナはあまり食事が進んでいない。
「おいしいですよ。ルフィーナも食べなさい」私はスープを飲む。フィルネツィアにはない味だ。エーレンスには海があって魚が獲れる。給仕してくれた側使えによるとこれが海の魚の味らしいけど本当に美味しい。「もちろん、本気ですよ」
フィルネツィアからの客とは給仕たちには言ってないので、食事は三人一緒だ。ヴィットリーオと食事をするのは初めてだけど、普通に美味しそうに食べている。
「ヴィットリーオ殿はどう思いますか?」ルフィーナが反対してくれという目でヴィットリーオに話を振った。
「私は」ヴィットリーオは食事をとめ、うっとりしたような目で語り始めた。「感動いたしました。自分の命が危険になるかもしれないというのに、皆が幸せになるための選択をされたターニャ様は素晴らしいと感じました」
……はい?
呆気にとられる私とルフィーナを置き去りにして、ヴィットリーオは席を立ってさらに語り続ける。
「ケイティ様もアグネーゼ様も、いや、他の大人たちもみな、自分たちが巻き込まれないための選択をします。別に非難されるべきことではありません。それが普通なのです。ですが、ターニャ様は新たな解決を模索されています。クラインヴァインもアレクシウスも救う道を! ターニャ様こそ真の女神なのだと確信しました!」
……ヴィットリーオはどうしちゃたのだろう? こんな性格じゃなかったと思うのですが……。
ルフィーナも不思議なものを見る目でヴィットリーオを見ている。
「あの……ヴィットリーオ? 大丈夫ですか?」
かつてない笑顔で私の目を見つめてヴィットリーオが言う。「私は目が覚めました。ご存知の通り、私は私が楽しむために選択し、行動してきました。私はターニャ様のために、ターニャ様がフィルネツィア王に、いや、世界の王になるためにこの身を捧げましょう」と言って、ヴィットリーオは私の前に跪いた。
「私はそんなことは望んでいませんよ」
「そうでしたね」ヴィットリーオは顔を上げ、今度は真剣な顔になって言葉を続ける。「では、私はターニャ様の選択を実現するために尽力いたしましょう」
午後もクラインヴァインの屋敷で過ごす。さすがに町に出るのは問題が多そうだから仕方ない。
夕食にはクラインヴァインが戻ってきて、四人で食事をとる。側仕えがみな部屋を出ると、クラインヴァインは大きく溜め息をついた。
「人間の仕事は面倒なことばかりね。とくに書類仕事にはうんざりだわ」
「そんなものなのですか」私は魔術士団長がどのような仕事をしているのか知らない。
「ええ、とくに前国王が亡くなってからは、会議と書類の山ね。夏まで待つなんて言わなければ良かったわ」クラインヴァインが肩をすくめた。
どうやらケイティとアグネーゼとの話により、クラインヴァインは夏まで動くのを待ってくれるという話になっているそうだ。それならこんなに慌ててここに来る必要もなかった。
「まぁ、私が待っても、勝手に他の国は戦争を始めそうだけどね」
「他の国……? どちらですか?」
「ゼーネハイトよ。きな臭いことになってるみたいね」
ゼーネハイトは去年フィルネツィアと戦争をして、大きな損害を受けたはずだ。また戦争ができるような状況なのだろうか?
「人間は争いが好きよね」
「たしかにそういう方もいるかもしれませんが、私は平和が好きです」
「フフフ、気が合うわね。私もそうよ」
人間を滅ぼそうという人に平和が好きと言われてもなと思ったけど、根本的な問題はそこではないことには気付けた。
「ところで、ベアトリーチェはどこに行ってしまったのか分かりませんか?」私はベアトリーチェが槍を撃った話をしたが、どうやらすでに話は聞いていたようだ。
「あの魔女が反射的にコルヴタールを撃つようなタイプではないことは良く知ってるわ。何か理由はあるのだろうけどそれは分からない。あなたは何か知ってるんじゃないの、ヴィットリーオ?」
「その件については本当に知らないのです。ただ、ベアトリーチェがいる可能性が高いのは、こことは別の世界でしょう」
「なるほどね」クラインヴァインは納得したようだけど、私はよく分からない。
「別の世界ですか?」
「ええ、ターニャ様がアレクシウスと会われた場所もこことは別の世界です。別の世界は無限に存在するのですが、その中には稀に魂が実体化できる世界があるのです」
そう言えばあの時のベアトリーチェは私とは別に動いていた。私の夢の中だからだと勝手に思っていたけど、あれは別の世界で実体化していたのか。
「その世界だとベアトリーチェは自由に動けるのですか?」
「ええ、ですがそもそもいったんは死んだ身です。極めて不安定な存在だと思います」とヴィットリーオ。なるほど、良く分かりません。
「もしかするとあなたの姉たちは会うかもしれないわね」
「はい?」
「ケイティとアグネーゼは今、別の世界をいろいろと見て回ってるのでしょ?」
そうだったのか。それは知らなかった。というか、私いろいろと知らなすぎじゃない?
「まぁ、可能性は低いでしょう。かなりの偶然がない限りはバッタリ会うようなことはありません。そうそう、別の世界のどこかにはクローヴィンガーもいるのです」
「クローヴィンガーとは?」
「皆さんの言う五人の悪魔の最後の一人ですよ」
ああ、五人いるんでしたね。
「……それにしても、やけにいろいろと教えてくれますね?」
「私はもうターニャ様に隠し事はしないと決めたのです。何でもお聞きください」ヴィットリーオの笑顔がちょっと怖いんですけど。
ヴィットリーオはクラインヴァインに私の素晴らしさを語り始めた。いたたまれないので止めてほしい。
「ですから私はターニャ様が望むことを実現させるために動くことにしたのです」
「フフフ、あなたがそんなことを言うなんて珍しいわね。でもヴィットリーオの言うことも分かるわ。たしかにたいていの人間は自分を守るか、自分が大切にしているものだけを守るかのどちらかよね」
「私は平和が大切なのです」
「その考え方は良いわ。大事にしなさい」
私自身は別におかしいと思っていないのだけど、珍しいのだろうか。私が安心して暮らすためには世界が平和であることが必要なだけだ。逆に誰よりも自分勝手なようにも思えるけど、これで良いというのならありがたく納得しておこう。
「私が聞きたいのはアレクシウス様のことです。種族が違うとは聞きましたが、どのような性格の方なのですか?」
「とても真面目で、そして孤独を嫌うタイプでした。もともと私たちは勝手気ままに暮らすことを好みます。アレクシウスがやってきた時も誰も関心を示しませんでしたが、それが寂しかったのでしょう。それで、彼女は人間を創ったのです」とヴィットリーオ。
「そして私たちを規律に当てはめ、一緒に暮らすようにしたのもアレクシウスよ。寂しさをこじらせたんでしょうね」
寂しさから人間を創り、神々をまとめ始めたのか。寝る時以外に一人になることがない私には、寂しさという感情はよく分からない。
「他の神々はそれに従ったのですか?」
「ええ。対立したのは私たちだけよ。他の連中は従ったというより、別に異議を唱えなかっただけね」
「であれば、寂しさは紛れたのではないですか? なぜいつまでもあなたたちのことを目の仇にしているのでしょう?」
「真面目さのほうもこじらせてしまったんでしょうね」寂しげにヴィットリーオが言う。「私たちの適当さを許容できないのでしょう」
少々、いや、だいぶ面倒な性格をしているようだ。争いは止めましょうと言うだけで受け入れてくれるだろうか?
「話して分かるやつとは思えないけど、あなたが話せば何か違うような気がするわ。楽しみにしているわよ」と言ってクラインヴァインは微笑む。「私がエーレンス王妃になる夏までにもし上手く収まれば、私も戦争を仕掛けるのはやめて平和な世界を創ることを約束するわ」
「分かりました。任せてください」
「ただ、あなたの姉たちも色々考えてるみたいだから、早い者勝ちよ」
「うっ……、そうですね。頑張ります」
ターニャに心酔したヴィットリーオでした。
明日は都合で更新できませんので、次話は明後日です。
※間違いを修正しました(2018/3/6)




