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(アグネーゼの視点)アルファからベータへ

 グングンこちらに近づいてくる大きな岩に向かって、パーヴェルホルトが剣を抜いて飛んで行く。比喩的な表現ではなく、飛行魔術で本当に飛んでいる。


「ゴーレムだ!」目を凝らしていたコルヴタールが叫んだ。


 岩から腕と足が生えて人型になった。勢いはそのままに駆けてくるのが怖い。振動がここまで伝わってくる。まだここからはずいぶん遠く見えるが、相当に大きいようで遠近感が分からなくなる。


「せいっ!」


 パーヴェルホルトが気合いとともにゴーレムに斬り込んだ。ゴーレムの表面に衝撃波が走る。パーヴェルホルトはゴーレムの周囲を飛び回りながら立て続けに斬りつけ続ける。


「硬そうね?」それでも傷が付かないゴーレムを見て私は思わず呟いた。

「あれは相当に硬いんだ」

「コルちゃんは知ってるの?」

「うん、ただあーちゃんの世界にはいない種類の魔物だね」


 パーヴェルホルトの剣は足止めにはなっているようだが、何度斬りつけても傷までは負わせられない。ゴーレムのほうも腕を振り回しパーヴェルホルトを振り払おうとするものの当たらない。


「膠着状態ですか?」ケイティが心配そうに言う。

「大丈夫」コルヴタールが自信のありそうな顔で断言した。「もうすぐ終わるよ」


 パーヴェルホルトはちょっとゴーレムから距離を取ると、剣を構えたまま空中に停止した。剣がみるみる光を帯び、その光は刀身の数倍にも広がっているように見える。


「消えろ! 石くれがああああ!!」


 パーヴェルホルトが剣を振り下ろすと、剣に宿っていた大きな光が波のようにゴーレムに直撃した。光が当たった部分が爆発したかのように砕け、砂煙を上げながらゴーレムが崩れ落ちていき、岩山に戻っていく。


「やったあ!」コルヴタールが喝采を挙げる。


 完全な停止を確認して、パーヴェルホルトが飛んで戻ってくる。


「ねえ、コルちゃん」

「なに?」コルヴタールはまだ喜んで踊っている。

「あんなすごい技があるなら、最初から撃てば終わりだったんじゃない?」

「いや、あれはとんでもなく硬いんで、ある程度傷を付けないと砕けないんだ。パー兄は何度も斬りつけて細かい傷をたくさん付けた上で、魔力の剣を撃ったんだ」

「なるほど」


 そんな理由があったとは思わなかった。それではパーヴェルホルト以外にゴーレムを倒すのはとてつもなく大変ということになる。


「待たせた」パーヴェルホルトが丘の上に戻ってきた。「すぐに移動するぞ」

「ん? どうして?」

「周りを見ろ」


 パーヴェルホルトが周囲を見るように促すので見てみる。なんだろう?


「周りはゴーレムだらけだ。こんなところにいてはお前らの命がいくつあっても足りぬ」


 たしかによく見れば、周囲の岩山がいくつも動いているような気がする。あれらが全部ゴーレムなら大変なことだ。死なないパーヴェルホルトとコルヴタールと違って、私たち人間は死んだら終わりだ。

 パーヴェルホルトが前方に手をかざし、黒い渦を出現させた。「さぁ早く。コルヴタールが先頭を行ってくれ」

「了解!」


 私たちは急いで黒い渦を通り抜けた。




「草原ですね」渦を通り抜けたケイティが周囲を見渡しながら言った。


 しんがりのパーヴェルホルトが出てきて渦は消滅した。


「ここはさっきとは別の世界なのね?」私はパーヴェルホルトに尋ねる。

「そうだ。さっきの世界でもお前たちの世界でもアレクシウスのいる天でもない世界だ」

「なるほど。分かりにくいわね。さっきの世界は便宜上アルファと呼びましょう。ここはベータね」


 一面の草原だ。ところどころに背の高い花が顔を覗かせているが、フィルネツィアでは見たことのない花だ。


「草原なら虫でも飛んでそうなものですが、ここには虫がいないようですね」

「魔物の気配はどう?」

「今のところないな」パーヴェルホルトは油断せずに周りの様子を窺っている。あれほど強くても油断しないというのはすごいことだ。


「アグネーゼ様」エレノアが私に声を掛けてきた。

「なに?」

「ここは、ターニャ様がアレクシウスと会ったという世界ではありませんか?」

「うん。私もそうかもしれないと思っていたの。ケイティ姉上から聞いた話そのままの世界に見えるわ」

「そうですね。そう思います」ケイティも頷いた。


 だとすれば、ベアトリーチェもアレクシウスも足を踏み入れたことのある世界ということになるが、別の世界はたくさんあるという話なので、似た世界も多いのかもしれない。


「ベータはなかなか有力候補じゃない?」


 パーヴェルホルトとコルヴタールの方を見ながら言ったのだが、反応がない。二人とも同じ方向を見ながら黙り込んでいる。


「どうしたの?」

「何かの気配を感じたんだけど、一瞬だったんで良く分からなかった」コルヴタールは首を傾げた。

「アレクシウス絡みの者かもしれぬ。注意しろ」とパーヴェルホルトは表情を引き締めた。


 少し周囲を見てみようということになって、私たちは歩き始めた。先頭はパーヴェルホルトで、しんがりはコルヴタールだ。


「飛んじゃった方が早くない?」と言った私にパーヴェルホルトが首を振る。

「その方らと一緒に飛んでいるところを襲われると、回避も防御も難しいのだ」


 たしかにそうだ。戦いに関して本当にパーヴェルホルトは頼りになる。連れてきて良かった。


 少し小高くなっているところに着いた私たちは周囲を見渡す。一面草原だが、風が吹くたびに草が波のように揺れて不思議な景色だ。遠くには木々も見える。植物体系は私たちの世界に近いようだ。


「ねぇ、パーヴェルホルト」

「なんだ?」

「さっきのアルファやここへ来るときに出した渦は、何か違いがあるの?」

「どうやって、違う世界に繋げているか、ということか?」

「そう。魔術が違うの?」

「いや、厳密には魔術ではないのだ」


 パーヴェルホルトが色々と説明してくれたが、残念なことに私にはほとんど理解できなかった。かなり大雑把に意訳すると、空間を直接ねじ曲げて異なる世界を繋げているらしい。


「よく分からないけど、私たちの世界からここにまた来ることはできるわけよね?」

「ああ、それは大丈夫だ」


 そんな会話をしていると、コルヴタールが突然動きを止めた。遠くを見つめて固まっているようだ。どうしたのだろうと私が声を掛けようかと考えた刹那、コルヴタールはすごい速さで駆けだした。目にも止まらぬ速さだ。


 ザザッ!


 草よりも低い体勢で駆けているのか、ここからは草の倒れる筋が凄まじい速度で伸びていっているようにしか見えない。

 目を凝らしてもよく分からないくらいの距離で止まったようだ。なにやらコルヴタールが飛び跳ねているように見える。


「パーヴェルホルト、見える?」

「ああ、見えるし、気配で分かった。捕まえたようだ」

「何を?」

「クローヴィンガーだ」


 クローヴィンガーって、……五人目の悪魔?

やっぱり強いパーヴェルホルトでした。

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