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(アグネーゼの視点)恋する乙女

 転移魔術の光が落ち着いたのを感じて目を開くと、目の前にはちょっと呆れ顔のパーヴェルホルトが立っていた。


「転移してくるのは構わんが、せめて一報入れてほしいものだな」

「ああ、そう言えばそうね」


 たしかに、これから行きますという手紙を先に転移させておいた方が、相手にも心の準備ができるだろう。


「そう怒るなよ! パー兄!」と言ってコルヴタールがパーヴェルホルトに飛びついた。

「怒っちゃいないが、転移先がどんな状態か分からんままに転移するのは危ないこともあるのだ」

「その通りね。気を付けるわ」私は手近な椅子に座った。


 お茶をいれますので厨房をお借りしますと言ってエレノアが部屋を出ていく。


「お前らは……。自分の屋敷のようだな」苦笑するパーヴェルホルト。

「明日くらいにはケイティ姉上も来るので、よろしくね」

「そうか、って、もうちょっと詳しく説明してくれないとよく分からんぞ」

「お茶でも飲みながら話をしましょう」




 エレノアがいれてくれたお茶を飲んでひと息吐いて、私はパーヴェルホルトに説明を始める。


「例の、別の世界を見に行きたいのよ」

「ああ、クラインヴァインとアレクシウスを一対一で戦わせるという話か」

「そう。そんなことができるところなのか、一度見ておく必要があるでしよ?」

「まぁ、たしかにそうだな」

「それで、あなたにも付いてきて欲しいのよ」

「俺もか。それほど危険なところだった記憶はないが?」

「ずいぶん前の記憶でしょ? 変わってるかもしれないし。それに作戦を進めることになれば、あなたの力も必要だわ」


 別の世界を利用してアレクシウスに仕掛けるとすれば、パーヴェルホルトにも見ておいてもらった方が良いはずだ。


「なるほどな。強引だが良く分かる話だ」パーヴェルホルトは頷いた。

「ケイティ姉上も見たいというので一緒に行くことにしたわけ」

「うむ。彼女はなかなか賢いから、何か考えるには良いだろうな」


 パーヴェルホルトはそれほどケイティと話をしたわけではないと思うが、その賢さを見抜くには充分だったのだろう。


「だがな」パーヴェルホルトはいったん言葉を切ってから続けた。「俺はあまりエルフリーデと離れるわけにはいかんのだ」

「せいぜい二、三日だと思うけど?」それほど時間は掛からないと見込んでいる。

「その二、三日で状況が変わりかねない」


 どうやらエルフリーデは次のゼーネハイト王になるべく動いているようだ。第一王子派の貴族や領主の切り崩しや、近隣国への働きかけもしているらしい。

 当然、第一王子側はその動きを掴んでいて、いつ騒動に発展してもおかしくないそうだ。


「ずいぶん性急な動きね。エルフリーデ王女はまだ未成年でしょ?」

「これをその方に言ってよいのか分からぬが、ゼーネハイト王は体の調子を崩しているらしい。生命に関わる病状だそうだ」

「そう……」

「ゼーネハイト王はまだ次期王を定めていないそうで、エルフリーデ曰くここが正念場のようだ」


 病状が良くないのであれば、いつ第一王子を次期王と定めてもおかしくない。それを止めつつ、周囲の切り崩し工作をしているのであろう。たしかに危険も多そうだ。


「それなら、あなたは常に側に付いていた方が良いのではないの?」

「大丈夫だと言い張るものでな。お守りはたくさん渡してある」


 数回の物理攻撃や魔術攻撃を防げるお守りだそうだ。そしてそのお守りに変化があればすぐに飛んでいけるようにはしているらしい。


「だから今ここを動くのは難しいのだ」とパーヴェルホルトが言ったところで、部屋の扉が開いた。エルフリーデだ。


「行ってください、パーヴェルホルト」エルフリーデは部屋に入ってくるなり言った。私は立ち上がって礼を執った。

「そうは言ってもな……」

「あなたが私を守ろうとしてくれるのは嬉しいですが、護衛もたくさんいますので大丈夫ですよ」

「うむ……」


 エルフリーデは先日のような平民に似せた服ではなく、貴族の装束を身に着けている。表からは人の声や馬の鳴き声など聞こえているので、今日は護衛を連れているのだろう。


「なるべく早く帰ってきてくれれば大丈夫ですから……。ね、パーヴェルホルト」と言うとエルフリーデは、座っているパーヴェルホルトの頭を抱きしめた。


 あらあらやっぱりと思ってエレノアの方を振り返ってみると、エレノアは頬を染めながらコルヴタールの目を両手で塞いでいる。コルヴタールのが相当年上なんだけどね……。




 私たちはパーヴェルホルトの暮らしている一つ上の階の部屋を借りることにした。ケイティが来ていたときもこの部屋を使ったそうだ。


「あまり良い部屋ではないけど、明日にはケイティ姉上も来るでしょうから、一泊だけ我慢ね」


 そう言ってエレノアを見ると、まだ先程の光景がリフレインしているようだ。


「悪魔と人間の恋なんて、ロマンティックですねぇ」エレノアが恋に恋する乙女になってしまっている。

「私たちの前でイチャイチャするのはやめてほしいわね」私は肩をすくめた。

「パー兄はエルフリーデのことが好きなのかな?」なにやらコルヴタールも興味がありそうだ。

「そうよ、コルちゃん。お互いに愛し合ってるんですよ──」こんなに前のめりなエレノアも珍しい。


 エレノアとコルヴタールが恋愛トークに突入してしまったので、私は窓から外の景色を眺める。以前ゼーネハイトに来たときよりも緑が深くなっているような気がする。


 そんなに時間は経ってないのにね。


 なんとか予定通りにパーヴェルホルトは連れ出せそうだが、あまりノンビリするわけにもいかなそうだ。別の世界はいくつもあると聞いているけど、良さそうなところを見繕うしかない。


 すべてが片付いた後、私たちはどうなるんだろう。


 まだ始まってもいないのに終わった後のことを考えるのは逃避ではないかと我ながら思うけど、つい考えてしまう。


 ブレンダ姉上は次期王になるだろう。学校を卒業して、本格的に王になるための修業に入るのだと思う。

 ケイティ姉上とはそういう話をしたことはないけれど、国と聖堂の関係を良くするための動きをしてくれるのではないかと思っている。今回の件で神に対して思うこともずいぶんとありそうだ。聖堂の改革をできるのは彼女しかいない。

 ターニャは卒業したらヴィーシュに帰るのだろう。結婚してヴィーシュで暮らすことが夢と言っていた。本当は王都に残って欲しいけど、本人の意志があまりに強いので仕方ない。


 では私は?


 旅に出たいとは思っている。色んなところに行って、色んな人と会い、見聞を広めたい。でもそれはやりたいことであって、なりたいものではない。私はどうなりたいんだろう?

色々動いてますが、三章はここまでで、次話から四章です。

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