Ⅲ
「ただいま……」
家に帰ってくるときは、少し憂鬱だ。帰り道にあんなことがあったのに、それとは違う、現実が私を待っている。ルートさんは私のことを認めてくれたようで、私の勇気とやらを認めてくれた。私自身も必死だったけれど、案外、あの化け物の足は遅かったようだ。私の足が速いわけではなく、あの巨体ではあまり速度が出せないのだろう。
「おう、帰ったか」
父がリビングで缶ビールを飲みながら、私に声をかけてくる。私はそれを意にも介さず、無視して部屋に向かおうとする。
「おい紗那」
呼びかけてきた。私は嫌悪感いっぱいに父に向き直る。
「何?」
「お前、まだ漫画なんてもの描いてるのか」
いつものことだ。いつも言ってくる。
「私の趣味にとやかく言わないでって、何度も言ってるでしょ。お父さんに心配されることは何もないよ」
「はぁー……」
あからさまにため息をつく父。その挙動に私は苛立ちを覚えずにはいられない。私は何も言わず、ただ父の言葉の続きを待った。
「お前、もう17なんだぞ? 将来のことくらい考えろ」
「私の人生でしょ。指図しないで」
「指図なんかじゃない。ただの人生の先輩からの忠告だ。大学に言って、普通の人生を歩んだほうがいい」
人生の先輩ってなんだよ。
先輩面してんじゃねえよ。
「……約束は、守ってね。私が新人賞を取ったら、漫画家になることを許してくれるって」
「……ああ、そんな約束もしたな。できない夢を追い求めることなんて、そんな無意味なことをやめて勉強しろと……お前は何度言っても聞かないからな」
うるせえクソ親父。
黙ってろ。
私はその言葉を買わずに、部屋へと戻った。
壁を軽く殴って、漫画を描く作業へと戻る。
……今日、私は一つ乗り越えたんだ。
そして、明日だ。
寝て、起きたら――私は、新しい人生を、歩む。




