Ⅰ
「あれ」
紗那が初めて戦いに出て、そしてルートさんに認められたその翌日、私は昇降口で紗那に出会った。昇降口で特定の人と会うことと言うのはなかなかないが、ふとしたときに会ってしまうというのもまた真理だ。とくに会いたい人もないのだけれど。
今日は少し違った。
今日の紗那はいつもと違った。
いや、今日紗那に会ったのは今が初めてだから直接見たわけではない。しかし見なくてもわかるものはある。というのも今日は紗那と出会わなかったからだ。
出会わなかったことが、いつもと違った。
いつも休み時間のたびに私の教室に来て、始業のチャイムぎりぎりまで私と話をしている。話というか、紗那の一方的な話しかけで、私は当たり障りのない相槌を打っているだけなのだけれど。
そういえば紗那のおかげでクラス内からの視線が私に集まってくるようになった。別のクラスの人が来ることなんて、なかなかないのだから。クラスの奇異の目が私に集まるのが分かった。むしろ紗那に集まっている気がしなくもないが、紗那自身はそんなことを気にしていないものだった。
しかし今日は、紗那は来なかった。
昼休みには必ず来るのに、今日は来なかった。
別に一人きりで昼ご飯を食べることに何も抵抗はないし、むしろ紗那と一緒に食べるということのほうが慣れていないことなのだけれど。そんなわけで紗那が昼休みに会いに来ていなかった。
まあ、今思い出したのだけれど。
昇降口で紗那の姿を見て、今日の出来事がおかしかったことに気付いた。
相変わらずの薄情だ。
「…………」
紗那は私の姿を見て、少し驚いたような顔をして、うつむいた。
「……?」
どうしたのだろう。いつもの紗那らしくない。顔を見せないというか、瞳を私のほうに向けてくれない。別に向けられないことにはなれているが、紗那がそういうことをするというのは慣れていることじゃなかった。
だから、紗那にはそういう振る舞いは合わない。
似合わない。
一瞬ほかの人に空目してしまったかと思った。友達はいないとしても人見知りをするタイプではないので、おかしいなと思った。
いや、おかしかったのは紗那の様子だ。
「……ごめん」
紗那はようやく言葉を発した。
第一声が謝罪とは、自分が何をしたのかと思わざるを得ない。いや、自分に何をされたかだ。いつもと様子が違うから私が何をしてしまったのかと思ってしまったが本来謝罪とはそういう風ではない。
では紗那のほうが何かをしたのか。ううむ。紗那のことを今日一日何も考えていなかったことを鑑みると、自分のほうが薄情で悪い気になる。だから罪悪感を覚えたのか。しかし紗那は今日私に何もしていない。会ってもいないのだから。見てもいないのだから。
ああ、そうか、今日会えなかったことについて謝っているのか。別に謝る必要もないのに。その程度慣れているし、紗那がいなくても私の日常は問題なく過ごせる。言い換えれば私の日常に紗那は不要だ。ああ、こういう風に考えてしまうのが私の薄情なところなんだよなあ。本当に心の声が外に漏れないようになっていてよかった。もし漏れ出していたらもれなく嫌われていただろうから。
「……どうしたの?」
とりあえず内面が曝されて嫌われてしまう前に心配してみた。嫌われるのは嫌だ。だっていろいろ面倒だもん。
「……ごめん、今日は……一人になりたいの」
「あ……そうなの?」
泣きそうな、でもこんなことろで涙は流せないというような顔をしている。いつも明るい紗那のイメージとは、何度も言うがかけ離れている。
……いや、紗那の泣き顔なら見たことはあるけれど。その時のような感じだ。しかし今日のは……あまりにもよそよそしい気がする。他人行儀、なんて紗那らしくない。あのときは申し訳なさから泣いていたんだなとわかったけど、今回は――
本当に何なのかわからない。
「ねぇ、本当に何があったの? なんか……らしくないよ?」
このまま訳の分からないままに紗那と別れたらこれから本当に気まずくなる。そのままにしておくわけにはいかない。
「ごめん」
でも、紗那の返事はそれだけだった。
「ちょ……ねえ、何もないわけじゃないでしょ? 話してくれないとわからないって」
「…………」
紗那は押し黙った。何かをこらえているような、泣いてしまいたがっている。そう思う。
「……ねぇ」
「うるさいっ!」
――紗那が叫んだ。泣いてしまいたがっていたその表情は、衝撃とともに涙を決壊させた。何とも言えない悲痛な表情。私に対して嫌悪感を抱いているようなそんな表情。まさかそんな表情をされるとは思っていなかった。
まさか、怒られるとは思っていなかった。
怒鳴られるとは思っていなかった。
いや、しまった――深追いしすぎた。私らしくもなく、追及してしまった。
……いつぶりだろう。こういう風に叫ぶような声を聴いたのは。人がこんなに感情を一度にぶつける声を聴いたのはいつぶりだろうか。心の飛び上がるような、いつもと違う場所に立っているような、物事のあらゆることに違和感があるような。荷物も視線も空気も重い。
私はその紗那の言葉に、何も返せなかった。身動き一つとれなかった。指も、足も、何もかもが凍り付いてしまったかのような。
「一人にしてって言ってるでしょ! さとりに何が分かるっていうの! あんたみたいな……なんにもしてないやつに、私の気持ちがわかるわけ、ないでしょっ!」
――なんにもしてないやつ。
あからさまな侮蔑の言葉を浴びせられて、私はその場に立ち尽くした。
否定できようもない。
何もしていないのだから。
しようとも思っていないのだから。




