【第一章】昴とスバル2
すいません、また遅れました!
まだ四話なのに、信用度が底辺に達しているのが目に見える……。
これからは投稿の期限は目安程度に考えてください。(土下座)
暗い海をたゆたう。
つい先刻までは忙しなかったような気もするが、ここではそんなことはない。
あらゆるしがらみから離れて自由。
何をしてもいいし、何もしなくてもいい。
どこまでも広がる自由……。
でも、それは糸が切れた風船の自由に似ている。
ふと、海底に淡い光が見える。
何ともなしに近づき、その光の中に入ると、そこは狭くて小さい部屋の中だった。
そこにはベッドが一つだけあって、他には何もなかった。
そこは病院ではないようだったが、どこか病室のように時間の流れが遅かった。
ベッドの横には男の子が一人いた。
床に直接座り込み、体育座りで顔を膝に隠していた。
めそめそと泣いていた。
「どうして泣いているんだ?」
男の子は問いには答えなかった。
しかし上げた顔と目が合う。
小学校低学年くらいだろうか、幼く気弱な性格が一目で分かる顔立ち。
その顔を縁取るのは、冗談のような薄く水色がかった髪と、サファイアのような碧眼。
右目だけを半ば覆い隠す前髪も合わさって、まるでコスプレでもしているようだが、とてもナチュラルにも見える。
まるで二次元から抜け出したかのようだった。
「君は……?」
どこか見覚えがあるのに思い出せない。
小骨が喉に引っ掛かったような感覚に、顔をしかめる。
「……ボクは、すばるだよ」
「すばる? 俺と同じ名前?」
「そうだよ、すばる。……ボクの名前は、まとえすばる」
その瞬間、光が弾けて全てを飲み込んだ。
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目を開けると、知らない天井があった。
(……夢?)
やけに印象深く感じる夢だった。
俺は何ともなしに起き上がろうと右手を動かし、
「痛っ」
鈍く走った痛みに顔をしかめる。
見ると、右の手首辺りに固定用のギプスが巻かれていた。
そのギプスを眺めて、ようやく思い出す。
「こっちは夢じゃ……、なかったみたいだな」
左手で手術着のような服を捲ると、最後の一撃を食らった腹には酷い青痣ができていた。
見るからに痛そうだったが、痣には軟膏か何かが塗られている。
それは他の細かい擦り傷などにも同様で、すべて適切に治療されているようだった。
(あのドS眼鏡が治した、とか……?
……いや、それはないな)
あんな他人をゴミクズのような目で見るような奴が、こんな丁寧な治療をするとは思えない。
思い出した途端、腹が立ってくる。
「結局、眼鏡を叩き落とすだけで精一杯だったからな。
次こそあの眼鏡ブチ割ってや……、ててっ!」
右手の怪我を忘れて拳を握り締め、走った痛みに身悶える。
青痣のある腹も勿論痛いが、怪我の度合いでは右手の方が酷いようだった。
「そういえば、ここはどこだ……?」
ゆっくりと身を起し、周囲を窺う。
しかし、ベッドが3つ並んだ保健室のような部屋には、他に誰もいないようだった。
俺はベッドから降りると、素足のままゆっくりと広い部屋の中をうろつく。
薬品棚に、診察用の机と椅子。窓はなく、出口は扉一つきり。
他にあるのは、足り畳まれた担架と全身鏡くらいで―――。
「……え?」
思わず鏡を二度見する。
そこには夢で会った泣き虫の少年そっくりの誰か――というか俺が居た。
「ええええええ!!???」
痛む身体を引きずるように鏡へと飛びつく。
顔をペタペタ触って確かめるが、その顔は間違いなく俺の顔だった。
鏡なので左右反対に映っているが、片目を隠す鬼●郎ヘアーに水色の髪と目。
冗談みたい、というかコスプレにしか見えない容姿だが、不自然ではなくちゃんと似合っているところがすごい。
「若返っている……、というか完全に別人じゃん俺」
髪型や色を除いても、将来性の高い整った容姿はどう考えても別物である。
今更ながらに、手足どころか身長さえ驚くほど縮んでいることに気づく。
声も子供の甲高い声に変わっていた。
「……どうなってるんだ?」
見慣れない、しかし既視感のある顔。
それは先ほど夢で見たよりも前にどこかで……。
もう少しで思い出せそうなのに思い出せない。
そんなもどかしい思いに囚われていた俺は、徐々に大きくなる足音に遅れて気付き、
「ん?」
―――バン!
と、突如勢い良く開かれた扉を、呆気にとられた顔で見返す。
そこに立ち尽くしていたのは、肩で息をする高校生くらいの少女だった。
よほど急いでいたのだろう。
恐らく少し前までは整えられていたであろう髪は、ところどころ跳ねるように乱れていた。
白いワンピースに黒い七分袖の上着、といった如何にもお嬢様然とした姿の彼女は、長い黒髪をかきわけるように顔を上げる。
「スバちゃん!!」
その瞳は、心配の色で満ちていた。
俺は慌てた。
大和撫子という言葉がよく似合う美少女が、俺の方を泣きそうな目でじっと凝視しているのだ。
今だかつてない異常事態に冷や汗が出る。
「え、えっと……」
「スバちゃーーーん!!!」
「ちょっ!?」
美少女の姿がぶれた、と思ったら急加速した少女がこちらへ突っ込んでくる。
思わず激突を恐れて身構えると、少女は目の前で魔法のように急減速して抱きついてきた。
―――ぎゅううううううう!!!
「ひぎっ?!!」
「こんなにひどい格好になって! 痛かったよね! 怖かったよね!」
「~~~~!!」
ミシミシ!
感極まったような抱擁は、それ故に手加減容赦が微塵もなく。
俺は顔に押し付けられた大きめな双丘の感触を喜ぶ暇なく、全身を襲う激痛に悶え苦しむ。
俺は堪らず、少女の背中を叩く。
「ぎ、ギブ、ギブ」
「……あ、ごめんね、スバちゃん?!
私、また加減なしに……」
ようやく抱きつき地獄から解放された俺は、力尽きたように座り込む。
目の前の少女は、オロオロした様子で心配そうな視線を向けてくる。
どうやら見かけに反して、随分とそそっかしいらしい。
こういう時、可愛いというのは実に得だと思う。
文句の一つも言いたいところだったのに、それだけでもう許せてしまう。
「大丈夫だよ、ふじ姉」
その言葉は、苦笑と共に驚くほど自然に口から零れ落ちた。
初対面の相手のはずなのに、何故かこんなやり取りを自然に感じる。
「……えへへ。
やっぱりスバちゃんは優しいね~」
そう言って、少女は今度こそ包み込むように柔らかく抱き締めてくる。
肩越しに覗く黒髪からはいい匂いがする。
だが肉体年齢が幼いからか、邪な思いは不思議なほど生じない。
むしろどこか懐かしく感じて、安心できた。
「訓練、よく頑張ったね。偉いよ」
耳に感じる囁きが心地よい。
時折、猫可愛がるように擦りつけられる頬がくすぐったい。
ずっと続いて欲しいと思えるような、穏やかな時間。
俺の目蓋は、次第に重くなり……。
ふと視界に映った、抱き締められている自分の姿――その構図――に見覚えを感じて、
「って、あああああああ!???」
ガバリと跳ね起きた。
俺は目を白黒させて尻餅をつく少女に気遣うことすら出来ずに鏡へと飛びつく。
やはりそうだ。
見覚えがあるのも当然。
目の前に映っているのは、とある自社ゲーの攻略キャラである―――
「こいつ……、学ブレの的衛スバルじゃん!!!?」
すぐに気がつかなかったのも当然だ。
メインで登場するのは高校生になったスバル君で、今の小学生っぽい姿ではない。
ゲーム内では、幼少期のスチル――キャラ主体の一枚絵――は僅かしかなかったが、そうと分かれば最早間違いようがない。
「やー、ようやく合点がいったわ」
一人で鏡を指差し、うんうんと頷く俺。
その様子を、置いてきぼりにされた少女は呆気に取られたように見ていて……、ついに決壊した。
「ふええええん!!! スバちゃんが壊れたーーーー!!!!」
ようやく転生自覚しました!