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ココネのうた  作者: 筑波社
ある街で――
7/23

今日もコネコと戯れる 1

「食べるか?」

 すっと、昨夜と同じようにトレイを差し出した。今日は昨日より夜も早い時間。今日は忘れずに水も用意してあった。

 ドールは昨夜と同じく疲れて地面に座り込み、ギターを大事に抱えか細い声で歌っていた。何度か聞こえなくなり、どこかに行っているようだったが、一日中だ。

 丸一日歌い続ける疲労というのはいかほどなのか。ましてこんな小さな体のどこに、そんなやり続ける意志と体力がある。

 疲れた顔をしていたドールが顔を上げ、おそらくトレイから立ち上る匂いに気づいたのか、あるいは自分の声を覚えていてくれたか。

「パンの人だ!」

 勝手に命名されていた。もう少し他になかったのか。せめて――

「パンの人じゃなくて、パン屋の人」

 背後の店を指差しそこの店員だと伝える。ほおぉ、とドールは声をもらすが、きっとわかっていない。なにより、見えていないはずだから。

「違うの?」

 案の定である。というか、店という存在を知らないようだ。

 ドールは貴族の人形。買い物だってしないし、食べ物は頼まずとも自動で出てくる環境にいただろう。それならばそれで、一人で歌うドールの姿は、この上なく奇異ということだが。

 訂正することをあきらめる。まあ、屋が付くか付かないかの問題でしかないのだが。

 気を取り直してトレイをドールの前に置く。今日は柔らかい食パンにレタスとささみを挟んだサンドイッチだ。食べやすいように半分に切ってある。

「いただきます」

 告げてドールは手を組んだ。まず水を手に取り半分ほど飲み干した。やはり喉は相当に渇いているらしい。水を用意しなかった昨日の後悔が、静かに鎌首をもたげた。

 サンドイッチに手をつける。

 一口かじり、笑みを浮かべる。気に入ってくれたようだ。と思うと、トレイにすぐ戻し手付かずの半分を自分に差し出そうとする。

 手で制しようと右手を伸ばしかけて、やめる。

「いい。食べてきたから」

 うーんと、言われて少し不満げにうなり、手が行ったり来たりと往復したが、結局食べかけのサンドイッチに戻り、気を取り直して食べ始めた。

 自分はドールの脇に移動し、縁に座りその姿を眺める。

 本当に小さい。まだ二桁は確実にいかない、幼い子供の身体。貴族によっていいように生み出された存在。長い金色の髪は肩を越えて腰まで届きそうだ。

 昨日から、それ以前からはどうしていたのか定かではないが、全く手入れしていないのが乱れた様子から見て取れる。綺麗に洗髪し整えれば、見事な輝きが生まれるのだろう。

 着ている服は白一色のワンピース。上等な物だろうにこちらも全体的に土色の汚れが目立つ。今まで気づかなかったが、腰から下に毛布をかけていた。昨日までにはなかったものだ。麻で編んだもので目立った解れもなく、しっかり編んである。決して安いものではない。

 夜は正直、冷える。

 今のドールの格好では、確実に凍えてしまうだろう。昨日なかったということは、誰かからもらったものだろうか。

 もの思いから帰ると、サンドイッチは半分消えていた。丁度いいと思い、声をかけた。

「昨日は、あの後どこに行ったんだ?」

 ドールは水を含んで喉を潤し、答える。

「川、のど渇いたから」

 単刀直入な返答だ。かつ内容もまた明白である。後ろには水を湛えた泉があるわけだが、これが飲み水でないことは、匂いか何かでわかるのだろうか。

 街の中には二本、外から流れてきている川があり、それが街の中央で合流し、また街を分断して外に流れている。ここからそう遠くない。

「本当はね、帰ってくるつもりだったの」

 申し訳なさそうに頭を垂れる。帰って来なかったのは、自分がよく知っている。やはり、何かあったのか。

「でも水飲んだら、寝ちゃった」

 とりあえず、昨日の待ち時間と心配を返して欲しい。そう言いたい。

「昨日、ごちそうさまでした」

「いや……」

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