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ココネのうた  作者: 筑波社
ある街で――
5/23

疲れたコネコにパンを 2

 ――空に浮かぶ月のよう。曇りなく、真っ白な眼球が、二つ。

 自分と、目と目は向き合っているが、おそらく目は見えていないに違いない。トレイを差し出しても不思議な顔をされたのは、至極当然のことかもしれなかった。

 と、思ったのだが。

「パンだ!」

 言葉を理解したドールは途端に歓声を上げた。瞳がなくても、見えているのだろうか。

「食べていいの?」

 内心、混乱しているとは露知らず、ドールは目を輝かせて訊いてくる。

 どうやら相当にお腹を空かせていたらしい。覇気すら感じられる剣幕に若干気圧されながらも、自分もその場に腰を降ろし、トレイを置いた。

「やった! ありがとう!」

 ギターを脇に置き、手がパンに伸びる。その手は二回、トレイの上で宙をかき三度目で捉えた。

 その様を見て確信する。やはり目は見えていないようだ。おそらく匂いと、トレイを置いた音で、パンの存在と場所を察したようだ。 

 ドールはそれほど大きくないパン切れを両手で包み込み、そのまま口に運ぶと思いきや、そうはせずトレイに戻した。

「どうした、食べていいんだぞ?」

 どうしたのかと思えば、ドールは手を組み目を閉じ、いただきますと告げたのだった。

「どうぞ召し上がれ」

 あまりに自然で、健気で、思わず口を突いて出てしまった。言ってから恥ずかしくなり顔を背けた。

 ドールはといえば、パンの皮を破り咀嚼する音が聞こえる。少し落ち着いて顔を元に戻せばすでに、一切れ食べ終わっていた。

 ぱりっと、二つ目を手に取り半分に割る。

「おいしいよ! はい」

 ドールは無邪気に笑うと、割った半分をこちらに向けた。おいしいのは知ってると返す。本当に外見だけでなくやることなすことが子供のようだ。それでも、屈託なくおいしいと言われるのは素直に嬉しい。

「ありがとう」

 差し出されたパンを受け取る。ドールは満足そうに頷き、自分の分を口に運ぶ。口いっぱいに頬張り、苦しそうに顎を上下させる。もらったパンを、自分も端の方からかじる。

 そうして口に含んだパンを飲み下そうとした時、ドールは唐突に口を押さえ顔色を悪くさせた。一目見て、喉に詰まらせたのだとわかる。

「待ってろ、今水汲んでるから!」

 立ち上がって、店に向かい一目散に駆け出した。

 失念していた。半日近く歌い続け、さらにパンを食べ、ドールの喉はからからに違いなかった。どうして、水一杯も用意しようという発想がなかったのか。

 店にたどり着き、厨房に入って、水がめから椀に水をすくいすぐにまた店を出る。立ち上がってからそんなに時間はかからなかったはずだ。

 ドールの元に駆け寄ろうと足を上げて、しかしすぐに勢いを失くして動きが止まる。

 ドールがいない。

 呆然と立ち尽くした。さっきまでそこにいてパンを頬張っていた姿が、忽然と消えていた。

 泉に歩み寄ってみる。自分の持ってきたトレイだけがぽつんと、地面に置いてある。泉をぐるりと一周回っても見たが当然、いない。

 元の場所に戻り、縁に腰掛ける。

 いったいどこに行ったというのか。喉が詰まり苦しそうにしていた表情を思い出す。とにかく、その後、難なく飲み込めたならいいのだが。

 しばらくその場から離れることができなかった。何食わぬ顔で、戻ってくる可能性もある。何も自分が面倒を見る必要なんてどこにもない。どこにもないのだが、このまま行方が知れなかったら、それは後味が悪いではないか。

 そもそもどうしてドールはここで歌を歌っていたのか。

 まるで夕方からの出来事が幻だったかのように、ドールは消えてしまった。

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