●ぽんぽこ9-9 仕切り直し、自己紹介
議長に決まったのはライオン。
議長を選ぶ多数決は、自身への投票はなし、長かその代理の者が一票ずつ投票する形式で行われた。ライオンが四票を集め、次点のフクロウが三票。トラ、ギンドロが二票。キングコブラ、コモドオオトカゲ、カンガルーが一票ずつ。二票が未投票で、これは投票を拒否したラーテルと欠席しているナマケモノの分。
多数決の結果が出た瞬間、リカオンは思わず横目で隣の席に陣取っている群れを確認した。そこに腰を下ろしている猛獣、トラ。規格外のイリエワニや、細長いキングコブラを除けば、ここに集まる動物たちのなかで最も大きな体躯。ライオンよりも僅かに一回り大きい。
ライオンを目の敵にしているそのトラから文句の一つも出るのではないかと気が気でなかったが、いつもの荒々しさをどこかに置き忘れてきたように、無言のままライオンが議長になることに口出しはしなかった。
丸い耳をあちこちに向けるが結果に不満を呈するような者はいない。トラブルもなく開始されそうなことにはリカオンは安心したが、ふとライオンのたてがみを後ろから見上げて、ほんの少し不安に駆られる。このライオンはタヌキが化けているもの。タヌキお前大丈夫か、荷が重ければ口出ししてサポートするぞ、という気持ちを込めてライオンの尻尾を尻尾でさりげなく叩く。しかし、ライオンは毅然とした態度で、リカオンを振り返ることもなく、
「俺様は議長などやりたくないが」と前置きして「それでは堂々巡りになるからな。皆ヒマでもないところこうして集まったわけだ。有意義な時間にすべきだろう」
ごおお、と気合の咆哮を上げて、場を引き締めると、
「まずは、自己紹介をすべきだな。初対面の者もいるんじゃないか」
ぐるりと見渡す。反対意見はない。
心中穏やかでなかったリカオンも、うまくやれそうなタヌキに胸を撫でおろす。記憶にある本物のライオンと比べても遜色のない威容に、ここまでなり切れるものなのか、と感心すらしていた。
「まずは俺様の群れからやらせてもらう。今回議長を務めるライオンだ。俺様の後ろにいるのが副長のブチハイエナとリカオン」
二頭のブチ模様の獣は、円卓を囲むように集まっている全員に姿が見えるように少し中央に進み出て、
「ブチハイエナです」「リカオンだ」と、軽くあいさつすると、また引っ込む。
「次はそうだな」ライオンは左右隣に視線を向けて、
「トラ。お前の方からぐるりと一周するか」
バトンを渡されたトラは、
「俺のことを知らん奴がいるとは思えん」
ふんっ、と鼻を鳴らして顔を背ける。すると「代わりに私が」とマレーバクが「我らが長ベンガルトラと副長の私マレーバク、それからトムソンガゼルです」
呼ばれたトムソンガゼルが軽く首を伸ばして、つややかな角と体の横にすらりと引かれた黒い縞模様を衆目にさらす。
それからさらに隣へとバトンが渡され、ライオンの指示通り、各群れが順番に自己紹介をしていく。
「キングコブラだ。うちの群れでは俺が全てを決めてるから副長は連れてきてない。だからその辺は割愛する」
議長に選ばれなかったことで不貞腐れているラーテルの代わりに、ヤブノウサギが、
「ラーテルが長の群れの副長のヤブノウサギです。お見知りおきを」
続いて明褐色のふかふかした毛衣に、目の周りには黒丸、むっくりとした短い尻尾、という風貌のアナグマが遠慮がちに前に出て、顔を上げたその時、
「あなたはタヌキ!?」
フクロウが驚きの声をギンドロの梢に響かせた。
「違うよ!」
すぐさまアナグマが困ったように否定する。ライオンに化けているタヌキはどきりと心臓を跳ねさせながらも、首をほぐしていると言わんばかりの動きでごまかし、背中がかゆいというように尻尾の房で自分の背中を叩いてなんとか平静を保った。
「ぼくはアナグマ。エチゴモグラの群れの副長だよ。長ともうひとりの副長のアナホリゴファーガメは都合が合わなくて出席できなかったから、今回はぼくが群れの代表として参加するよ。よろしくね」
アナグマの自己紹介が終わると、面倒くさそうにウルフハウンドが起き上がって、
「アイリッシュウルフハウンドだ。俺もキングコブラの群れと同じ理由で副長は連れてきていない」
次の群れに視線が集中する。が、眠ったように動かない。会議場から少し距離をおいて取り囲んでいる聴衆も、どうしたんだ、とスピーカーを震わせた。
「見物している方たちはどうか静かにお願いします」とブチハイエナが軽く注意して、リカオンが「次はセンザンコウの番だぞ」と促す。
副長の小さなミツオビアルマジロが耳打ちすると、カッと眼が開けられて、棘のような鱗をまとった体がずずいと前に出てきた。
「センザンコウ」
無骨かつ簡潔な自己紹介。すぐにアルマジロが注釈に乗り出して、
「正確にはオオセンザンコウだよ。ぼくが副長のミツオビアルマジロ。で、こっちが」装甲に被われた頭を向けて「同じく副長のオオアリクイ」
紹介されたオオアリクイが後ろ足で立ち上がって両手を掲げる。暗褐色の毛衣に肩と首にかけて白と黒の筆でなぞったような模様。引き伸ばされたような細長い顔の先端から粘着質の唾液をまとった長大な舌を見せつけると、
「よろしく」ペコリと頭を下げた。
前足がずしりと下ろされると、長い長い毛で太い棒のようになっている尻尾がふっさりと風になびく。アリクイはナマケモノと同じ有毛目。どことなく似た面影があるが、こちらはどっしりとした体形で、硬い蟻塚に穴を開けられる強力な爪を保持している。有毛目と、アルマジロが属する被甲目は同じ異節上目に属しており、近縁関係。それが理由、というわけでもなかったが、オオアリクイとミツオビアルマジロは仲の良い友人関係。この集まりのなかでは最小の体長のアルマジロを、その六倍ほどの体長のオオアリクイが背中に乗せて、会議場全体を見渡せるように手助けしていた。
一時進行が乱れたものの、今度は間を置かず次の群れの代表が滑らかに喋り出す。
「先程は皆さん大変失礼いたしました。わたし、カピバラが長の群れの副長のヨーロッパビーバーです」
申し訳なさそうな低姿勢で首を伸ばすと、にこりと笑って鋭い出っ歯を陽に輝かせる。そうして、船のオールに似た平たいゴムのような尻尾でぺちぺちと地面を叩いた。
当の長のカピバラはイリエワニに吹き飛ばされて目を回していたが、起きてからは会議をビーバーに任せて元気に勧誘活動へと出かけていた。奔放な長とは違いビーバーは落ち着いた態度で、腰の低さを崩さずに、
「長はあの通りの方ですから、今回はこのわたしが代理ということにさせていただきます。長の了承はしかと得ていますのでご心配なく」
それから会議に参加する面々だけでなく、その周囲を取り巻いている聴衆に向かって声を張り上げて、
「見物しているみなさーん。長はちょっと強引な方ですが、うちの群れは怖くありませんからねー。齧歯類じゃないみなさんもぜひいらっしゃってくださーい。川がいっぱいあるのが縄張り特徴ですよー。伸び伸びと泳げる川がたくさんありまーす」
「俺の縄張りにも広い川があるぞ」
思わずイリエワニが対抗するように大きな声を出すと、
「いま群れの勧誘をするのはやめてください」
ブチハイエナにふたりそろってぴしゃりと怒られてしまった。
「いやいや失礼」ビーバーは軽妙に肩を竦めて、
「お次の方どうぞ。イリエワニさんですね」
巻き込まれる形でお叱りを受けたことにしゅんとしていたイリエワニは、集まった動物たちのなかでは飛び抜けて巨大な体をオアシスの水中で揺らしながら、やや緊張した面持ちで、
「えーっと。イリエワニだ。副長はムササビと……」
「ムササビよ! 先に言っておくけど、タヌキとアナグマみたいに、あたしとモモンガと間違えないでよね! あたしはモモンガよりおっきいし、ほら」
と、イリエワニの頭の上でぴょこんと体を広げて飛膜を見せつけると、
「首と手の間と、足と尻尾の間にもマントがくっついてるのよ」
ムササビの主張が終わると、
「えーっと、もういいか」
「うん」
「あと、もうひとりの副長のスイセンだ」
「スイセンです。よろしくお願いいたします」
オアシスの畔で可憐に咲いた黄色い花。麗しい香りが仄かに漂うと、イリエワニは少々緊張がほどけた様子で「以上だ」と締めくくった。
「長のコモドオオトカゲだ。よろしくな」
「ぼくは副長のムカシトカゲ」
イリエワニの体長には劣るものの、ブチハイエナぐらいの体格がある巨大な爬虫類のコモドオオトカゲと、ミツオビアルマジロと同じぐらいに小さなムカシトカゲ。コモドオオトカゲは灰緑色のするんとした体。ムカシトカゲはイグアナのようにごつごつした苔緑色の体に、細かな背びれのようなとげとげが頭から尻尾までに並んでいる。ムカシトカゲはトカゲと名前にあるものの、いわゆるトカゲ目である有隣目ではなく、独自のムカシトカゲ目に属している原始的な特徴を残す動物。表面的な姿以外の体の内部はトカゲとは異なる部分が多い。
「次のひとどうぞ」ムカシトカゲが隣に声をかけると、短角のシカ科がぴょんと出てきて、
「アタシはキョン。副長よ。こっちの四角い顔してるのが長のイボイノシシ」
イボイノシシは台詞をキョンに取られてむっとしたが、鼻を鳴らして細かな砂を舞い上げるだけで、大人しく紹介の役を譲ることにした。もうひとりの副長であるウマグマは今回は欠席。縄張りに残って、いつくるかもわからない敵性NPCの襲撃の防衛にあたっている。
「できたばっかりの新米群れだけどよろしくー。はい。うちのとこは終わり。お次どうぞ」
空席になっているナマケモノの席は飛ばされて、カンガルーの順番。カンガルーはわざわざ会議場の中央まで進み出ると、
「私はアカカンガルー。群れの長」
盛り上がった大胸筋とポケットのついた腹直筋を見せつけるようにポージングを決めて、
「こちちが副長のウォンバット」
ウォンバットが、筋肉狂いの長の奇行に少し居心地悪そうにするのも気にせず、上腕二頭筋と僧帽筋を誇示しながら、
「こちらが副長のタスマニアデビル」
大腿四頭筋をすらりと見せる。いずれも有袋類と呼ばれる動物たち。しかしウォンバットとタスマニアデビルはポケットのような育児嚢がカンガルーとは違って逆向きについている。これは穴を掘る際にふくろのなかに土が入らないように。
ウォンバットはずんぐりした明褐色の体をしたコアラに近い動物。リカオンほどの大きさがあり、全体的にどっしりとしている。タスマニアデビルは黒い毛衣に胸元を横に走る白い模様がツキノワグマに似ている。体格はアナグマほどしかないが、強靭な顎は大柄なハイイロオオカミにも迫る威力がある。
そして、タスマニアデビルの大きな特徴はその鳴き声。呻くような、叫ぶようなけたたましい声。悪魔が夜に吼えるような悍ましさ。紹介されたタスマニアデビルがいままさに、その鳴き声を発したので、
「うるさいっ!」
キングコブラとラーテルが同時に怒りの声を上げた。タスマニアデビルは抗議するように鳴いて、
「そっちの方がうるさいよっ!」
と、言い返す。こんなやり取りが続いたので、聴衆からは「いい加減にしろ!」「まだはじまらないのか!」と不満の声が上がった。にらみ合う三者にブチハイエナが、
「会議の進行を妨げる行為がくり返されるなら、ペナルティを設けましょう。王の判断でポイントを付与して、二ポイントで退場というのはどうでしょう」
「それでいい」とコモドオオトカゲ。「そうしましょう」とフクロウやギンドロも同意する。
「じゃあタスマニアデビル、キングコブラ、ラーテルにそれぞれペナルティだ」
ライオンが言い渡す。これにタスマニアデビルとラーテルが抗議しようとしたが、
「これ以上なにか言うなら、いますぐにでも退場してもらうぞ」
と、脅すように言われて、渋々ではあるが引き下がった。
「えっと。次いいですか?」
「どうぞ」
順番が回り、
「長のホルスタインです」
「僕が副長のアグー」
白黒の乳牛と、黒豚が丁寧にあいさつをして、反応を窺うように耳をくるくると動かす。
家畜と呼ばれる動物たち。アグーはイボイノシシと同じイノシシ科、さらにホルスタインとウシ科を同じくするトムソンガゼルがこの場にいるが、比較するとどこか野性味が薄れているような牧歌的な雰囲気がふたりにはあった。
続いて、会議場を半ば覆うように枝を伸ばすギンドロの樹上から、
「森林の縄張りで群れを率いるシマフクロウ。どうぞよしなに。これが副長のシロハヤブサと、こちらがコンドルです」
フクロウの首がほとんど真後ろに向くぐらいに回されて、二羽が視線で指し示される。同じくギンドロの枝を借りているハヤブサとコンドルは順に翼を広げ、会釈するように首をもたげた。
しん、と場が静まる。広々と木陰を投げかけている大木に視線が集まる。
「では、あたくしの群れで最後ですね。」ギンドロが満を持してというように、淑やかにスピーカーを震わせると「ギンドロと申します。ピュシスの陽が沈む場所。渓谷の底の縄張りを統べる女王がわたくしです」
片面が白く染まった手のような形の葉が広げられる。綿のような種子をまとった花々を枝にまとっているので、背は高いが威圧感はない、柔らかなシルエット。そんなギンドロの樹の後方で、その三分の一ほど、イリエワニ二頭分ほどの背丈のスミミザクラが、美しい桜の白花を開きながら、スピーカーを元気に震わせた。
「あたしが副長のスミミザクラよ」
オアシスの湖面から強い風が吹いて来て、花びらがざわざわと舞い散った。鈴のように枝に連なる赤黒い果実が揺れる。つやつやとした、ふたつぞろいの果実。さくらんぼと呼ばれるその実に、ライオンとトラが同時に目を向ける。最強の肉食獣二頭の鋭い眼光を向けられたスミミザクラは、
「な、なによ」
戸惑いの声を出したが、
「……食べたいならあげるけど?」
肉食獣には相性有利の植物族らしい気丈さで切り返した。すると、ライオンとトラは「ああ」と言いさしたが、お互いに目を見合わせて「いや」と申し出を断る。
スミミザクラは不思議そうにその反応を見守っていたが、すぐに気を取り直して、
「もうひとり副長のマンチニールって子も来てるけど、会議には参加しないって言って向こう岸にいるよ。よかったら、あとで会ってあげてね。はい、紹介おしまい」
集まった全ての群れの自己紹介が終わると、ライオンが改めて場を見回して、
「よし。ではピュシス会議を……」
と、開始を告げようとした。がその時、空に大きな影が差した。クロハゲワシがライオンの背に舞い降りて、藪から棒に、
「死にかけのコアラがいたから誰か迎えにいってやってくれ」
「なんでコアラが?」
リカオンが尋ねると、
「ナマケモノの群れの副長なんだと。長の代わりにこの会議に出席しようとしたらしいんだが、向かってる途中で体力が尽きたらしい。ユーカリを握り締めて砂に埋もれてた」
「コアラってどのぐらいの重さなんだ。運ぶのは大変そうか?」
「だいたいわたしぐらいの体格ですよ」ヤブノウサギが言うと、ハゲワシが目をやって「そうだな」と答えて、
「俺だけでも引きずってこれるが、それだと時間がかかる。できれば、もう一羽ぐらいの翼を借りたい。もしくは中型以上の動物だったら背中に乗せて運べると思う」
それを聞いたマレーバクが近くの岩を見上げて、
「ユキヒョウ。行ってあげたらどうです」
「誰がコアラなんぞのために……」
ユキヒョウが拒絶を露わにすると、キングコブラが、
「向こうで遊んでる俺のしもべがいるからアレを使えよ」
と、オアシスの対岸に向けて顎をしゃくった。示された先にはワタリガラス。
「いいのか」リカオンが聞くと、
「手下は使ってなんぼだろ」
キングコブラは割れた舌先を躍らせる。
「じゃあクロハゲワシ。ワタリガラスと一緒にもう一度行ってくれるか」
ライオンが首を捻って背中で羽を休める巨鳥に指示を出すと、
「ああ」
クロハゲワシは再び空に飛び上がった。クロハゲワシはクロと名に付いているものの、完全な黒ではなく濃褐色の羽毛。タカ科のなかでも特に大柄な体がオアシスを渡って、青色をした太いくちばしで冷えた風を切り裂いていく。
ちょうど林檎の歌が終わったタイミング。歌声を称える言葉を並べたてていたワタリガラスにクロハゲワシが事情を告げると、しょうがなく、という態度を滲ませながらも、翼を並べてコアラの元へと向かっていった。
それを遠目に見届けたライオンは、
「待つ必要はないだろう。はじめていいか」
集まった動植物の肯定を受け取ると、
「それでは、これよりピュシス会議を始める」
重々しく開始を宣言した。