●ぽんぽこ9-10 状況把握
「まずは状況の把握が必要だな」
「現在どれだけの数の敵性NPCが確認されているのかということですね」
ブチハイエナがライオンの話を補佐する。
「俺様の縄張りには、はじめの襲撃からこれまで、全部で何体現れた?」
聞かれたリカオンが「五十体ぐらいだったか」
「四十六体ですよ」
ブチハイエナが訂正する。以前なら一体や二体でも縄張りに直接攻め込んでくることがあれば大騒ぎになっていたところに桁違いの数。会議を見守る聴衆に、怖れと不安が入り混じった淀んだざわめきが広がっていく。
「その数を全部倒したんですか?」
ホルスタインが聞くと「ああ」とライオンが勇ましいたてがみを揺らして、尻尾の房をぴしりと振った。ホルスタインはその力強い返答に畏敬の念を抱きながら、
「私のところに現れたのは最初は四体でした。それでも撃退するまでにかなり被害が出て……、それから二体、三体のオートマタが間を置いて襲撃してきました」
他の群れ長たちも続々と数字を報告する。その総数は優に二百を越えていた。
「しかし、サバンナに現れたオートマタがダントツで多いですね」
カンガルーが首を傾げる。
「それは単純に縄張りが広いからじゃないのか」
コモドオオトカゲが言うと、フクロウが、
「みなさんから聞いた遭遇数と各群れの縄張りの分布を照らし合わせると、サバンナを中心に広がっているようにも思えますが」
「オートマタはプレイヤーの縄張りと中立地帯を除いた場所にランダムポップでしょう? たまたま出現位置が偏ったということですかね?」
ビーバーが思案気にする横で、スイセンがライオンに尋ねかける。
「ライオンさんはなにか縄張り付近でおかしなことはなかったでしょうか?」
ライオンはスピーカーを黙らせたまま、視線だけをトラに向ける。発生源がトラに奪われた縄張りに存在する遺跡だということはブラックバックから報告を受けている。素知らぬ顔で知らんぷりしているトラに、キングコブラがくつくつと笑って、ぐるりと巻いたとぐろの先端を向けると、
「自白しちゃいなよ。言ったらすっきりするぜ」
おちょくるような言い草に、トラは顔中に皺を寄せて尻尾を天に突き立てると、微かに喉を鳴らすような威嚇声を上げた。が、感情を爆発させるようなことはなくゆるゆると静めて、
「オートマタどもは、遺跡から発生している」
「本当ですか?」ギンドロの問いに、
「俺の言葉を疑うのか」トラは威圧するように言葉を返したが、コンドルが続けざまに指摘する。
「しかし、オートマタは地表でしかポップしないんじゃないのか? 遺跡の入り口側からオートマタが偶然迷い込んだっていう話はあっても、奥から出てきたなんていうのは聞いたことがない」
ハヤブサが「確かに」と翼を広げると、他にも「そうだ」と同意を示す声が上がった。場の雰囲気がトラ劣勢になりはじめたのを見て取ったマレーバクが「お疑いはごもっともですが歴然とした事実です」と訴え、トムソンガゼルも「僕も問題の遺跡からオートマタが何体も現れるのを目撃しています」
「それはどこなんだ」ラーテルが身を乗り出すと、トラが嫌々答える。
「サバンナに隣接する俺の縄張りだ。と言っても、オートマタに占拠されて、縄張りの所有権を取り上げられているから、いまは俺のものというわけでもないがな」
「その遺跡だけの現象なのでしょうか。それとも今後、各地の遺跡からオートマタが大量発生する可能性があるのか。そうだとすればピュシス崩壊への先触れのように受け取れますが」
フクロウの疑問に対して、
「いまのところはその遺跡だけだろうな」
「どうしてそんなことが言えるの?」
キョンの追及に「そうだー、いいかげんなこと言うなー」と、キングコブラが面白半分という態度で便乗する。それにつられた隣のヤブノウサギが「なにを根拠にそうおっしゃるんです」とトラに迫る。
他にも何名かが声を発する気配を見せたが、それを制するようにマレーバクが大きな図体をのっしのっしと動かして会議場となっている砂地の中央に進み出てきた。
「私がご説明しましょう」
白と黒にくっきり分かれた毛衣をあちこちに向けて、短い尻尾をぐるりと振る。よく通る声で政権演説でもするような緩急のある語り口で、
「我々は遺跡の調査をしていました。みなさんは遺跡のことをどこまでご存じですか? 人工物の匂いがほんのりと香る、装備品の入手場所。罠が仕掛けてあるので、少しばかり探索に注意が必要。そんなところでしょうか。遺跡の階層を下った方はどのくらいいらっしゃいます?」
顔が見合わされ、何名かが声を上げたが、
「ひとつ? ふたつ? どれぐらい下層に進みましたか。みっつほど下ったことはありますか? よっつはどうです?」
と、確かめられると、すぐに脱落していった。
「遺跡は深層に行くほどレアリティの高い装備品が落ちているというのが定説ですが、そんなものを欲しがる奇特なプレイヤーはいないでしょう」
キョンがレア装備品の蒐集家であるウマグマのことを思い出して、前所属群れの副長からのあまりの言われように喉が鳴りそうになったが、イボイノシシに牙を向けられると、首を竦めて笑いを引っ込めた。
「レア度の高い装備品を売却すれば稼ぎが良くなる半面、遺跡深くに潜るごとに強力になる罠と、それに伴う命力消費を考えると、まず採算が取れません。ですから浅層以外を探索することは無意味とされています。しかし!」
マレーバクはぐっと声に力を込めて、少し間を置くと「我々はその深層を目指したのです! なぜなら!」鼻を掲げて、
「このピュシスを救うために!!」
高々と宣言されたあと、マレーバクの熱のこもった演説とは裏腹に、聴衆を含む大半の者は壮大すぎる話に白けてしまい、明らかに困惑した様子でマレーバクとトラの間で視線を躍らせた。「どういうことだ?」イリエワニをはじめとする数名は話についていけずに、こんがらがった頭のなかを必死に整理する。
ちりちりと太陽が傾く気配にウルフハウンドが舌を垂らして、
「もう少し詳しく説明してもらいたいものだな」
「そうでしょう。説明が必要でしょうとも」マレーバクが深々と頷く。
「我々は独自に情報を入手しましてね。このピュシスというゲームの本筋は遺跡にあるんです。群れ戦は副次的なもの。真にプレイヤーたちが行うべきは遺跡の深層を目指すこと」
「それは」フクロウがくちばしを差し挟む「昔オーロックスが言っていたような話ですか」
言われてリカオンは以前ブチハイエナに聞いたオーロックスの話を思い出した。遺跡の奥を目指したドードーの群れ。最深部に辿り着いたものの、ひとり逃げ帰ってきたオーロックス。
「オーロックスが言いふらしたようなものは推察混じりの不完全なものでしかありません。我々はより完全な知識を有しています」
「その情報源は?」
ウルフハウンドが尋ねるが、
「お答えできません」
と、黙秘する態度。
「ただ、確実に言えるのは、我々は遺跡の奥を目指すべきだということです」
「ちょっと待って」ムカシトカゲが挙手するように鼻先を上げて、皆からよく見えるようにコモドオオトカゲの頭の上によじ登ると「ぼくもオーロックから話は聞いた。ドードーの群れがピュシス最大の宝が眠る場所を求めて、遺跡をひたすらに潜ったというやつでしょう? 遺跡の最深部には現実世界に酷似した地下空洞があって、すごい数のオートマタがいたとかいう。そのオートマタが今回の大量発生に関わってるってこと?」
「確かにオーロックスが言っていたような場所が遺跡の最深部には存在しました。我々は街を抜け、オートマタ工場に辿り着いた。その先にいわゆる宝があったわけです。群れ戦で言うゴール地点。このピュシス自体のクリア地点です。しかし攻略には障害がつきもの。工場から湧き出してくる無数のオートマタに我々は……」
「逃げ帰ってきたってことか。そのオートマタを引き連れて」
「それは濡れ衣ですよ。オートマタが溢れるのは避けようがない事態。いつか訪れる事態がほんの少し早まったというだけです」
「避けようはあったでしょ」アグーが鋭い声でマレーバクの語りを遮って「そこに足を踏み入れたから、イベントフラグが立って、こんな事態を引き起こしたんじゃないの。僕にはあんたたちが無用な混乱を引き起こしただけに思えるよ。ピュシスを救うとか言ってたけど、これじゃまるで正反対じゃないか」
この指摘にキングコブラが「そうだ。そうだ」とまた便乗する。さらにそれに乗っかってタスマニアデビルが喉の奥を唸らせ、アナグマも「アグーさんの言う通りかも」と小さな耳をはためかせる。アグーへの同調が広がりかけたが、
「そのお言葉はあまりにも浅慮というものです。大いなることを成し遂げるには困難を乗り越える必要があるのは当然のことです」
「その大いなることっていうのは? クリアしたらなにがあるんです?」カンガルーの質問に、マレーバクは大仰に肩をいからせながら、
「なにもありません」
「それって称号が貰えるだけとか、そういう?」
「なにも起きないということを起こせます」
会議場に大量の疑問符が乱舞すると、見かねたライオンが、
「もったいぶった話で進行を滞らせるのはやめてもらおうか。お前にもペナルティだ。以後、簡潔に話せ。できないなら退場してもらう」
「わかりました」マレーバクは素直に従い、結論だけをスピーカーの音に乗せる。
「もしクリアできればピュシスの消滅を阻止できます」
「消滅?」「ゲームが消えるってこと?」「個人のアンインストールじゃなく?」
矢継ぎ早に声が飛び交う。聴衆たちもこれには黙っていられずに一斉にスピーカーを鳴らしはじめた。収集がつかない状況にライオンが咆哮を響かせたが、それでも混乱は鎮まりきらない。ブチハイエナとリカオンも吠えだして、協力して皆の意識をライオンの方へ集中させようと奮闘する。
「ひとつずつ順番に疑問を解消しましょう!」
「いったんスピーカーを外せ! 口を閉じろ!」
呼びかけ続けると、時間と共に興奮はゆるやかになり、こまかな空気の震えは残るものの、やっとのことでライオンの声が通るぐらいには静かになった。
「まずは俺様が代表して質疑をする。そのあと質問があれば受け付ければいいだろう」
しばらく耳を動かして、異議がないと見て取ると、ふう、と息をついて会議場の中央に陣取っているマレーバクと向かい合う。それから少し逡巡して、隣の席を横目に見ると、
「トラ。お前が答えてもいいが、どうする? 長はお前だろう」
トラはちらとマレーバクと目を見合わせて、そこでなんらかの意思を疎通させると、体を豪快に震わせて力強く立ち上がった。風に漂い、毛衣を小麦色に染めていた砂粒を払いのけると、
「マレーバク。出しゃばりはそのぐらいにしておけ」
言いながら前に進み出る。マレーバクは鼻を引っ込めて、トラと入れ代わりに席に戻る。すれ違う一瞬、マレーバクは意味ありげな視線をトラの背中に向けたが、その眼差しはどこまでも冷たかった。




