●ぽんぽこ9-4 宿敵
キングコブラはやっと会場設営が終わりそうなことに一安心して、とぐろを巻いてくつろいでいたが、そこへラーテルがやってきた。
「よう。毒蛇」
「なんだよ」
キングコブラは、面倒な奴がきたぞ、と顔をそらしたが、ラーテルは詰め寄ってきて、
「なんで俺の戦申請を受理しないんだ」
ラーテルは以前キングコブラの群れとの群れ戦で敗北してから、再戦を望んでいたが、それをキングコブラ側が拒否し続けていた。
「どうぜ勝つのはこっちなんだから、得してるのはそっちなんだぜ」
キングコブラが言うと、ラーテルは、腹側は黒く背中側は白い体をふんぞり返らせて、ふん、と荒い鼻息をはくと、
「俺が怖いんだろう」
「絡むな。うざったい」
カッ、と毒液滴る牙が剥かれたが、ラーテルは平然として、
「毒がなんだい」
キングコブラの口のなかに耳介のない頭を突っ込むように頭突きをかました。
「なにすんだテメェ!」
のけぞったキングコブラが憤慨して威嚇音を響かせたが、ラーテルは全く怖れる様子もなく、
「いいから俺の群れと戦え」
「やだよ」
キングコブラが嫌がるのにも理由があった。ラーテルには毒が効かない。神経毒に対して強い耐性があるので、毒に頼って戦う者の多い群れからすれば厄介この上ない相手。しかもラーテルは柔軟性と硬さを併せ持つ皮の装甲によって防御力が非常に高く、腹側を攻撃されない限り例えライオンの牙であっても通さない。更に鋭い鉤爪や、イタチ科らしい臭腺による悪臭攻撃といった武器も持っている。体は中型犬ほどでそれほど大きくはないが、同じぐらいの体格を持つ動物のなかでは飛び抜けた戦闘能力。
それに加えてなにより気性の荒さ。とにかくしぶとく、しつこい。地球において、世界一怖いもの知らずの動物、と称されたのも納得であった。恐れ知らずに戦いを挑んでいくる。キングコブラは前回の群れ戦でそのことを痛感し、以後相手にしないように努めている。
ぷい、とそっぽを向いたキングコブラの顔の正面にラーテルは回り込むと、
「俺だってやだ。リベンジさせろ」
「俺はもっとやだ」
「やだ。戦え」
「やだやだ」
子供の喧嘩かよ、とキングコブラとラーテルのやり取りを遠目に見ていたハイイロオオカミの鼻がぴくりとうごめいた。勢いよく立ち上がって、新しく到着した群れ長を荒げた声で呼び止める。
「ウルフハウンド!」
「なんだ。元長じゃないか」
言いながら余裕綽々で近づいてきたアイリッシュウルフハウンドが、白灰色の長い硬毛をなびかせて、嘲けるように舌を垂らす。温和そうな顔立ちに似合わない鋭い声と言葉。ウルフハウンドはイエイヌの全犬種で最大の体高を持つ。オオカミと並んでもその体格は決して引けを取らない。
オオカミは鼻先をわななかせて、
「よく面見せられたもんだな」
謀略によって群れを奪ったことに対する非難がこもった視線を、ウルフハウンドは見下して、
「狼の猟犬が役目を果たしただけに過ぎない。こっちのほうが驚きだ。その小汚い顔をもう一度見ることになるとは。今はライオンのところにいるのか? 俺の群れを出ていった紀州犬たちも一緒か?」
「騙し討ちするような奴がトップだと教育に悪いんでな。お前のところに残った若い奴らも全員こっち来るように言っとけ」
オオカミの言葉に、ウルフハウンドは鼻を鳴らして、
「ふん。協調性を重んじるお前らしいよ。しかし、そういうところが群れを奪われる原因だったと学ぶことだな」
「どういうことだ」
「俺たちは狩猟者だ。そしてここはピュシスだ。分かるよな。皆、もっと戦いたがってたのさ」
「お前が焚きつけただけだろう」
「自分の人望のなさを棚に上げて、責任をなすりつけるのはやめてもらおうか」
「なんだとっ!」
食ってかかりそうになったが、オオカミは理性で怒りを鎮めて、
「……お前なんぞの相手をしてたら時間の無駄だ」
立ち去ろうとしたが、
「オオカミ」
今度はウルフハウンドのほうが呼び止めて、
「取り返しにこい。待ってるぞ」
オオカミは眉間に深い皺を寄せて、無言で見返すと、バサリと尻尾を振りかぶって、ウルフハウンドの元から離れていった。ウルフハウンドは去り行くオオカミの尖った耳の先端をしばらく眺めていたが、その姿が水辺の蜃気楼に呑まれて揺らぐと、のっそりと体を反転させた。
出来上がりつつある会議場に向かいながら、そこに集まる各群れの長たちを心底つまらなそうに眺め、ウルフハウンドは沈んだ太陽の代わりに昇りはじめた月を見上げた。