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●ぽんぽこ6-6 ゾウたちの思い出

 アフリカゾウとアジアゾウは、地球人ごっこをしたり、散策に出かけたり、森の奥に過ごしやすい場所を見つけてはお互い教え合ったりして、ピュシスで過ごしていた。

 そうしている内に、ピュシスプレイヤーたちのプレイスタイルに幾度かの転換てんかんがあった。群れクランが大量に作られ、古参こさん群れクランは大規模な集団に成長していた。それにともな群れ戦クランバトルがより積極的に行われるようになった。一回の戦で参加できる戦力は限られるので、大きな群れクランほど参加者からあぶれる者が出てくる。そういった者が戦を望み、間を置かずに戦の予定が組まれる流れができて、戦を偏重へんちょうするプレイヤー思考が高まっていった。

 群れクランではより強い戦力を求める傾向が強まっていた。そうすると、ゾウたちに勧誘の声がかかることも多くなった。ふたりは自力で敵性NPCオートマタに対処できるぐらいの実力があり、遺跡探索で命力(LP)をまかなえたので、どの群れクランにも所属してはいなかった。

 ゾウの争奪戦めいたやり取りもあり、ちやほやされるのは悪くない気分だった。そして、これを機に参加してみてもいい、とふたりの心はかたむいていた。

「どの群れクランに入る?」

 アフリカゾウは当然同じ群れクランに入るものと思って聞いたのだが、アジアゾウは、

「秘密」

 と、いたずらっぽく鼻を揺らした。アフリカゾウは尻尾をぶんぶんと振って、

「どうして?」

「だって一緒のところに入ったら、わたしたち戦えないじゃない」

「どうしてぼくらが戦うの?」

 アフリカゾウが質問を重ねる。

「戦うって、動物らしいとわたしは思う。戦い続けたら、前に言っていた動物らしい動きが身につくような気がする。そうしたら、もっともっとピュシスが楽しくなると思わない?」

 アジアゾウは地球人の真似まねだけでは満足できずに、やはり動物らしくあるべきだと、アフリカゾウに度々たびたびいていた。

「でもぼくら同士が戦う必要はないよね」

「わたしはやるからには最強を目指したいの。この肉体アバターを見て。強そうでしょ。実際すごおく強いけどね。でも、君も負けてないよ。同じゾウ科で、わたしよりも大きなアフリカゾウ。牙もでっかくて立派。強くなるには、強い相手と戦わないと。君が味方だと、わたしは強くなれないよ。君よりも強くなりたいんだから」

「別に一緒でもいい思うけど……」

 おずおずとアフリカゾウが言うと、

「よくない」

 ぴしゃりとはねけられる。そして、

「わたしはもう決めたから、お互い最強を目指そうよ。最強と最強になったら戦場でライバル同士として出会って頂上決戦するの。素敵じゃない?」

 素敵だろうか、とアフリカゾウは考える。考えている内に話は打ち切られ、別の話題に切り替わってしまった。


 結局アフリカゾウはどの群れクランにも所属しなかった。所属すればどこかの群れ戦クランバトルでアジアゾウと出会ってしまい、戦わないといけないかもしれない。それが嫌だった。アジアゾウがどの群れクランに所属しているのか知りたかったが、ソロプレイヤーの身なので交友関係は狭い。少し引っ込み思案な性格も足を引っ張って、なかなか情報を得る機会はなかった。

 ピュシスにただ入りびたる時間が増えた。よく一緒に過ごした泉のそばでぼんやりとしていると、時折アジアゾウがやってきた。そうした時に本人にたずねてはみるが、はっきりとしたことはかたくなに教えてくれなかった。

「まだ群れクランに入らないの?」アジアゾウがつんと牙を突き出してせっつく。

「だってさ……」

「まあ、群れるのは結構めんどくさいところもあるから、嫌がるのも分かるけどさ」

「何かあったの?」

 ちょっとした愚痴ぐちをアジアゾウがこぼすことはよくあった。アフリカゾウはそのたびに静かに耳をかたむけ、断片的な情報を得ていた。

「王がさ。あっ、王っていうのはうちの群れ長クランリーダー。俺のことは王と呼べだって。最近きまぐれにそんなこと言い出したの。すぐきると思うけどね。ライバルの群れクランがあるんだけど、そこのリーダーをめちゃくちゃ気にしてるの。器が小さいのよね」

 その日のアジアゾウは妙に饒舌じょうぜつだった。

「ふうん」

 と、アフリカゾウが気のないふりをしながら空を眺めていると、勢い込んで、鼻を巻きつけてきた。

「まあ、所属する時に組み手みたいなことしてさ、王は強かったのさ。その時は負けちゃった。野生値レベル差が大きかったから当然だけどね。でもテストは合格ってことで入れてもらえたの。強いってことだけで言えば王は尊敬できるよ。環境を使って戦うのが上手だし。でも、あれからわたしの野生値レベル随分ずいぶん上がったから、今やったら負けないと思うけどね」

 話がれていきそうだったので「それで、その王様がどうかしたの?」とアフリカゾウが鼻を巻きつけ返しながら軌道修正をはかる。

「王様っていうか。……まあ王様か。さっき言ってたライバルの群れクランと、この間、群れ戦クランバトルしたの。それがコテンパンにやられちゃって。うちの王がカンカンなわけ。それで、敵のリーダーを止められなかったわたしが悪いって言うのよ。わたしが負けちゃったのは事実だしさ、群れクランが負けちゃったのもくやしいよ。でも敵のリーダーは本当に強かったんだ。わたしあこがれちゃったよ。あのひとと同じ群れクランじゃなくてよかった。そうじゃなかったら戦えなかったからね。でもうちのリーダーとの器の差を感じちゃったな。わたしはすごく頑張ったのよ。それに対してさ、うちのぼんくら王の言い草はひどいと思わない?」

 矢継ぎ早に並べ立てられる不平不満に圧倒されて「それは、ひどいね」とアフリカゾウはただ同意するぐらいしかできなかった。

「そうでしょ。それでわたし遺跡に行かされることになったの。遺跡探索部隊に参加しろって」

「なんで遺跡に?」

「王は馬鹿みたいに遺跡にこだわってるの。遺跡ってたくさんあるけど、それぞれ深さが違うんだって。それで一番深い階層までつながっている遺跡を探してるの」

 アフリカゾウはソロプレイヤーなので、頻繁ひんぱんに遺跡に出入りしている。そうして得た装備品を売って、命力(LP)かせいでいる。けれど、深い階層に足を運ぶのは遺跡が混みあった時ぐらい。ニ、三階層ぐらいしか下りたことはなかった。その先に底があるなんてことは考えたこともなく、はじめて聞く話にただ、そうなんだ、と思っただけだった。

 アジアゾウは、ふう、と息を吐いて「愚痴ぐちってごめん」と、絡ませていた鼻を離した。少し気まずい空気が流れたが、ふたりで水浴びをしはじめると、すぐにわだかまりは消えてなくなった。泥だらけになって、悩みも忘れて散々遊んだ。アフリカゾウにとっては、その瞬間がなにものにもえがたい、現実をめてくれる時間だった。

「お土産にレア装備取ってきてあげる」

 別れぎわに言って、アジアゾウは微笑んだ。

 それがアフリカゾウにとって、彼女の最後の姿になった。


 いつまでっても、アジアゾウが約束したお土産を持ってきてくれることはなかった。

 アフリカゾウはアジアゾウを探した。王、と言う言葉を手掛かりにして、王と呼ばれるのは唯一ライオンしかいないことを知った。プレイヤーたちが口にするライオン像と、アジアゾウの話から想像していたライオン像にはかなりのへだたりがあったが、群れクランのなかにいたアジアゾウと他のプレイヤーたちでは見え方が違うのだろうと思った。

 ライオンの群れクランの縄張りの近くまで行ってみたが、アジアゾウの姿はなかった。縄張りから出てきた構成員らしき動物に話を聞いてみたが、知らないと言われた。

 それから中立地帯でアジアゾウのことを聞いて回った。ピュシスにはチャット機能などはない。全ての情報は口伝くでん。また聞きの更にまた聞きなどは当たり前。伝えられるうちにもはや原型を失っている情報も多かった。膨大ぼうだいな情報のなかに埋もれた真偽しんぎを見定めるすべなど、アフリカゾウは持ちあわせていなかった。

 いくつかの遺跡でアジアゾウの目撃情報があった。アフリカゾウは片っ端から聞いた場所を訪れ、探索たんさくした。それでもアジアゾウは見つからなかった。

 アフリカゾウは情報におどらされ続け、ピュシス中を流浪るろうした。ありとあらゆる場所に行ったが、アジアゾウの姿は影も形もなかった。ログインしていないのかもしれなかった。もうピュシスで遊ぶのを止めてしまったのかも、と頭をよぎった。

 やがてアフリカゾウは、アジアゾウを探すことに疲れてしまった。だから、いつか彼女が自分を探した時に、すぐに見つかるようにしようと思った。アジアゾウが目指していた最強の座にくことにした。ごっこ遊びでしていた地球人の真似まねをし続けた。

 変な言葉遣いの最強の動物がいる、という噂を、どこかで彼女が聞きつけてくれると信じて。

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