表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/466

▽こんこん5-2 メロディ

 ギーミーミが良い席だと言っていた通り、全体が見渡せて、コートにも近い席だった。会場の中央前方。コートの整備をしているオートマタの作業音もかすかに聞こえるような位置。

 リヒュは知らなかったが、歴史ある競技場らしい。機械惑星ノモスが作られた初期からある建物。ところどころ老朽化してはいたが、改修をくり返しながら使われ続けている。

 かなり多数の競技に対応できる競技場で、今日行われるバスケットボールの試合に合わせてコートが区切られ、バスケットゴールが設置されている。ボールは物理ボール。ゴールも本格的な物理ゴール。公式大会なので当然だが、クラウンで視覚をだまして作った疑似ぎじボールの、疑似ぎじゴールではない。コートの周りにはあらゆる角度のカメラが設置されており、観客はクラウンで好きなカメラに接続して、その映像を見ることができる。もちろん自分の視覚だけで楽しんでもいい。そうする場合はクラウンの望遠補助を使用することが推奨すいしょうされていた。

 三つ並んだ席の真ん中にプパタン、両隣にギーミーミとリヒュ。プパタンが真っ先に真ん中に座ったのでこういう形になった。

 席に腰を下ろしたリヒュは一息ついて、既に疲れている体を休める。今日、集合場所である学校前からここまで、プパタンの手をずっと引いていたのだ。必要なかったのかもしれないが、ロロシーがそうしているのを以前見かけていたし、プパタンはとにかく歩みが遅くて、目を離すとどこかに行ってしまいそうな雰囲気があった。メョコのように方向音痴ではなさそうだが、ゆっくり、ゆっくり、と足裏が道路に吸着して、それを引きはがすような歩き方。

 輸送箱ゆそうばこ、と呼ばれている街中に張りめぐらされた空中レーンを伝って走る乗り物の予約をしていたが、あわやその時間に遅れてしまうところだった。乗り場に到着してギリギリで箱に飛び込んだ時は冷や汗もの。ギーミーミがプパタンは荷物のように抱え上げて乗り込ませた。

 それにしても、とリヒュは隣に座るプパタンを見る。プパタンの服装はいつものように着崩れておらず、心なしかきちっとしている。おしゃれをしてきたという風でもある。くせっ毛に押されてかたむいているが、髪飾りもつけている。聞くタイミングを逃してしまったが、そんなにバスケットボールが好きなんだろうか。全くもって意外。運動が好きなイメージはない。しかし楽しみにして来たというのはよく分かった。

 その証拠として、客席に座ったプパタンは空ではなくコートに目を向けている。競技場の中央上は大きな開口部で、その下を開放的な空間にしている。第一衛星アグライアの明かりをそのまま取り込むデザイン。今も第一衛星アグライアが見えている。太陽とは違い、直接見ても目が焼かれるようなことはない、暗くはないというだけの明るさ。

 競技場というものにはじめて来たリヒュは、雨が降ったらどうするのだろう、と考えて、機械惑星ノモスには雨がないという事実を一瞬忘れていたことに驚いた。ピュシスとは違い機械惑星ノモスには、雨も、雲も、風もない。もし迂闊うかつに口にでも出していたら、と想像すると肝が冷えた。


「バスケットボールは人間が機械惑星ノモスに住みはじめる前から行われていたっていう、伝統的なスポーツなんだ」

 開会式がはじまる前の空白時間にギーミーミが熱心に語るが、リヒュは話半分、プパタンは聞いているのかどうかも怪しい。

「それってどのくらい前なの?」とリヒュ。

「一応、原点惑星からあったという説が有力で、資料もあるらしいけど、試作機械惑星時代とか、半機械惑星がごろごろしてた時代からだって言う学者もいるみたいで、はっきりとはしてないかな」

「ふうん」

 原点惑星、つまり地球にあったなら、動物が存在していたのと同時期ということだろうか、とリヒュは気になったが、先程のこともあるのでピュシスに触れそうな話題は避ける。そうして、

「粘球は?」

 と、思い浮かんだことを聞いてみた。

「粘球の歴史は浅いよ。人気はあるけど、運動量は低いし、見応えというか、熱気というか、そう言うのがやっぱり古い競技と比べたら違う。競技性もまだまだ改善の余地があると思うね」

 リヒュは正直なところ、バスケットボールより粘球のほうが好きだったが「そうだね」と同意しておくことにした。粘球は、非常に高い粘性ねんせい可逆性かぎゃくせいを持つ特殊なボールを使う球技で、ボールの形状を変えながら敵味方間に設置された、形を常に変えるゴールにくぐらせるという競技。ボールを変形させる芸術性と、正確にゴールを通す身体能力が求められる。

 話している間に開会式がはじまった。会場専用の端末に観客全員のクラウンつながれて、はなやかな映像が音楽と共に流される。視界のあちこちにデジタル宣伝画像が張りつけらるが、資金提供をしている企業や団体のものなので、これらを遮断しゃだんすることはできない。選手入場。生身の選手たち。クァフの姿も見える。続いてスポーツ協会の代表という人物が現れる。これは生身ではなく立体映像。

 宣誓せんせいなど、諸々もろもろの行事が終わると、束の間の休憩。わっ、と会場がさわがしくなったが、クラウンがノイズをはぶいてくれるので、それほどうるさくは感じない。少し前方から聞きなれた声がした。目を向けると、灰色から更に色が抜けて灰そのものに近くなっている老婆。ピッソ婆が最前列に座っていた。かなり気合の入った応援態勢で、ぎょっとして目をらす。らした先にはピッソ婆の食物フード店で店員をしている女性が、オートマタに混じって、売り子として働いていた。髪を留めているピンを会場の照明でピカピカと輝かせながら、食物フードと水を売り歩いている。全てオートマタに任せればいいのに、とリヒュは思ったが、頻繁に声を掛けられている姿を見ると、やはり売り上げが違うのかもしれない、と思い直す。

 プパタンがそわそわしはじめたので「どうかした?」と聞いてみると、クラウンで水を注文したけれど届かないらしい。混雑しているからだろう、とギーミーミが売り子のところまで駆けていって、すぐに買って戻ってきた。するとちょうどプパタンが注文していた水をオートマタが運んできて、二つになってしまう。

 自分の買ってきた水を見つめてどうしようかと考えているギーミーミにプパタンは「ありがと」とお礼を言うと、両手に水の入ったコップを持って、平然と二杯分を飲み干した。


 試合がはじまる。クァフの所属チームの試合。クァフはベンチではなくスタメン。はじめからコートに出ている。周りの選手はそれと同等、もしくはそれ以上の背丈。闘志とうしたぎらせた巨人たちが並び立つ様を見るだけで、リヒュは圧倒されていた。

 開始の合図。ボールがコートのなかを行き交い、選手たちの足さばきでかなでられる軽快な靴音が響く。リヒュはプロのバスケットボールの試合見るのは初めて。その展開の速さに頭がくらくらしてきた。何度もボールを見失ってしまう。

 基本的なルールしか知らないリヒュは会場の端末とクラウンを接続して、試合の流れの解説を見るが、元々の知識がとぼしいので、余計に混乱してしまう。ギーミーミが興奮した様子でしゃべり続けている解説のほうがよほど分かりやすかったので、そちらに耳を傾けて、点数以外の表示は消すことにした。プパタンもギーミーミの解説をきちんと聞いているようで、かすかにうなずきを返している。

 ギーミーミはクァフのチャンスのたびに「おお!」とか「行けっ!」と手に汗握る応援を飛ばしていたが、流石プロの世界だけあって、新人がすぐに活躍するのはなかなか難しいらしい。それでもギーミーミの解説によると、なかなか健闘けんとうしているみたいで、味方のチャンスに貢献こうけんできているようだった。クァフの表情は試合前に会った時とは打って変わって引きまっており、公園で一緒に試合をした時よりもさらするどまされていた。この人はやっぱり選手なんだな、とリヒュは心の中でナンパ師に位置づけられかけていたクァフを、選手の位置へと置き直す。


 開幕の激しい攻勢がゆるやかになってくると、ギーミーミの解説も落ち着いてきた。すると、合間に世間話めいたものも入り混じってくる。

「プパタンはバスケ好きなのか?」

 今までなんとなくされていなかった質問がされる。プパタンはうなずき、

「メロディが聞こえる」

 と、ぽつりと言った。

「メロディ?」ギーミーミが首をかしげて、耳をコートに向ける。リヒュも同じような動作をした。選手たちの足音、ボールが跳ねる音、ゴールリングが震える音、それを取り囲む声援。

 見るとプパタンの指はなめらかにひざを叩いて、ピアノの演奏でもしているかのようだった。リヒュは以前、プパタンの双子の弟のネポネから聞いた話を思い出す。二人ともピアノを演奏するのだ。しかもかなりの実力らしい。クラウンを少しだけ操作して、プパタンの指の動きを録画してみる。不意にいた好奇心。指の動きをピアノの鍵盤に当てはめるようにクラウンに計算させる。出てきた楽譜を元に音を再生。頭の中に直接音が響く。美しいメロディ。何と言う曲だろう、と気になって、音楽データベースに接続して検索。応答待ち。検索中の表示がしばらく続いて、一件がヒット。作曲者はネポネ、となっていた。検索すると、他にも何曲か、ネポネが作曲したという曲が見つかる。ゴャラームから、ネポネがピアノの賞をとったという話は聞いたが、作曲もできるなんてすごい才能だ、とリヒュは感心する。

 そんな横で、ギーミーミとプパタンはバスケットボールの魅力について語り合っていた。とはいえ喋っているのはほとんどギーミーミ。しかしプパタンもいつになく饒舌じょうぜつだった。

「空を飛んでるみたいでしょ」

 と、プパタンが言って空を見上げた。コートからメロディが聞こえるなら、プパタンは第一衛星アグライアからもメロディを聞いているのかもしれない、とリヒュはちらりと考える。

「空かあ。確かにすごい跳躍力」

 さりげなく会話に参加して、プパタンの言葉に同意を示しながら、もしこの人たちがピュシスをプレイしたら鳥類になるのだろうか、とリヒュはまたしてもピュシスに思考が引っ張られていた。足は使っているから、どちらかと言えば跳躍力に優れたネコ科の方が妥当だとうか。いや、チームワークが必要な競技という意味ではイヌ科が適しているかもしれない。例えば、オオカミのような。

 益体やくたいもない妄想もうそうが広がりかけたが、プパタンの「うらやましい」という声で中断される。

「あんなに跳べたら気持ちいいだろうね」

 リヒュが言うと、こくり、とプパタンの首が揺れる。

「今度練習するか? 一緒に遊ぼうぜ」

 ギーミーミが誘うと、プパタンはうつむいてしまって、

「見るだけでいい」

「そっか。でもホントに飛んでるみたいな選手がまれにいるよなあ。流れるようなダブルクラッチを見ると興奮するよ。あっ、ダブルクラッチっていうのは空中でボールを動かして妨害をかわしてシュートを打つことで……」

 身振り手振りをまじえながら説明して、試合が動き出すと、またそちらの解説に戻る。

 リヒュはそんなせわしないギーミーミの様子を見て、本当に好きなんだな、と少し驚いていた。前にギーミーミが選手を目指しているという話を聞いた時には、単に経済的な理由だけが動機なのだと思った。しかし、そうではないことを知った今、途端にギーミーミがまぶしく見えてしょうがなかった。


 第1Q(クォーター)、第2Q(クォーター)が終わって休憩時間ハーフタイムに入る。

「ずっと座ってばかりで疲れたから、少しロビーの方で体を伸ばしてくるよ」

 リヒュが席を離れようとすると、ギーミーミがコートを指差して、

「ハーフタイムショーってのがあるんだぜ。見ないでいいのか」

「ああ。うん。まだ半分残ってるわけだし、休憩優先かな」

「分かった。プパタンはどうする?」

「見る」

「じゃあ一緒に見よう」

 リヒュは一人客席を立って、階段を上る。ロビー方面の廊下につながる出入口に到着すると、一度振り返ってみた。沢山の灰色の人々が活発に、楽しそうにうごめいている。応援する方も、される方も、なんとも生き生きと輝いている。

 それは、リヒュにとって居心地のいい場所ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ