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●ぽんぽこ5-16 倒れた者、戦う者

 コナラの木陰に倒れす獣の死体。カトブレパスだったもの。オジロヌーだったもの。双角での奮闘ふんとうむなしく、トラの爪に裂かれ、牙につらぬかれ、その体力(HP)は尽きていた。

リーダー。どういたします」

 もごもごと何かを咀嚼そしゃくしながら、アフリカゾウの背に乗ったマレーバクがトラにたずねる。トラはカトブレパスの神聖スキルで石化させられていた肉体アバターをほぐすように何度も伸びをして、

「トムソンガゼルが偽の情報をつかまされていたのであれば、やはり確認が必要だろう」

 と、コナラの森を抜けた場所にある土地に鼻先を向ける。戦いの末に得られるものは、確実に望むものでなければ意味がない。この戦いそのものが無意味になってはかなわない。

 大望たいもうのために私憤しふんしずめたトラに、マレーバクは敬服けいふくを示すようにひょろ長い鼻を上げた。そうすると、アフリカゾウも同じように、大蛇のごとく長い鼻を持ち上げる。しかし、それはトラに敬意を示したわけではなかった。発言する権利を求めて、挙手したのだ。

「我、ライオンの、元へ」

 トラはライオンと聞いてまゆひそめて顔中のヒゲをうごめかせた。そうしながら、ぶり返してきたライオンに対する憎悪ぞうおを静かにいならすと、

「好きにしろ」

 と、背を向けて、走り出した。

「感謝」

 ゾウが遠ざかっていくトラの背中に対して、かすかにこうべれると、トムソンガゼルが樹々の隙間をって、跳ねるようにやって来た。トムソンガゼルはアフリカゾウとマレーバクをトラの元へと案内してから、索敵に向かっていた。

「どうでした?」と、マレーバク。

「ライオンを見つけたよ」

 トムソンガゼルの言葉に、ゾウが激しいいななきを上げた。その大音響にマレーバクとトムソンガゼルはすくみあがったが、すぐにふたりともピーンと伸びた短い尻尾をぶるぶると振って平静を取り戻す。

「どこです」

 改めてマレーバクがたずねる。

「ここからずっと北に行って、少し東に曲がったところ。赤土がおおう、乾燥した岩場。ライオンの本拠地から見たら北西かな。そこでウマグマとイボイノシシが戦っていて、それをキョンとライオンがながめていた」

 聞いたアフリカゾウがすぐに体の向きを変えて、進路を北へと向ける。アフリカゾウの通った跡はコナラの樹の一本すら残っていなかった。最強の草食動物のパワーで、立ちふさがる全ての植物を破壊し尽くしたのだ。超重量で踏み固められた道は、ロードローラーが通った跡のごとくにぺしゃんこになっていた。トラの群れクランの本陣から真っすぐに伸びていたその道が、角度を変えて延長されていく。

「僕はこれ以上ライオンと関わりたくないから別の場所を偵察しに行くよ」トムソンガゼルがゾウと並走しながら言って「マレーバクはアフリカゾウと一緒にいくのかい?」と巨体の背にまだおぶさっている白黒の獣を見上げた。

「ええ。そうしようかと思います」

 マレーバクは首をじって見下ろしながら、

「私、実を申しますと、ライオンにじかにお目にかかったことがないんですよ。この機会に一度お目通りしておこうかと思いまして」

「ふうん。噛みつかれないように注意しなよ」

「ゾウさんが守って下さるでしょう」

 言いながらぺちぺちと鼻先でゾウの背を叩く。マレーバクの言葉が聞こえていないかのように、ゾウはただ前だけを見て、ライオンがいるという赤い大地を目指して、大地を揺らした。

 トムソンガゼルはその後、ニ三言葉を交わして別方向へと駆けて行った。

 マレーバクは戦況を考える。思っていたより敵に頑張られてしまっている。トラが、敵を撃破した者に報酬を上乗せしよう、などと話したせいで、戦いたがりが大局を忘れ、目先の戦いにばかり没頭ぼっとうするようになってしまった。そうしてもいいという口実を与えてしまった。しかもこの群れクランには自己中心的な戦いたがりしかいない始末。トラはそうすることでライオンの群れクラン完膚かんぷなきまでに叩きつぶしたいと考えているらしいが、個人的にはあまりに乱暴な戦法は好みではない。

 いないはずのライオンまで現れて、相手に主導権がにぎられかけているが、アフリカゾウが参戦すればパワーバランスは一変する。ライオンを身動き取れなくしてくれるだろう。敵の群れクランが死に体なのは紛れもない事実。各拠点を守る力はほとんど残されていない。頭に血が上った群れ員バカたちにきちんと首輪をつけて、拠点をめぐるように動かせれば、それでこの戦は勝てる。イリエワニが倒されたという報告もない。いざとなればトラも戦いに加わるだろう。

 敵の戦闘要員は片足のひづめで数えられるほどしか残っていない。それに対してこちらには大きな爆発力を秘めた強力な大型が何頭も残っている。十分すぎるほどに勝利は近くにある。

 ゆらゆらとゾウの背で揺られながら、マレーバクはそろそろバランスを取るのにも慣れてきて、乗り物の上で、ぐっ、と鼻を伸ばしてくつろいだ。


 乾いた風にはわずかな水分すらなく、そこを走る動物の体表から水気の一滴いってきすらしぼり取ろうとしている。進み続けると足元を薄くおおっていた枯れ草が途切とぎれ、大地が露出ろしゅつし、赤い地肌をのぞかせた。

 ざらざらした土の香りに包まれた、荒涼こうりょうとした戦場。アフリカゾウとマレーバクが到着した時には、ウマグマが赤土の砂煙で全身の毛衣もういを血のようにめながら身を横たえるところであった。まとっていた装備品の甲冑かっちゅうは、そのほとんどの部位が失われており、壮絶そうぜつな戦いがあったことを知らせている。

 荒い息を吐くイボイノシシが勝者として立ち尽くす後ろには、岩の上で寝そべるライオンがひかえており、少し離れた位置でキョンがたじろいでいた。

 キョンの耳がピンと立ち上がって、赤みがかった土煙を上げて近づいてくるアフリカゾウの存在を察知さっちする。目を向けると、その背には特徴のある白黒の体をした獣が乗っていた。すぐにキョンは、ぴょん、と跳ねあがって、矢のような速度でゾウに駆け寄る。

「ピンチのようですね」

 マレーバクが鼻先を向けると、キョンは口惜くちおしそうに、

副長マレーバク……」

 と、こぼして、苛立いらだたしげに青銅のひづめで地面を打った。

「あなたの役目は拠点をめぐること。本拠地ゴールまで駆け抜けなさい。もはや敵に邪魔する余力はないでしょう。それぐらいの役には立ってもらわないと、この戦であなたの存在価値はありませんよ」

「でも……」とキョンは反論を試みたが、心の底ではこの場においての敗北を認めてもいた。何かスピーカーで声を発しようとしたキョンの横っ腹をゾウの鼻が押す。キョンは数歩ふらついて、呆然ぼうぜんとゾウの巨体を見上げると、黙って敵の拠点を探しに走り去っていった。

「次はお前らが相手か!」

 イボイノシシがたける。しかしその体は既に満身創痍まんしんそうい。立っているのがやっとの状態。ウマグマとの一戦で力を使い果たしたらしかった。

「ライオン!」

 アフリカゾウのスピーカーがその名を呼んだ。その瞳はイボイノシシには見向きもせず、ただライオンのみをとらえている。

「約束をたしに、我、参上さんじょうつかまつった!」

「俺様はそんな約束をした覚えはないぞ」

 ライオンがのっそりと立ち上がる。

「我、一騎打ちを、望むものなり」

 ゾウの要求にライオンは「ふむ」と、息をついて、イボイノシシにちらと視線を向けた。

「……それなら、ちょっとばかり場所を変えたいんだが、いいか」

何処いずこでも」

「待てっ!」またしても自分をかいさずに進んでいく取り決めにイボイノシシがとなえる。

「ライオン。俺は戦える」

 じっと、ライオンの瞳を見据みすえる。

「俺様にまかせておけイボイノシシ」

「まだ戦えるんだ。戦える」

「そんな体では戦えん。……アフリカゾウこっちだ」

 立ち去ろうとするライオンを追おうとしたが、イボイノシシはひび割れた赤土の大地の亀裂きれつに足を取られて転ぶと、がっくりとひざをついたまま立ち上がれなくなった。ライオンの背中を追ってゾウが続く、マレーバクはゾウの背に乗ったまま、通り過ぎる一瞬、あわれむようにイボイノシシを見た。


 三頭が立ち去って行った後すぐに、イボイノシシの元へリカオンが走り寄って来た。

「大丈夫か!? 探したぞ。アカシアが倒されてるもんだから迷っちまった」

「……」

「なんだって?」

 ノイズのような音をらしたイボイノシシのスピーカーにリカオンが丸く大きな耳を向ける。

「……戦える。戦えるんだ」

 イボイノシシのなげきにも似たつぶやきを聞いたリカオンは、息を呑んで辺りを見回した。

「……そうだな。あんたは戦えるよ。そこに伸びてるウマグマはあんたが倒したんだろ。向こうに倒れてるスナドリネコもさ。立派に戦ったし、今も戦ってるんだな」

 なぐめるようにその傷口をめてやる。するとイボイノシシは、首をかすかに持ち上げて、折れてしまっている牙の切っ先を、遠くに見えるごつごつとした岩場へと向けた。

「ライオンが……」

リーダーがどうした?」

「向こうに、敵を連れていった」

「どういうことだ? リーダーがログインしてるのか?」

「そうだ」

 それを聞いたリカオンは心から安堵あんどして、身が軽くなるのを感じた。

朗報ろうほうだな。この戦は勝てる」

 うわついた様子のリカオンをたしなめるように、イボイノシシが「いや」と、否定する。

「敵はバカでかいゾウと敵の副長サブリーダーのマレーバクだった。ライオンでも手こずるだろう」

「まじか。助けに行った方がいいかもな」

「敵のキョンがこちらの拠点をめぐってるはずだ。そっちの対応をしろ。神聖スキルで滅茶苦茶めちゃくちゃに走力を上げてる厄介やっかいな奴だ。チーターより速かった」

「対応と言ってもなあ。そんなに速くちゃ、俺にはどうにもできない。全部の拠点で待ち伏せも頭数的に難しいから、ゴールで対応することになるだろうな。副長ブチハイエナに知らせれば、ゴールをきっちり固めてくれるだろう」

 話していると、空からピンク色の大きな鳥が飛んできた。ライオンの群れクランの仲間であるフラミンゴ。黒い風切り羽をひるがえして、イボイノシシとリカオンのそばに舞い降りる。

 かたむいた太陽が夕日にへんじて、赤土をより赤く染めはじめ、そこに立つフラミンゴの水かきのついた足の先から、くちばしの黒い先っぽまでをあざやかな赤に輝かせた。

「戦況は?」

 フラミンゴは無駄口を一切きかずに、要点を求めた。リカオンはすぐにそれに返答する。

「イボイノシシがウマグマとスナドリネコを倒した。敵のキョンが神聖スキルで走力を上げて拠点を回ってるらしい。あと、我らがリーダーがログインして、戦に参加してる。でかいゾウ、たぶんアフリカゾウと、それからマレーバクを連れて向こうの岩場に行ったらしい」

「イボイノシシは戦闘不能?」フラミンゴが容態ようたいを確かめようと、くちばしでのぞき込むと「いや」とリカオンはフラミンゴの長い首を頭で押しのけて、

「でもちょっとだけ休憩が必要だろう」

「なるほど? リカオンはどうする。とりあえず一緒に戻る?」

「現状で何か問題は発生してるか?」

「いいや。敵の動きは落ち着いてる。さっき聞いたキョンが気になるぐらいで、バオバブが足止めしてるイリエワニの一団、それからライオンが戦っている奴らで敵は全員かな。いや、あと、そうだ。ダチョウが生きてたんだよ。ブラックバックを追い回してた。そっちと、そういえば、もう一頭。ハゲコウがジャックウサギを追ってたな。それぞれ任せておいて問題ないはず。それぐらいかな」

「うん。それじゃあ、俺はリーダーの手助けに行くよ。さっさと敵を片付けて、本拠地に戻ってきてくれれば後は安心だしな。副長ブチハイエナへの報告は頼む」

「分かった。そう伝えておく」

 リカオンは飛び去っていくフラミンゴに背を向けて、ライオンが行ったという岩場に足を向ける。それを見送るイボイノシシは、しかばねのようになって、あかね色の夕日にあぶられるまま、ただただ大地に身を任せていた。

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