↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/466

●ぽんぽこ5-17 夢の終わり

「案外、小賢しいことをなさるんですね」

「どういう意味だ?」

 マレーバクの言葉にライオンが眉(まゆ)を上げる。

「いや失礼。ぶしつけでした。ご挨拶がまだでしたね。私、トラの群れ(クラン)で副長(サブリーダー)をしておりますマレーバクです。以後お見知りおきを」

 ゾウの背の上から横柄(おうへい)かつ慇懃無礼(いんぎんぶれい)にスピーカーを震わせるマレーバクに「そりゃ、ご丁寧にどうも」とライオンが言い捨てる。

 マレーバクは夕日の照り返しに目を細めながら、

「ご自分が有利な場所で戦いたかったんでしょう?」

 と、辺りを見回した。

 赤土の岩が吹き溜まりのように集まった岩石地帯。見通し、足場、共に悪く、アフリカゾウの両肩が触れそうなほどに狭まった箇所もある。身を隠せる場所があちこちにあり、細かな高低差が多く、マレーバクの言う通りに、小回りの利く動物ほど有利に立ち回れる場所ではあった。

 しかし、ライオンは「いや」と首を振って「俺様は戦うつもりがない」と低い岩の上に緩慢(かんまん)な動作で飛び乗る。

 その言葉を責(せ)めるようにアフリカゾウが雄叫びのような鳴き声を上げて、問答無用とばかりにライオンに向かって走り出した。マレーバクは振り落とされて小さな悲鳴(ひめい)を上げる。ライオンが岩の裏に飛び降りた瞬間に、ゾウと正面衝突した岩が轟音(ごうおん)と共に割れた。ライオンとゾウが、砕けた岩を挟(はさ)んで向かい合う。

「一騎打ちの真剣勝負を望む」

 と、ゾウは何度もくり返している文言(もんごん)を再びスピーカーの音に乗せた。

「俺様は望まない」

 発散される威厳(いげん)こそ維持(いじ)してはいたが、ライオンは弱気とも思える後ずさりを見せた。子供のような言い合いに、岩陰(いわかげ)まで転がっていたマレーバクが起き上がって笑い出す。

「いやはや。何をなさっておいでなんです? まあ、そちらの巨大なゾウさん相手に勝負を避けたいと仰(おっしゃ)る気持ちも分かります。しかし王とも呼ばれる方が……」

「アフリカゾウ。聞け」ライオンがゾウの瞳を見つめ、翼のように左右に広がる大きな耳に語り掛ける。

「今日はダメだ。いずれ戦ってやる。約束を取り付けてやる。この場では、どうかそれで満足してくれないか」

「否!」とゾウが鼻を振り上げると、ライオンが更に後ずさった。

 夕日に引き伸ばされたふたりの影が、影芝居のように岩に映る。鏡のような大岩に暗雲のようなアフリカゾウの影。瓦礫(がれき)のように積み重なった細かな石の山に歪(ゆが)んだライオンの影。ゾウの影が今にも雷(いかづち)を放つ直前というように膨(ふく)らみ、ライオンの影は岩々の隙間に隠れようとするかのよう千々(ちぢ)に千切(ちぎ)れてに縮(ちぢ)んでいく。赤土の岩のスクリーンで巨大な怪獣と小さな幼獣(ようじゅう)の活劇が開幕されようという寸前、もう一頭、飛び込んで来た影があった。

「長(リーダー)!」

「リカオン!」

 煉瓦(れんが)色の岩を飛び越えて、黒黄白の斑模様を振り乱しながら、リカオンがライオンの傍(そば)に着地した。視線はしっかりとアフリカゾウの巨体を捉(とら)えたまま、耳だけをライオンに向ける。

「おい長(リーダー)。ログインしてくれたのは嬉しいけど、せめて連絡役の誰かに伝えといてくれよ」

「すまなかったな」とライオンはリカオンの登場に喜ぶでもなく、むしろ歯切れ悪く、また一歩後退した。

 そんな様子を見て「ゾウさん」とマレーバクが声を掛ける。

「拠点に向かってはどうです。今は群れ戦(クランバトル)中なのですよ。ライオンさんは長(リーダー)として、王として、それを止める義務があるはず。あなたを止めるために戦ってくださるでしょう」

 自身の群れ員(クランメンバー)の目の前であれば、流石に対面(たいめん)を重んじて勝負に乗るのではないかと思っての助言。マレーバクとしてはどちらでもいい。アフリカゾウが拠点を巡ってくれれば、手間が省(はぶ)けるし、ライオンを排除してくれるなら、それはそれで助かる。

 ゾウは怒(いか)らせた目を輝かせながら、マレーバクの言葉にしばし逡巡(しゅんじゅん)していたが、やがてぐるりと振り返って、挑発するように無防備な背中を向けた。そして、ライオンの治めるサバンナの本拠地へと向かってゆっくりと足を進めはじめる。散らばる石を蹴り飛ばし、突き出した牙のような岩の間を潜(くぐ)っていく。

「長(リーダー)。どうする」

 リカオンがライオンの顔を覗(のぞ)き込むと、なんだかたてがみが萎(しお)れており、口元は苦いものでも噛(か)み潰(つぶ)したかのように堅(かた)く結ばれていた。

「どうしたんだ長(リーダー)? 体調でも悪いのか? せっかく来てくれたのは嬉しいけど、無理してるのなら……」

 リカオンは心配しながら、ライオンと離れていくアフリカゾウを見比べる。巨体が岩の陰(かげ)に隠れようとしている。それを見失ってしまう前に、リカオンは数歩、前に進んで振り返った。

「足止めできないか試してみる。元々長(リーダー)の参戦予定はなかったわけだし、今の戦力だけでもうまくやってみせるさ。だから、無理はしないでくれよ」

 身軽な動作で岩に飛び乗って、アフリカゾウを追いかけていくリカオンを見送ったマレーバクが、動かないライオンに思案気な視線を向ける。

 遠くからリカオンの小鳥のような激しい吠(ほ)え声と、アフリカゾウに崩(くず)される岩の音が響いてくる。マレーバクはゆっくりと立ち上がると、アフリカゾウの後を追うことにした。歩きながら「ライオンさん」と、背後に佇(たたず)む、王と呼ばれる獣に言葉をかける。

「あなたがこんなに臆病者(おくびょうもの)だと思いませんでしたよ。噂というのは動物のように、変幻自在な形を持つものです。私は幻滅(げんめつ)なんてしませんよ。期待もしていませんでしたがね。リカオンさんも可哀(かわい)そうに。あんな化け物じみた体格の動物に挑んで、戦わないあなたの代わりに死のうとしています」

 言葉とは裏腹に、仄(ほの)かな落胆を滲(にじ)ませる溜息をついて、マレーバクが蹄(ひづめ)をゾウとリカオンが戦う地へと進ませていると、真っ赤な熱の塊が、すぐ傍(そば)を通り過ぎた。ライオンのたてがみに撫(な)でられたマレーバクは驚いて飛び退(の)く。戦わないというのも想定外ではあったが、こんな煽(あお)りに乗るというのもまた想定外、とバクは首を捻(ひね)る。一体、何がライオンの心を動かしたのか、まるで分からない。

 大地を踏み締(し)めるように歩くライオンの背中は、決意のようなもので漲(みなぎ)って、尻尾にある房状の毛の一本一本の先端までもを張り詰めさせていた。

「おい! アフリカゾウ!」

 ライオンが呼び止めると、アフリカゾウが岩陰から姿を現し、瞳の奥に妖(あや)しい輝きを宿(やど)らせた。

 二頭が向かい合う。アフリカゾウを挟んで、ライオンの向かい側にある岩の上にいるリカオンは、不安気に尻尾を揺らしてライオンを見た。

「リカオン」

「長(リーダー)?」

「本拠地に戻れ」

「だが……」

「行けっ!」

「……分かったよ」

 リカオンが飛び石になっている岩を伝って離れ、止まり、振り返って、また離れていった。

「一騎打ちを望む」

「何回言うつもりだ」

「何度でも」

「俺様には理解できんよ。お前さんの考えは」

「理解不要」

「そうか……」

 ライオンが身構える。マレーバクはそろりそろりと近づいて、二頭の戦いが良く見える岩の上に移動した。アフリカゾウの両側にはその大きな背丈をほんの少し超えるぐらいの小高い岩山があり、ライオンの尻尾の先あたりの地面に向かって、その稜線(りょうせん)を緩(ゆる)やかに下らせている。二頭の間合いはゾウの鼻が届くほどの距離。ゾウが、どんっ、と足を踏み出して、長い鼻を持ち上げ、八双(はっそう)の構(かま)えをとった。ライオンは一切動かない。受けるつもりなのだろうか、とマレーバクはその様子を眺める。それならば好都合。ここで、潰(つぶ)しておくとしよう。

 マレーバクの四肢がにわかに力強さを帯(お)びはじめた。牙が震え、猪(いのしし)の如(ごと)くに巨大化していく。鼻は蛇腹を伸ばし、尾は長くしなやかに。そして蹄(ひづめ)は爪へ。白黒の体の模様はそのままに、マレーバクの肉体(アバター)が変質して現れたのは、貘(ばく)と呼ばれる幻獣の姿。夢を喰(く)らう獣。

 ゾウとライオンが真っ向から戦って、ライオンが勝てるわけがない、とマレーバクは考えていた。体長は三倍近く、体重は五十倍ほどある。そんな相手とまともな勝負になるわけはないのだ。草食と肉食という相性差や、狩りに適した身体構造かどうか、などを考慮したとしても、アフリカゾウはそれすら超越(ちょうえつ)する規格外の存在。たった一つ、ライオンが勝つ方法があるとすれば、それは特別な力が後押しすること。神聖スキル。その存在が唯一の懸念点。アフリカゾウとライオンの戦いにおいて、神聖スキルを使わせないこと。それがマレーバクがわざわざここまで同行した本当の理由だった。

 貘の力を使えば夢幻(ゆめまぼろし)、幻想(げんそう)を喰(く)らうことができる。つまり神聖スキルを無効化できる。カトブレパスの神聖スキルで囚われていたトラも、この力でもって救出した。

 神聖スキルさえなければ、ライオンの敗北は必定(ひつじょう)。神聖スキルを持っていないならそれはそれでいい。これは保険。リスクヘッジ。

 風が吹き、赤い小石を転がして、小石は岩にぶつかって止まった。静寂。夕日がより赤々と沈みゆく一瞬の輝きを見せている。

 ゾウが鼻を袈裟(けさ)斬(ぎ)りに打ち下ろした。ぶうん、と風を切る音が岩々に反響し、ライオンの頭を捉(とら)える。同時に貘は、ずずず、と長くなった鼻で何かを吸い寄せるような仕草をした。もし神聖スキルを使われたら、それを使った先から封じる構え。あくまでただのライオンとして戦わせる。

 そんな三頭の輪のなかに「やはり助太刀する!」とリカオンが舞い戻って来た。ライオンは見上げ、驚いて、「やめろっ!」と叫んだが、リカオンは既にアフリカゾウの側面にある小高い岩から跳躍(ちょうやく)して、その片耳を噛(か)み千切(ちぎ)ろうとしていた。ゾウは闖入者(ちんにゅうしゃ)に対して顔を顰(しか)めると、体を微(かす)かに傾(かた)け、ライオンに向けていた鼻を素早く振り上げた。すると斑模様の体が空中で易々とキャッチされてしまう。

「うおっ!」

 と、リカオンが呻(うめ)く。ライオンがたてがみを乱しながら、思わず前に踏み出す。しかしその動きには機敏(きびん)さの欠片もない。アフリカゾウはリカオンを鼻で拘束し、首を持ち上げた状態のまま、天に向かって嘶(いなな)きを響(ひび)かせると、迫りくるライオンに向かって前肢を振り上げた。

 そんななか、マレーバクは奇妙な違和感を覚えていた。どうやら様子がおかしい。何かが吸い寄せられてくる。誰も神聖スキルを使っている様子もないが、なんだ、ふわふわして、甘ったるくて、ほんの少し苦くて、すかすかで、すぐに噛(か)み砕けてしまう、そんな夢。貘がその神聖スキルを口いっぱいに頬張って、ゴクリと呑み込んだ瞬間、ライオンの姿が弾(はじ)けて消えた。

「えっ!?」

 と、リカオンはアフリカゾウの鼻に巻き付かれたまま、信じがたいという表情で立ち昇った白煙のなかから現れた獣を見る。ずんぐりとした、まん丸い獣。太い尻尾。褐色の毛衣(もうい)。つぶらな瞳の周りは黒い。タヌキ。

 アフリカゾウもまた驚愕(きょうがく)していたが、その重量から振り下ろされた足を止めることは、もうできない。突然現れた丸い獣は全身で慄(おのの)いて、迫りくるプレス機のような大きく円い足裏を、ただ見つめることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。