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今でも忘れない。


「どうすれば褒めてもらえるのか、知りたいの」


幼い頃、母親にそう尋ねたら、優しい気持ちを持ちなさい、と言われたことを。実際、親切らしい言動を見せると、母だけでなく、先生や知らない大人から「優しいね」と褒めたことが、何度もあった。


テレビや映画でも、優しいことは美徳であるように語られるし、正しいことだと言われているように見えた。だから、私は母の言葉を疑うことなく、優しくあろうと心がけたのである。


「優しいね」と言われる度に、誇らしく感じた。正しいことをしている、と。それは私の生き方だった。誰かに必要とされるため、誰かに認めてもらうための、生きる手段だった。



しかし、子供から大人と言われる年齢に近付くにつれ、私は自分の生き方に違和感を覚え始める。


「悪いけど、お前とは付き合えない」


これは、人生で初めて自分から交際を申し込んだ時のことだ。いや、正確には自分と相手の関係性を確認したときのこと。私は相手に恋心を抱いていた。思春期のころの恋愛と違い、相手の見た目だけでなく、人格や生き方も好きだった。だから、たぶんこれが私の初恋だ。でも、彼は言った。


「いつも支えてくれて、ありがたいって思っているよ。だけどさ、美奈子みたいな優しい人は、もっとちゃんとした男を好きになるべきだよ」


私は理解できなかった。

優しい。ありがとう。日頃から、そんな言葉をかけられていたし、私は彼が求めることを受け入れてきた。彼は肉体的にも精神的にも、私にもたれ掛かり、依存しているように見えた。


だから、自分たちの関係がどういうものか、はっきりさせようと思ったが、それは私が思っていたものとは違ったらしい。それから、何度も彼の要求に答える場面はあったが、私が一番の女だと認めてもらうことはなかった。


理由を知りたかった。


これだけ優しくしているのに、私は正しいのに、どうして認められないのか。この欲求は、私が今まで抱いたどんな感情も強かった。燃え盛る炎のように。


知りたい。ただ、それだけの気持ちが、私の身を焦がしてしまいそうだった。



そんな気持ちが極限まで高まっていた、ある日のこと、酔った彼が私の家に転がり込んできた。酷く酔った彼は、いつも以上に私に甘え、何やら不満を呟きながら、もたれかかってきた。優しく膝の上で眠るよう促すと、子供のように眠ってしまう。その寝顔を見つめながら、私は思った。



彼は何を思って眠っているのだろう。


誰のことを想って眠ったのだろう。



すると、彼の額の辺りが光を発した。よく見ると彼の額には小さな裂け目が。何だろうか、と手で触れてみると、指先が吸い込まれるように、彼の頭の中へ。そして、私は何かを掴んだ。丁度、手の平で握れるほどの大きさの何か。


私は驚きはしていたが、なぜか冷静に、それを彼の頭から抜き取る。


私の手に握られたそれは、石のようなものだった。照明に反射して、オレンジ色に輝くその物体は美しく、この世のものとは思えなかった。


そして、石を強く握りしめると、私の頭の中に妙な映像が再生された。知らない女性。そして、その女性を愛おしく思う誰かの気持ちが伝わってくる。すぐに分かった。これは彼の記憶だ、と。


普通なら、こんな石を手にして、酷く不気味に思うはず。こんなものを人の頭から取り出してしまったのだから。そして、普通ならば、すぐに石を彼の額の中へ戻すことも考えるかもしれない。だけど、私は冷え切った頭でこう思った。



石を返さなければ、彼はこの女のことは忘れるのではないか。



結局この恋は実らなかった。でも、石と記憶の関係は私の想像した通りだった、と彼の噂を聞いて、知るのだった。

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