第15話 突撃! 隣の古洋館
短めです。
明けて翌日。俺は鍵を手に部屋の壁を前にして立っていた。
一人で行くんだったら昨日の夜のうちでも良かったんだろうけどね。
昨晩は、アルコールも入ってたし、解散したのも結構遅かったしなぁ。最後の方に奥から出てきたユエちゃんが、完全におねむだったのが印象的だった。
そんな感じで昨日はひとしきり騒いだ後眠りにつき、朝もガンツさんたちと食事をした後、改めてのプライベートエリアへの出陣だ。
“テスキヨ湿原の鍵”の説明テキストを見たところ、『適当な壁に刺して回せば扉が現れる』、とのことだ。
鍵が何でもないただの壁にささるとか、さすがファンタジー。そんな事を思いながら、鍵を壁に近づけると、スッと音もなく吸い込まれていく。
半ばまで吸い込まれた鍵をひねる。すると、何の抵抗もなくただカチリと、音だけが響いた。
――瞬間、壁に扉が描かれ、ぎぃと音を立て開いていく。鍵は手元に残ったままだ。
そして、扉の向こうに広がるのは、一面の毒々しい沼地。そして、その中にたたずむおどろおどろしい洋館だった。
「確かにボスはアンデッドだったし、フィールドも湿原だったけどさ。……これは予想できないよ」
とは言ったものの、このまま突っ立っていても仕方がない。
意を決して扉の向こう側へと足を踏み出した。
一面の沼地ではあるが、板が張られ一応の道らしき物が洋館まで続いている。
見た目からして腐りかけの危なっかしい板ではあるが、何とか渡りきり洋館までたどり着いた。
たどり着いた洋館の庭は、庭の中心の大木は朽ち果ててはいる物の、それ以外は意外なほど手が入れられている。
もちろん、全体的な気味の悪さを低減する物ではないのだが……。
「誰かが管理しているのか……?」
考え込む俺の後ろで、ガサリと音がした。
「ぐぉっ」
振り向くと、ゾンビが手を振り上げて迫ってきていた。
「ちょっ」
慌てて飛び退き、距離を取る。
プライベートエリアなのに敵がいるのかよ。
「ぐぉおしゅじぃぃいん」
なおも声を上げて迫ってくるゾンビに対し細剣を構え、その切っ先をゾンビに定めた。
〈ラン――〉
『様子がおかしい、待ちたまえ!』
レントゥスの鋭い声に、思わず足を止める。
同時に洋館からも声がかかった。
「ステイ! ステイですぞ、ニゲル」
その言葉にゾンビも動きを止める。
ゾンビにレントゥスを向けたまま、ゆっくりと洋館の方に視線を向ける。するとそこには一匹のスケルトンがいた。
白い手袋と黒の蝶ネクタイのみをしたそのスケルトンは、俺に向かって綺麗なボウアンドスクレイプ――右手を水平に構え左足を引く礼――をして見せた。
「失礼しました、我が主。そちらにいますのは庭師のニゲル。主に会えた喜びのあまり大声を上げてしまいましたが、危害を加えようとは思っていませんので、許して欲しいのですぞ」
「お、おで、ご主人おどろかせた。ご、ごめん」
ゾンビの方もぺこりと頭を下げている。よく見るとそのゾンビはオーバーオールを着ている。なるほど、庭師と言われれば納得しそうではあるな。
『ふむ、どうやらこの洋館の使用人と言ったところかね。ならばもう警戒を解いても良いのではないかな?』
レントゥスの言葉にはたと気づき、構えをとき彼を剣帯に納める。
「ほっほ。よかったですな、ニゲル。主も許してくれるそうですぞ」
「ご、ご主人。ありがと」
頭をかくゾンビ――ニゲル――を見ていると、何というか毒気を抜かれるな。
軽く息を吐き、ニゲルに背を向けスケルトンへと向き直る。
「主というのはわからないけど、このエリアの所有権があるってことなら、多分そうだね」
俺は懐から“テスキヨ湿原の鍵”を取り出して見せた。
「おお……。やはりそれは……」
スケルトンの声がかすかに震えている。
「それを手にしているという事は、あの忌々しき首無し騎士を倒されたという事。なればこそ、この館の主としてふさわしいのですぞ」
と、そこまで言ったところで、スケルトンは改めて居住まいを正した。
「申し遅れました。ワタクシこちらで家宰をしております、アルブスと申します。よければ、主のお名前と。加えてお腰の方々のお名前も教えて欲しいのですぞ」
かくん。軽く骨を鳴らして、頭を下げるスケルトン、改めアルブス。
……しかし驚いた。レントゥスとフォルティスに、初見で気づかれたのは初めてだったからだ。
「あ、ああ。俺はコダマ。コダマ・パサド。二人はレントゥスにフォルティス。相棒みたいなもんだ」
『みたいたあなんて言い草だい』
『私はまだ認めたつもりはないのだがね……』
その台詞とは裏腹に、二人の声音は明るい。
「さようでございますか。それでは中に案内しますので、こちらへどうぞ」
アルブスに促されスロープを上がる俺だったが、ふと疑問に思っていた事を彼にぶつけた。
「そういや、どうして二人――レントゥスとフォルティス――に気づいたんだ?」
「ほっほっ」
アルブスは肩をふるわせる。
「しゃべることはできませんが、念話を聞き分けるのは得意でしてな」
驚く俺にかくんと骨を鳴らして答え、アルブスはスロープを上る。
「さあさあ、そんな事より早く邸内に参りましょう。こちらにはもう一人使用人がいましてな。彼女は少々寂しがり屋ですから、早めに中に入って上げた方が良いのですぞ」
そう言いながらアルブスが手を掛けた扉から、突然、にゅっと首が突き出してきた。
驚き、たたらを踏む俺だったが、そんな俺にかまわずその生首はまくし立てる。
「さっきからうるさいわね。庭でわいわい何をやってるのよ。だいたい誰が寂しがり屋ですって!?」
そこまで言って俺に気づいたのか、目線をこちらに向けた。
「……誰? こいつ……」
「こいつとは何事ですかな? こちらにいるコダマ様は我々の主となるお方ですぞ」
アルブスの鋭い声に、生首はビクリと震える。
「わ、わかったわよぉ」
なおも小さな声でぶつぶつ言いながら、生首はアルブスからそっと目線を逸らしこちらに顔を向けると、ゆっくりとその姿を現した。
扉をすり抜けて現れた姿は、ティーンエイジャーの少女。身体が透けているのはゴーストだからだろうか。
気を取り直したのか、彼女は身にまとったメイド服を翻し、腰に手を当て、無い胸をそらし、宙から俺を見下ろした。
「ふーん。さえない顔ね。あなた」
「…………」
俺は彼女の方からそっと目をそらす。
「あたしの名前はルベールよ。アナタ、名前はコダマだったわね。ま、まぁよろしくね」
「あ、ああ」
ルベールの足が俺の目の前でもぞもぞ動く。
「……ちょっとお?ちゃんとこっちを見なさいよね」
その強い口調とは裏腹に、ルベールの声はかすかに震えていた。なるほど、確かにアルブスの言うとおり寂しがり屋なのだろう。
とはいえ、こちらとしてはなんとも答えに窮する。
「い、いや……」
「何よ。何とか言いなさいよ」
答えに詰まる俺に救世主が現れた。
「少しよろしいですかな? ルベール」
「なによ」
キッとルベールがアルブスを見た……ようだ。
「ルベールも婦女子であるならば、もう少し慎みをもたれるとよいかと思いますぞ」
「なによお。どうせ私に慎みなんか無いっていいたいんでしょう?」
「いえ、そうではなく。……そうですね具体的に言いますと……」
アルブスは一拍おいた。
「具体的に言うと……、何よ?」
「主にスカートの中を見せつけるのは、いささか破廉恥ではないかと思うのですぞ」
俺の目の前でもぞもぞと動いていたルベールのつま先が、ピタリと動きを止めた。
「な、な、な……」
壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返すルベール。
「なんでもっと早く言わないのよ! ばかーー」
大声を上げたルベールは踵を返し、文字通り洋館の中へと飛び去っていった。
「ま、まあ。そんなわけで……」
アルブスは顎をコリコリとかく。
「ルベールは抜けているところもありますが、仕事に対しては一生懸命ですので、かわいがってやって欲しいのですぞ」
「あ、ああ……」
俺は何とか頷く。
「それはようございました。それでは改めまして、お帰りなさいませ、我が主」
そう言ってアルブスは、ゆっくりと洋館の扉を開いた。
扉から垣間見える洋館の中は、外とは違い意外なほど明るい。
俺は、アルブスに押されるように、洋館の中へと一歩踏み出した。




