デモ
今話はいつもより長い上に、人間関係的な意味で少し攻撃的な描写が有ります。
苦手な方はご注意ください。
「母さん、燻製ありがとう。これが有るか無いかでだいぶ生存率が変わるんだ」
「この間みたいな無茶は絶対にしないでよ」
「わかってるって。じゃあ、行ってきます」
9月2日。高校生以下の学生ならもうそろそろ夏休みを終えて学校が始まっている頃だろうか?そんな日に俺は、改めてダンジョンへと向かう。
格好はダンジョンに潜るときのいつもの格好だ。
ジャージの上下にリュックサック。武器であり相棒である金属バットとそれを入れるための黒の革のバットケースという格好だ。
今日は、というか今日からはここに、あの大蜘蛛を倒して手に入れた腕輪を左手首に填めている。なんとなく、鑑定に出してそのまま戻って来ないのが嫌だったから、成果を偽る事にした。
まぁ、初めて入院するほどの激闘を繰り広げた相手から手に入れた記念品なんだ、手元に置いておきたいって気持ちは自然なものだろう。
リュックサックの中身は前回潜った時に換金出来なかった戦利品の諸々と、あとは家を出る前に自室のダンジョンから調達した水2リットル分と、母さんが作ってくれた薄く切ってフリーズドライさせたもぐら肉、つまりジャーキーが山盛り入った手の平より少し大きいぐらいのタッパー、それに部屋に山をいくつも作るほど大量にある瑠璃曰くの魔石全てが入ってる。
部屋に有った魔石は今回を期に全部売りに出そうと思って入れた。お金になるし、正直邪魔だったから、お金になるなら売るしかない。
これ等を装備して家を出る。
家を出てからは準備運動がてら駅近ダンジョンまで軽く走る。
駅までの道程はダンジョンが出来る前からのランニングコースだった。その頃は駅まで歩くにしろ走るにしろ最低1時間は掛かっていた。それが今や30分より少ない時間で辿り着けるのだから、こういう所でも自分の体の成長具合を実感出来る。
そしてこの道を走るのは、約一月振りだ。その間まるっきり動いてなかったのと、医者曰く瀕死の重傷だった事も相まって駅に着くまでの時間は遅くなってるかと思ったけど、むしろ時間はより縮まっていた。
入院前が30分以下だったのが、今や20分以下の時間で駅に着くことが出来た。一月強動かなかったのに時間は縮まっていたんだ、それだけあの大蜘蛛との戦いは濃いものだったんだということが改めてわかる。
さて、昨日振りに着いた駅近ダンジョンの前は、なんというか猿渡みたいな格好をした人達で溢れ返っていた。しかもそこから聞こえる声は何かと荒々しい。
何か有ったんだろうか?
溢れ返っている人達とは少し離れて立っていて、1人で立っている男性が居たから、何が有ったのか聞いてみる事にする。
「すみません、ちょっと良いですか?」
「………なんですか?」
「あ、そんな警戒しないでください。ただ、この騒ぎがなんなのか伺いたいだけです」
「あぁ、なるほど…。理由を知ればただただ馬鹿らしい理由だぞ。
あそこで騒いでる奴等全員が探索者で、全員が一昨日の朝まではここに有った誰も持てないバットが無くなってる事について騒いでるんだ。あのバットは探索者達にとっては一種の願掛けであり、力試しとして使われてたらしいからな。それが一夜明けたら無くなってる。アレを監理してたのは市だしダンジョン前の受付とかも市の人間だから、今は監理していた人達に文句を言っている途中って訳だ。それが2日目に突入してる。あそこまで行くとある種のデモだな。
……そういえば君も、アイツ等ほど立派じゃないけどダンジョンに潜りそうな格好をしてるな。じゃあ君もあの中に加わるのかな?」
「いえ、まさか。むしろあそこに居る人達全員の頭に件の金属バットをお見舞いしたいって考えてますよ。『テメー等の勝手で人の所有物を無断で使ってんじゃねーよ!』『テメー等がそんなんじゃダンジョンに潜れねぇだろ!職員に仕事させろ!』ってね」
「確かに、別にバットがどうこう気にしない人も中には居るだろうからな…。そんな人達にとっては迷惑以外の何者でもないか。
………………ん?今件の金属バットって言った?」
「さぁ?
ありがとうございました。じゃあ俺はダンジョンに潜りたいので、物凄く嫌ですがあの中に行ってきます」
「ちょっ、お前!」
男性にお礼を言って、そのまま振り返らずに騒ぎの渦中へ向け進む。
ホント、勝手に人の相棒で商売されてたのも腹立つし、それが持ち主である俺の所に戻った途端デモとか、自己中の塊か!
沸々と怒りの感情が込み上げてる来るのをグッと堪え、探索者達の人集りに目を向ける。
にしても、進めそうにないな……。どれだけぎゅうぎゅう詰め状態なんだよ。
さて、潜りたい訳だけど、これじゃあ換金含め何も出来ない。こういう時、瑠璃から借りたサブカルチャー的知識を元に言うなら、地面でも思い切り叩いて意識をコッチに向けて、自分との格の違いを識らしめるー……とか、そんな事が許される所ならやってみても良いのかもしれない。
でもここは法治国家の日本だ。暴力で解決しようものなら直ぐ様警察のお世話になる。
俺としては、大変わかりやすく手っ取り早く済ませる事が出来そうでやりたい衝動に駆られるけど、一昨日既に被害者側とはいえお世話になった身だから、あまり警察に厄介にはなりたくない。
じゃあどうやってこの集団を退かすのかと聞かれると困るものが有る。
んー……。どうしたものか……。
俺がこの集団をどうするか考えていると、後ろから大きな声が上がった。
「お前等何やってんだ!!」
その声は聞き慣れた声で、まさかこのタイミングで再会するとは思ってなかった奴の声だった。
ソイツが大声を上げて目の前の集団に声を掛けると、彼等はピタッと動きを止めてこちらに振り返る。
それを認めたのだろう奴は、そのままこう続けた。
「お前等自分が何やってるかわかってんのか?!明らかにダンジョンとは関係無い人達にも迷惑掛けてるぞ!しかもテメー等の中にはすぐにダンジョンの中に入りたい奴も居るだろうに、小中学生みたいに馬鹿みたいに騒ぎやがって!
お前等、それでも高校卒業してんのか?!!」
8月1日に施行されたダンジョン関連の法律は落とし物関連だけではない。
今奴が言ったみたいに年齢制限が設けられた。
探索者試験を請けられる最低条件は高校を卒業している事。犯罪歴が無い者。そして当然だけど、日本と市区町村の市民権を持っていて住居を持っている事。この3つを最低条件と定めた。
この3つの理由は、どうやら東京の方で未成年や20代の人が沢山亡くなったらしい。その内の8割が所謂殺人だったらしい。
胸糞悪い話だけど、ダンジョンの中で若い奴や女性を殺したり犯したりして、殺したあと殺した相手の金銭類や女性なら下着などを変態御用達の裏サイトとかで売ったりと、「お前本当に現代に生きる日本人か?」と疑いたくなるような事が有ったんだとか。
ある意味ダンジョンという密室で行われたこの犯行が露見したのは、犯されはしたけど生き残った女性が、ネット等に自分の裸の写真や犯されている動画を投稿されても良いと奮起して警察に駆け込んだ事と、その女性を犯した屑が、あろうことかその事を自慢気に居酒屋で大声で話していた事で、そこから芋づる式に様々な犯行が明るみに出たのが発端だ。
犯行に及んだのは5割ほどが犯罪歴の有る者で、もう3割が初犯または今まで明るみに出てなかっただけでいくつもの罪を犯している人達、残りの2割が住所不定または国籍問わずの在日だとか関係無くの外国人だった。
この事件がキッカケで、一時国はダンジョンに関する全ての行動を国が監理し、一般人には一切近寄らせない措置を取ろうとしたそうだ。だけどその措置を取ろうとした直前、何処の国かは明言されなかったけど、一切攻略されなかったダンジョンからモンスターが飛び出し、その国の人達を襲った事件が発生したそうだ。その国はダンジョンを「ダンジョンは国の所有物であり、勝手に入ることを禁ずる」としていた国で、まさに今から日本が執り行おうとしていた事の結果を見せられたような状態だったらしい。
この事で国はダンジョンを国だけで監理することの危険性を痛感し、仕方なくそのまま放置していた。
そうして様々な議論がされ、遂に施行されたのが例の法律だ。既に高校生以下で探索者証を持っている人については、高校を卒業するまでの間、一時的に探索者証を凍結してダンジョンに潜るのを阻止するという措置が取られた。
ホント、必要最低限の緊急措置とも言える対処だけど、これによりこの1ヶ月、ダンジョンでの死亡率が8割も減ったそうだ。今日の朝のニュースで数字についてはそう報道されてた。
国の裏事情については父さんに聞いた。父さんの友達が国会議員らしい。その伝手で聞いたんだとか。
とまぁ、そういった理由が有って、現在目の前に居る集団は少なくともある程度体は出来上がり、日本人であれば最低限の教育も終えている人と言える。そんな奴等がこんな問題を起こしている訳だ。ここの事が原因で、また法律が施行されても困る。故の注意だ。
しかし、だとしても奴の声だけで止まるとは思わなかった。
内心そう驚きつつ、俺も後ろを振り返った。
するとそこには、案の定猿渡と、恐らくその仲間達が居る。猿渡の装備は、俺がこのダンジョンの攻略を始めた頃に再会した時に着けていた物よりしっかりした物となっており、腰にはハンマーがぶら下がっている。他の面々も猿渡と似たような防具を着ていて、しかしその腰や背中には猿渡の装備とはまた違ったものがあった。
彼等の雰囲気を一言で語るなら『ベテランパーティー』だった。
何階層まで潜ったのかは知らないけれど、一月前に怖がられた時と比べるとかなり貫禄が有る。
そんな彼等に、人集りの方から声が上がる。
「うるせぇよ!コッチはダンジョンに潜るのに必要な物がいつの間にか無くなっててイライラしてんだ!理由を知ってる奴に聞くのはなんら間違ってないだろ!!」
上がった声に、思わずイラッとしてしまう。目の前に居なければ胸倉を掴んでるかもしれない。
そんな人の影に隠れて文句を言う誰かに、猿渡はこう続けた。
「文句を言うなら目の前に出て来て言えよ腰抜け!
それに俺は散々言ってきたぞ!アレは他の探索者の持ち物で、国や市の物でも無ければテメー等の願掛けや力試しの道具じゃないって何度もな!!」
「だからどうした!それと物が無くなるのは別の問題だろうが!!アレは俺達探索者全員の道具だ!!」
そこで俺の中でブチッという音が鳴った気がした。
多くは語るまい。いい加減キレた。
俺は直ぐ様集団の中へと早歩きで進み、声が上がっていた大体の辺りまで無理矢理押し進んで叫んだ。
「さっきから聞いてたら人様の持ち物を自分の道具みたいに抜かす糞野郎共が!
オラッ!!俺がテメー等の言うバットを持ち出したバットの正式な持ち主だ!!文句が有るなら俺に言え!俺からバットを奪いたいなら奪ってみろ!
テメー等の自己中に付き合わされるのは甚だ腹立つけど、この一件で片が付くなら安いもんだ!文句有る奴全員、頭をぶん殴ってやるよ!!
テメーか?!テメーか?!それともそこのテメーか?!!
あの馬鹿に直接文句も言えねぇゴミ野郎!さっさと出て来いや!!
出て来れないなら国の正当な政策に対する措置にいちいち文句言ってんじゃねぇよ!正論言ってるあの馬鹿に口応えしてんじゃねぇよ!食って寝ることしか出来ない糞と肉の詰まった袋が一人前に文句垂れてんじゃねぇよ!!!!」
言ったあと、ケースから相棒を取り出して構えた。
「誰だ?ほら、目的のバットは俺の手の中だ。奪えるものなら奪ってみろよ。持てるものなら持ってみろよ。出来ねぇならさっさと解散しやがれ。
それとも何か?このまま全員警察の厄介になって探索者証を凍結されるか?それともまた新しい法律を作る原因にでもなるか?
オラ!さっさと文句が有る奴は出て来いよ!!」
シン……と一気に静かになった。
そしてそのあと笑いが起きた。
「アハハハ、おいおい坊っちゃん。そんな装備してるお前みたいなのがあのバットを持てる訳ねぇだろ。
あー、はいはい。確かに君の言う通りこのままだと警察のお世話になるかもね。
わかったから、さっさと帰ってママのおっぱいでも飲んでな」
「」
1番近くに居た大柄な男が言った。
その男に向かって俺は相棒を投げてやる。
するとバットは男に当たり、そして男の足の上に落ちた。
その結果男の足が見るからに形を変える。
「い、痛ぇぇえええええ!!」
「オラ、持ってみろよ。俺みたいな装備の奴が持てる程度の金属バットなんだろ?だったらアンタでも持てるだろ」
痛い痛いと大の大人が泣きながら喚く。そんな男に対して冷めた気分で言ってやる。
男のそんな姿を見て先程までは怒りのままに思考停止してた脳が動き始める。
そして今の自分の状況を考えて、「やっちまった……」という気持ちで一杯になる。
今の俺の状況は完全に瑠璃から借りたサブカルチャーの本に書いてた展開と似た状況だ。
そしてその展開は、猿渡が来る直前には「法治国家日本では問題だ」としていた展開だ。
状況証拠と目撃証言や昨日からのデモ活動等を考慮すると俺は厳重注意程度で済みそうだけど、それで相手や周りが納得したり、事実を話すかどうかは別だ。
あぁー、本当にやっちまった……。
内心後悔していると、人垣の向こうから猿渡達がやって来た。
「………馬鹿野郎」
「るせぇ……」
「ホント、お前とは絞まらねぇな……。
ほらお前等!俺が言ってた例のバットの持ち主はコイツだ!それに今、必死にバットを退かそうとして一向に動かせてないコイツを見ても、まだこのバットがこの馬鹿の持ち物で、このバットが例のバットだと疑う奴は居るか?!
これでバットの行方はわかっただろ!見ての通り、本来の持ち主の許に戻った!ほら、解散解散!市の役員に詰め寄るんじゃなくて、さっさと大人しくダンジョンに潜りやがれ!!
第一、この馬鹿のバットを勝手に使って商売してた奴は一昨日捕まってるぞ!テメー等も捕まりたいか?!
嫌ならマジで解散しやがれ!!」
猿渡の言葉を皮切りに、徐々に人は捌けて行った。
大半の人がバツが悪そうな表情をしながら、こちらを恨めしそうに見てダンジョンから去っていく。残った人達は元々普通に潜りたかった人達なのか、普通に受付をしてダンジョンの中に入って行った。
そしてこの場には、俺を馬鹿にした大柄な男と猿渡達、それに俺だけが残った。
男は相変わらず泣いている。
しかし徐々に怒りが湧いて来たのか、大声で泣きながら何を言ってるのかわからない声で俺に向かって何かを叫び始めた。
たぶん罵詈雑言なんだろうな…。
聞く気は毛頭無いけど。
「はぁ……」
「溜め息吐きたいのはコッチだよ馬鹿。なんであんな暴言吐いたんだよ馬鹿。だいたいその格好を馬鹿にされるのが嫌なら防具を変えろよ馬鹿。最初一緒に潜るときに『馬鹿にする奴等が居るなら見る目無い』って気取ってたのは何処のどいつだよ馬鹿」
「馬鹿馬鹿うっせーよ馬鹿。第一、お前の態度、完全にここでの発言力有る奴の態度だったじゃねぇか。だったらちゃんと管理してろよ馬鹿。だいたい、人の攻略を見て全身ガタガタ震えてた奴がエラく立派な顔役になったもんだな馬鹿。しかも泣き虫と来た。あの泣き虫猿は何処のどいつだよ馬鹿」
「テメー!それを言うのは反則だろ!」
「気にしてる事をいちいち指摘してくるから、気にしてるだろう事を指摘したんだろ!」
「んだとォ?!」
「やんのか?!」
「覚悟しろや馬鹿野郎!!」
「覚悟しろや馬鹿野郎!!」
俺達は周りを気にせず互いを罵り合い、そして互いの頬を掴んで引っ張り合った。
正直反省はしている。でも、馬鹿に対して言ったりやった事については後悔していない。
俺達の馬鹿みたいな争いは、馬鹿の仲間の女性に耳を引っ張られた事で落ち着いた。
そして俺に相棒を投げられた男は最早ベソ掻きながら、なんか懺悔をし始めていた。
男の足の上に乗ってる相棒を回収して手に持つ。そして、恐らく猿渡のお仲間さんが呼んでいたであろう救急車がやって来て、男は運ばれていった。
そこまで経ったところでようやく場は完全に落ち着いた。
そうして、俺は相棒をクルクルと回しながら、改めて猿渡の仲間達を見た。
主人公のバット。とても人気ですね。
そして主人公がキレましたね。
敢えて言います。これだけ長くなったのには、勿論私の力量不足も有りますが、ちゃんと長くなったのなら長くなった理由が有ります。
『【変化】』と『探索開始』のページの主人公がダンジョンに潜る際のジャージの色とどんなタイプのジャージか、それにリュックサックの色を追記しました。
今後、主人公のダンジョンに潜る際のジャージ姿とリュックサックは、『【変化】』と『探索開始』ページに記したものだとお思いください。




