殺し
俺は再び2階層に来ていた。此処に来る前に、ダンジョン内時間で2時間ほど、スライムでダンジョンに対する恐怖を払拭して来たからすぐにという訳ではないが、なんとか俺は戻ってきた。
今俺は金属バットをナイフに変えてある。更に都心部のダンジョンで手に入れた【硬化】も体に施してる。
【硬化】は1階層で使ってみた感じ、対象を硬くする効果のようだ。しかもこの【硬化】、たぶんだけど慣れたら複数に掛けられそうである。今は体に掛けた。これでスライム相手の判断だけど、あの理不尽な地中からの攻撃にも堪えられそうだ。
またあの最初の部屋に戻ってきた。中には案の定、2匹のもぐらが居る。
深呼吸をする。何回もする。
ここに来て、また体が震え始めた。
やはり怖い。もう一度あの恐怖を体験するかもと考えただけで血の気が引いていく。それをグッと堪える為に、何度も深呼吸をする。
心臓の音が自棄に大きく聴こえる。それほどまでに一杯一杯なのか、逆に深呼吸をすることによって集中したからか……。恐らく集中したからだろう。心臓の音が聴こえる割に、視野は広かった。
改めてもぐらを観察する。つぶらな瞳をしていて可愛く、やはり油断してしまいそうになる。なるが、もう騙されない。アイツ等は俺を殺しえる存在だ。モンスターだ。
もう一度深呼吸をする。
息を吐いたあと、もぐらの一匹を見据える。
1発で仕留めてやる……。
そう意気込み、ナイフを逆手に持ち、俺は見据えた一匹目掛けて駆け出した。
徐々に詰まる距離。まだもぐら達は俺の存在に気付かない。
残り5メートル。ようやくもぐら達は俺の存在に気付いたようだ。俺の方を見てくる。
残り1メートル。もぐら達は身の危険を感じたのだろう、地中に潜るような動作を始める。
逃がすか!!
見据えていた一匹の尻尾を乱暴に掴み、地中に潜りかけのもぐらを力任せに地中から出す。そしてその首目掛けて、思い切りナイフを突き刺す。
「オラァァ!死ね!死んでしまえ!!」
掴んだもぐらを何度も何度もナイフで突き刺す。
宙吊りになっているもぐらが、前足で俺の事を殴るが、【硬化】のおかげか不思議と痛くない。
何度も何度もナイフをもぐらに突き刺す。
次第にもぐらの抵抗は無くなっていき、最終的にはサランラップのような物に包まれた肉へと姿を変えた。
「ハァ……ハァ……」
息が上がる。この部屋に駆け出す前とは、また違った意味で体が震える。
初めて生物を自分で殺した。
俺の中でモンスターとはいえ命を奪った気持ちの悪い感触が手に残る。それはヘドロのようにベットリとしていて、いくら手を洗っても落ちそうにない感触だった。
「ハァ……ハァ……ハァ……、ッ!」
後ろから唐突に衝撃が走った。衝撃の正体は残ったもぐらからの突進のようだった。後ろを見ると、俺の足許で地中に潜ろうとしているもぐらが居た。
俺は慌ててそのもぐらの尻尾を掴んで、掴んで……、掴んで……。
ナイフを金属バットに戻し、ノックの時の打つ側の時のようにしてもぐらを打つ。
ゴキッという、嫌な音と感触がバット越しに手に伝わる。
もぐらは綺麗に放物線を描き飛んでいき、ドサッと不時着し、ピクピクと体を痙攣させていた。
恐る恐る近付く。もぐらはどうやら当たり処が悪かったらしく、動こうとしない。動こうとしなかったが、しかしジッと俺の方を見ていた。
いや、睨んでいるのだろう。そう思うと、怨みを孕んだ目にも見えてきた。
そのまま互いに見つめ合う。しかしそれも長くは続かず、もぐらは事切れたのか虚ろな目になり痙攣することもなくなった。そしてもぐらの体は消えていき、もぐらの居た場所には黒く濁った石ともぐらの爪と思われる物が落ちていた。
後味が悪い。
このあとダンジョンを更に潜る気にはなれなかった。
俺はもぐらから出た物をリュックサックへと仕舞い、その日はもうダンジョンに潜らなかった。




