魔術師、新世界へ 五
領主の屋敷での夕食はフリントらしく、豪華なものではなかった。
しかし料理人の腕が良いのかとても美味しく、レンはテヘラが聞いたら残念がるなと思った。
フリントは食事中、街について色々話していた。
移住が始まって一年が過ぎた頃、フリントはグリエラルドから新しい土地、八石の大地での東方面の統治を言い渡された。
それはフリントの身に余るような大事業で、始めは断った。
しかし説得され、事業に関して二人で話をしている内にやってみたいと思い始めてしまった。
そしてそれならばいっそ、と大都市を作ってしまう事を提案した。
東方一帯を治める領主は既にいたのだが、彼はあまりにも無計画だった。
しかしそれでも、人々は既に生活を始めている。
それを動かし整理する事は実際問題としても心情的にも難しかった。
ならば、と思い付いたのだ。
大規模な都市を作り、そこから兵を派遣する形で村や町の支援を行う。
グリエラルドは何も言わず、フリントに全てを任せた。
結局乗せられたようなものであったが、五年の歳月を費やして街は完成した。
名はレンとユニアから借りて、レニアと付けた。
「それは聞きたくありませんでした!」
「街に名前が残るなんて・・・。」
「フリント、馬鹿?」
「おや、駄目でしたか?」
もう遅かった。
その夜、自室へとレンを招くフリントにメリアが絡み、レンが男だと知らなかった事が明らかになるなどしたが、ひとまず無事に師弟だけとなった。
レンは椅子を勧められ、遠慮無く座る。
部屋には椅子が二脚にテーブルがあり、どちらも意匠が凝っていた。
見回せば戸棚や本棚なども統一された意匠で、作りもしっかりとした良い物であるとわかる。
「妻がとんだ失礼を。」
「もう慣れっこですから、気にしないで下さい。」
フリントは魔術の水と炎から湯を作り、茶を淹れる。
それは手慣れたもので、以前に比べれば遥かに熟達した腕を見て取れる魔術捌きだった。
「魔術はどれくらい扱えるようになりました?」
カップをテーブルに置き茶を注ぐと、フリントも椅子に座って一口だけ含んだ。
それから、口を開く。
「相談の一つは、その事についてなのです。」
その表情からは、迷うような様子が窺える。
レンは茶を口に運び、フリントの言葉を待った。
自分と二人になったと言う事は、話すつもりではいるのだ。
それをじっくり待つ。
やがて、話し難そうにフリントはもう一度口を開いた。
「師匠、魔術は作れるのではありませんか?」
レンは驚いた。
その言葉は想定していなかった。
フリントには、そこに至れるような事は教えていない。
つまりレンと同じに自ら考え、辿り着いたのだ。
そして、同時に嬉しくなった。
自分と同じところへ到達しようとしている。
唯一弟子と思っている人間が、同じ答えを導き出したのだ。
ならば自分もサールのように、その手を引こう。
そう考えた。
「何故、そう思いました?」
「始めは、魔術を合わせて使う事を考えました。
それはそれで便利だったのですが、魔力の消費が多過ぎて使い難かったのです。
そして無駄が多いのでは、と考えるようになりました。
例えば強化三種を使おうと思った時に、合わせて使うのと別々に使うのとで消費が同じなのです。
合わせている意味を感じませんでした。
同じ対象に使っているのに、どうして別々に使うのと同じだけ消費しているのかと疑問に思いました。
そして無駄を省こうと魔力を練り上げている内に、魔力を省ける事に気付きました。
省いている物の正体を探ると、それは自分が無駄だと思っていた、重なっている箇所でした。
そうして試していると、強化三種を少ない消費で使える魔術が出来上がってしまったのです。」
フリントは、答えに辿り着いていた。
相談と言うのも、ただ確認がしたかっただけ、答え合わせがしたかっただけであるようだ。
レンの目がきらきらと輝く。
おもむろに立ち上がり、その頭を抱き締めた。
「すごいです、フリントさん!
正解です、大正解ですよ!
私と同じ事に気付いた人に、やっと出会えました!
嬉しい・・・。
嬉しいですよ、フリントさん!」
無尽の弟子の名は伊達ではないと、証明した瞬間だった。
落ち着きを取り戻し、レンは魔術について話す事にした。
「既に試された通り、魔術は作れます。
それは例えば積み木を積み上げ形を作るように、組み合わせは無限大です。
魔術は、個別の役割を持った積み木の一つ一つを合わせて作られているものです。」
魔術書にある五十を広めたのは、旧神サルベルである。
力を与えるために、しかし強過ぎる力は持たないように、魔術はその五十で全てであると定めた。
人も神も悪魔もそれを修得した。
魔術書を読んだ者達はそれを信じた。
知恵を司る神の言葉であり、もたらされた書物だったからだ。
また、魔術書は読めば読む程固定観念を植え付ける言葉で書かれており、その状態では何を試そうと想像を疑ってしまい、結果上手くいく事は無かった。
そうして先達がさらに後継達の思考を固め、サルベルの計画通りに魔術が生み出されない土壌が出来上がった。
「なるほど。
しかし、それならば何故師匠は、この知識を広めないのです?
やはり師匠も、強過ぎる力だと?」
「それは多分、私が一番実感していると思います。
魔術師が全員この知識を得てしまったら、貴族が圧政を敷く事よりも恐ろしい世界になってしまいます。
力が全ての、弱い人間が生きられない世界に。」
皇国で暗黒時代を築き上げていた貴族達が良い例だった。
金や権力と言った物理的でない力でもって、民に多くの犠牲を強いた。
そういった人間が、この力まで手にしてしまったら?
サルベルはそれを危惧したのだろう。
そしてそんな時代は、レンも望まない。
だからみだりに広める事は出来ない。
自分達は、新しい魔術を知り得ただけ。
彼らは探すだろう。
新しい魔術の書かれた書物を。
ありもしない何かを。
「フリントさんは、私から教わった事にしておいて下さい。
きっとそれが一番納得してもらえると思います。」
「理解しました。
そして、師匠がそう仰るなら当然従います。
とにかく秘密ですね。」
秘密を共有した二人の魔術談義は、日付が変わってもまだ続いたと言う。
「済みません、師匠。
こんな時間になってしまいましたが、もう一つ相談に乗っていただけませんか?」
「構いませんよ。」
「ありがとうございます。
実は先日の雨の影響が大きく、兵をそちらに回さざるを得ない状況になっているのです。
それで、通り魔の男からの証言を元に、調査を依頼したいのです。
あの剣を売ったと言う商人からは、剣の出所など事情を聞かねばなりません。
しかし、街の復旧は最優先でして・・・。」
「わかりました。
そういう事なら、引き受けますよ。」
レンは即答した。
気になっていた、と言う事もあるが、予感は感じていたのだ。
自分が追う事になるだろうな、と。
あのような魔導具の存在は許しておけない。
たまたま手に入れて、その力を知らずに売ったのならば仕方ないだろう。
しかし、あの剣が発見されたものではなく、今を生きている錬金術師によって作られたものであるならば、突き止めなければならない。
本当は普通に旅をしたかったのだが、フリントとの再会も縁と言うものだ。
安堵した表情を見れば、本当に困っていたのだとわかる。
だから、受けようと思った。
「証言によれば、商人は男です。
短めの黒髪に紫の瞳、中肉中背で凹凸の薄い顔立ち。
笑顔を崩さず言葉も丁寧な人当たりの良い人物で、旅人風の服装に大きくはないバックパック、と言う出立ちだったようです。
しかし行商であれば、もう街にはいないかもしれません。
剣の売買から十日前後経過していますので。
ですから、出来る範囲で構いません。
よろしくお願いします。」
フリントは、指名手配などの手段は選ばなかった。
特に目立つ風貌とは言えなかったし、似た人物が誤って吊るし上げられる危険性がある。
行商達への風当たりが悪くなる事も考えられるし、またその男が何も知らない可能性もあるのだ。
早まった事はしたくなかった。
だから、レンの存在は本当にありがたいものだった。
翌日の朝には、雨は止んでいた。
街中で、崩れてしまった家屋や水没してしまった田畑の復旧、行方不明者の捜索など誰もが忙しく動いていた。
特に行方不明者は想定よりも多いらしく、住人も兵も必死に探していた。
「災害ばっかりは、対抗しようがないわね。」
「私の魔術でも、蘇生は出来ませんしね・・・。」
レンとユニアは救助の手伝いを行っていた。
本当は調査を優先しなければならないのだが、レンの性格上それは無理な話だった。
助けられる命があれば、率先して向かってしまう。
その事に、ユニアは反対しない。
それはいつもの事で、そして自分も人助けが嫌いなわけではないのだから。
魔力感知により生存者を探し、障害は念動で動かし、怪我があれば治療し、安全なところへ運ぶ。
こういう場面において、レンのそばにいてもユニアに出来る事はほぼ何も無い。
ただ、護衛も兼ねているので離れる事は無い。
レンは、魔力感知で捉えられるものについては敏感だが、そうでないものには鈍感だ。
そこを守るのが、ユニアだった。
ユニアは勘が鋭い。
気配や殺気なども察したが、食事に盛られた毒や大気の微かな異常など、ほんの僅かな違和感も逃さず気付く。
抜けている事の多いレンの護衛として、最適の人間だった。
いつからそうなのか、はっきりとはしていない。
ただ、あの頃からだろうと言う心当たりはあった。
ある町を守った時だった。
夥しい数の魔物に襲われた。
守るために無茶をして、死の直前まで追い込まれた事があった。
あらゆる筋が、骨が悲鳴を上げ、折れて砕けて極限状態を迎えた。
レンのおかげで助かったのだが、それから力も感覚も恐ろしく強く成長し続けている。
身体能力についてはそれ以前から兆候があり既に自分の身体を傷付けてしまう程だったが、感覚も恐らくこの頃からだろうと考えている。
この時に目覚めたのではなく、芽の出ていたものが開花した、そんな感覚だ。
身体が壊れる事に関しては、今は生命の魔石が胸の中にあるので大丈夫だ。
痛みを感じる前に、たちまち癒えてしまう。
二人は救助活動の傍らで黒髪紫眼の男を探したが、成果は芳しくなかった。
聞き込んでもいるのだが、情報は得られていない。
目立つ特徴も無いので、そもそも困難である事はわかっていたが。
行商であるならば街を後にしている可能性も当然あり、まだいるのだとしても、レニアは広過ぎた。
紛れ込める場所が多い。
旅人や冒険者も数多く訪れていて、探しようも無いと言えた。
「フリントさんも言ってましたが、出来る範囲で探す事しか出来ませんね。」
「時間はかかるわね。
しばらく滞在して、物見遊山がてら探しましょ。」
幸いレニアは広く、見る場所も多い。
退屈はしないで済むだろう。
あまり気負わずに当たろうと言う事で、二人は方針を固めた。




