125
西大城門を出たスーグリとセーラは、そのまま街道に沿って歩いていく。
「何処まで行くんだ」
「すぐそこよ、そんなに遠くないよ」
アルステルは直ぐに森に阻まれ街道から見えなくなる、高い木々に囲まれた道は日が当たらなくて空気が冷たい。
「良く足元を見ていてね、この辺りにルーヴ木が生えてるんだけど、落ちてる枝でないと魔力が貯まってないの、少し赤みがかった枝で大きさは手の平くらいだから中々見つけにくいよ」
二人して街道沿いを歩き回って赤い枝を探した、するとセーラが、
「あった」
枝を片手にスーグリに見せた。
「うん、それ、それを五百本ね」
「……」
陽が落ち始めるまで、二人は一生懸命集めまくった。
持ってきた袋が沢山の枝で一杯になると、スーグリは立ち上がって腰を叩いた。
「ふう……こんなもんかな、四百から数えるの忘れちゃった、もう五百は拾ったかな、あとはおじさんに見てもらえばいっか、セーラァ、そろそろ帰りましょ」
セーラが両手一杯に持ってきた枝も袋に詰め込むと、町へ歩き始めた。
「一杯取ったね、あとはこれと依頼書をおじさんに渡せばいいだけね」
「簡単じゃん」
セーラがニコリと笑った。
あどけないかわいい笑顔に、やはりいくら態度や言動が悪くても中身はまだ子供らしさが残っているものだと、スーグリも微笑み返した。
夜の帳が降り始めた時間に町に戻ってきた二人は、その足で依頼所へと向かう。
「早いね、もう終わったのかい」
「うん、この子が頑張ってくれたから、本数はまだ数えてないけど、はいっ」
スーグリがパンパンに張った袋を床に置いた。
「よしよし、待っておくれ、すぐ数えるよ」
その間、依頼書に目を通しながらセーラにこういう依頼なら一人でも出来る等、依頼書の見方を教えてあげていた。
「ほい終わったよ、五百三十本あったから、三十本は返そうか、何なら儂が買い取ってやってもいいよ」
「それでお願いします、あっ……それと次の仕事はこれで」
「あいよ」
明日の仕事もついでに受けておく、僅か四日間の付き合いなので時間は有効に使いたかった。
「明日も朝早いからね、依頼所の前で待ち合わせだよ」
「うん」
報酬を受け取ると店の外でセーラに分け前を渡す。
「はい、今日の仕事の報酬よ」
「こんなに……」
手に乗ったお金を見てセーラは喜ぶより驚いた、仕事も簡単な物でスーグリの言い方からして報酬は少ないものだと思っていたのに、小さな手の平には溢れそうなくらいの銀粒で一杯だった。
「半分の報酬と初仕事のお祝いとしての分ね」
「…………」
こういう時になんて言えばいいのか、その言葉が中々口から綺麗に出てこない。
人にお礼なんて恥ずかしくて言えず、もごもごと唇を動かしていると、
「ちゃんと大きな声でしゃべらないと聞こえないよ」
顔を真赤にしながらスーグリを見てくるセーラが、
「ああ……あり、ありがと……う」
「うん、それでいいの、明日も早いからちゃんと寝るんだよ、またね」
恥ずかしがるセーラを見ていたくもあったが、こういう慣れていない状況で余り長居するとセーラも居辛いだろうと、簡潔に話し終えると別れた。
それから三日間、同じような内容の仕事を繰り返し行動範囲を広げながら、何処で何が集められるか、此処から先の森には行かないようにと注意点も交えながら、一緒に仕事をこなしていった。
たった四日のうちにいろいろな事を教えたが、セーラはスーグリが話してる時は静かに言葉を聞き、よく理解していた。
元々頭が良いのか物覚えもよく、テキパキと働く姿にスーグリは感心していた。
(環境が良ければ……、この子は学校で勉強すれば賢い子になりそう)
両親が働けないのがこの子にとって不幸であった、けどそれはセーラだけに限ったことではなく、世の中には賢い素質を持っていながらも、働かなくては生きていけない人は老若男女問わず大勢いた。
それを運命と一言で言ってしまえば身も蓋もなく、自分がセーラという人物に出会ったことが運命なら、未来に繋ぐ何かを教えられればいいと考えていた。
「明日で十歳だね」
「うん、明日から堂々と仕事を受けられる、あの親父に文句なんて言わせないよ」
セーラは自信に満ちた言葉を言う。
「じゃあ今日で一緒に仕事は終わりかぁ、たった四日間で六つも仕事を終わらるなんて凄い事だよ、もっと大きくなるまではこの仕事で十分生活出来るはず」
「分かった」
表情も豊かになったセーラはニコリと笑う。
「じゃあ今日はご馳走といきましょう、もちろん私の奢りよ、沢山食べてね」
何も言わず微笑みだけで返事をしてきたセーラと一緒にお店に入ると、食事を始める。
初めて出会った時から比べてかなり柔和な感じになってきたセーラは、スーグリに対しての受けごたえも早く、大きな声で答えるようになってきていた。
時折見せる素直な感情、花を見て綺麗と言ったり、大きな虫を見て怖がったりと子供らしい表情を見るたびにスーグリは微笑ましく思っていた。
「こんな肉、初めてだ、すっげえ……」
セーラは自分の顔ぐらいに大きな肉が卓の中央に置かれると、目を輝かせながら喉を鳴らした。
「今日はお腹が破れるぐらい一杯食べて」
「うん!」
スーグリが皿に切り分けてあげると、齧り付いて口の周りを油だらけにしながら頬張っていく。
「うめえ」
「ゆっくり食べてよ、私の食べる暇が無くなっちゃうよ」
二人で笑いながら次々と皿を空にしては新しい注文をしていく。
今までの人生でこんなにも肉を食べたことがない程に、肉を噛みちぎり肉汁をすすっていく。
人生最後の食事とでもいうように夢中になって食べ、咀嚼の音だけが卓に響く。
じっくりと肉を堪能した二人は、卓の上に空になった皿と骨だけが残され、最後に食後のゆったりした時間を味わう。
「もう駄目だ、入らないよ……」
「肉はもういらないね」
意気揚々に何皿もの肉を平らげておきながら、もう見るのも嫌だと嘆いた。
「明日一日食べなくても過ごせそうだね、ちょっと頼みすぎちゃっったかな、まぁいっか」
お腹をさすりながら店を出た二人は、散歩がてらに街を練り歩く。
「セーラは将来何になりたいの?」
「……まだ判んない、お金を貯めてアルステルを出たいんだ」
「何処か行きたい所があるの?」
「故郷に帰りたい」
「故郷……アルステルじゃないの?」
てっきりスーグリはセーラがアルステル出身だとばかり思っていた。
「違うよヴァンだよ、ずっと南にあるんだ、此処に来たのは去年だよ、それなのに父ちゃんは来てすぐに病気になっちゃったから……お金も無くなってきて……」
スーグリには聞いたことのない国だった。
「ヴァン……、私はミーハマットとアルステルしか知らないの、そこはどんな所なの?」
「ずっとずっと南、砂漠を越えてもっともっと南に行くんだ、森の中に家があってとても静かなんだ、何もないけど近くには海もあるし、毎日海に潜って魚を獲って食べてたんだ、こんなとこは嫌だよ、だから一杯稼いで帰るんだ」
「……そうだったんだ」
そのためにあれほど必死に仕事がしたいと言っていたのを思い出していた。
スーグリは行ったことがないヴァンという南の国が、一体どんな場所なのかさえ想像も出来なかったが、セーラの顔を見ていると良い所なんだろうと思わずにいられなかった。
(砂漠を越えてかぁ……、遠い国なんだろうな)
「でももう明日からは一人で働ける、怖いもんなんかないよ、早く稼いでヴァンに帰るんだ」
「頑張ればすぐにお金も貯まるはず、国に帰れることを祈ってるね」
「うん」