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銀の魔導   作者: 雪仲 響
118/983

118 脱出

 それもそのはず、さっきまで二人が居た岩場の頭上に竜が眠っていたのである。

 それを見た途端、トムに後悔と死の文字がよぎる。

(畜生……なんてことだ、あの音はやはり竜だったのか……これほど近くにいたなんて……)

 ずっと夜の間、頭上で竜が眠っていたなどと考えただけでも身震いがしてくる。

 マルティアーゼもトムの視線に目をやると、全身が麻痺をした様にその瞳が釘付けになっていた。

 見上げた岩場で雲に溶け混むような白い巨体は、お腹をゆっくりと伸縮を繰り返し、頭は岩場から投げ出した状態でこちらに向いて目を閉じている。

 昨日の食事で満腹になったのか、起きる気配はなさそうに気持ちよさそうに眠っていたが、いつ目覚めて二人に牙を向けるのかを考えると、その場にじっとしてはいられない。

 しかし、二人にとっては直ぐ目の前に大きな顔がこちらに向いていて、目を開ければ眼の前に餌が突っ立っている状況である。

 目覚めたばかりのマルティアーゼにとって突然の緊迫する状況は、心臓が激しく脈打ち、胸が張り裂けそうになるほどに苦しく締め付けてきた。

いきなりの局面に体が追いつけずに、一気に顔が紅潮して呼吸が上手く出来なかった。

「はっ……はっ、はっはっ……あ…ああっ……」

 今見つかれば殺られる……その思いが今どうするべきか、何をどの様に動けば良いのかという思考を妨げ、逃げなければいけないことは分かってはいても、それを体が拒否して固まったまま立ちすくんでいた。

 どくんどくんと、心音が口から漏れているのではないかと、マルティアーゼは口をつぐむ。

 眠っていても威厳を備えた竜の姿は、見る者を飽きさせない美しさがどこかしらにあり、この島でどれだけ長く厳しい生存競争の戦いに勝ち残ってきたのかは、どっしりと構えた姿を見ればこの竜が並々ならぬ猛者であろうことはひしひしと感じられた。

 口の周りに付いた血と見え隠れする牙が、今までどれだけの血肉に食らいつき引き裂いてきたのだろうかと、マルティアーゼは他人事のように見ているとそっと肩を叩かれた。

 身震いしたマルティアーゼに、トムが小声で囁きかけてくる。

「いいですか、静かにそのままゆっくりと後ろに下がってください、慌てずに」

 二人は竜を視線から外さず、後ろ向きに後退しながら森の奥へと逃げ込もうとした。

 たった一歩にこんなにも時間を掛け、神経を集中させた事などついぞ覚えがないほどに、そろりそろりと音を立てずに下がっていく。

 その時、上空の雲が一斉に轟音が鳴り響き、激しい気流が上へと流れ始めた。

 地響きみたいな低く重い音が空気を震わせ、周りの木々が小刻みに揺れだすとカサカサと乾いた音を気流の音に重ねてきた。

 一瞬周りに目を奪われた二人が竜の方へ向き直すと、目を覚ました竜がこちらに鎌首をもたげて見つめていた。

「あっ!」

「走りましょう!」

 トムの掛け声で一目散に森へと走り出した。

 真っ直ぐに、ただひたすら竜から距離を取るためには真っ直ぐに走るのが一番だった。

 行く手を塞ぐ大木を右に左と避けながら、坂を下って海に出ようとした。

 竜は目の前の獲物が森へと入っていくと、逃げる獲物に興奮したのか一声鳴いて跳躍した。

 結構な高さの岩場から苦もなく地面に降りた竜は、勢いを殺さずに四本脚を伸ばしてマルティアーゼ達が入っていった森へと駆け出していく。

 竜は伸ばした体をくねらせながら、大木の間を流れるように上手く森を進んで行く。

 竜にとって森は障害とはならずに、狭くなった木々の間もお構いなしに体を巧みに滑り込ませ、坂の勢いを利用しながらぐんぐん速度を上げていく。

 マルティアーゼ達も飛び跳ねるように白い森を抜けていた。

 なるべく木々の密集した場所を選び、多少の密集した草むらにも飛び込んで突き抜けていこうとしていた。

 トムの姿を見失わないように視認出来る距離を取り、殆ど走っているというより飛び降りているよう見えた。

 立ち止まって死ぬか、躓いて死ぬか、一瞬のミスが命とりになる状況の中でマルティアーゼの口角は自然と上向いていた。

 彼女自身楽しくて笑っているのではなく、この死ぬか生きるかの瀬戸際の興奮作用とでもいうのか、自分がまさに今、窮地に陥っている最中なのだ、此処で死ぬかも知れないその間際に立たされているという状況で、自分が二択の道を選ぶ特権を得ている、誰も介入出来ないこの瞬間を支配出来るのは自分だけなんだと、得も言われない感動を覚えていた。

 金色に変わった目の変化にマルティアーゼは気付いていない、狭くなる視野は道なき道を素早く目を動かし、森を抜けるための道筋を探すのに集中していた。

 意識すらぼやけ、おぼろげな記憶の中で他人の見ている景色を見させられている気分になって、身体は宙に浮いているような感覚だった。

 一点だけに集中している状態では多少の傷など痛みも感じず、湧き上がる力に疲れすら何処かに吹き飛んだように軽かった。

(今私は逃げている……? 何故逃げないといけないのかしら……何処へ逃げようとしているの、トムは何処……彼といれば大抵の敵になんて恐れることはないというのに、どうして私は森の中を駆け抜けているのかしら)

 物凄い早さで入れ替える景色の中、マルティアーゼはおぼろげに考えていると、景色の真ん中に明るく白い光が見えてきた。

 其処に飛び込んだマルティアーゼは辺りの眩しさに顔を覆った。

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