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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 別の竜が森の中から出てきて、マルティアーゼ達を襲おうとしていた竜の体に噛み付いてきたのである。

「他にも竜が……」

 噛まれた竜が胴体に噛み付いている竜の首に噛みついて、引き剥がそうと暴れだす。

 後から来た竜を見たマルティアーゼが、立ち止まってはっとした。

 竜の体は羽が抜け落ち、腹は破れ肋骨が見えている。

 顔の半分は完全に骨と化し牙が剥き出しになっていて、生きていることが不思議なほどだった、まるで死んでいるような目で、首を噛まれている事に痛みを感じていない様子で、胴に食い込んだ牙の力を緩めようとしなかった。

 火球や剣でも傷一つ付けられなかった固い皮膚から血が流れ出すと、竜の悲痛な声が広場に響き渡った。

「見てトム、竜の体が……」

 バリバリ、と何かが砕かれるような音が竜の体から聞こえてきた。

「ケェェェ……」

 一声鳴いて必死に噛み付いてきた竜を引き剥がそうと、体をよじって暴れまくるが、一度噛み付いたのを離すまいと、骨になった顔から丸見えになっている牙が肉に食い込んでいくのが見えた。

 態勢が崩れても口だけは離そうとせず、もうすぐで肉が噛みちぎられるぐらいまで口が閉じられていた。

 噛まれた竜は抵抗も虚しく、地面に横倒しになると肉のちぎれる音が聞こえた。

「ああっ……」

 思わずマルティアーゼの口から悲鳴が上げる。

 そこへ森の中から続々と竜が現れてきて、相手を見つけると噛みつき合った。

 新たに現れた竜達も体のどこかしらが腐り死んだ目をしていて、涎を垂らしながら肉を貪るために目の前の獲物を倒そうと、近くの竜に飛びつき大きな顎で肉を引き裂いていた。

 仲間意識などないお互いが獲物としての食い合い殺し合いが始まると、広場は阿鼻叫喚となっていく。

 貧欲で貪欲、そこには只がむしゃらに空腹を満たすだけで、倒した獲物を貪っている者を襲い襲われる広場になっていた。

 初めに殺された竜の体は半分以上食われてしまい、それを襲った竜も他の竜によって殺され、食べられていた。

 広場では骨の噛み砕かれる音だけが響き、それをじっと見つめていたマルティアーゼは一体どうして仲間同士で殺し合っているのか不思議でならなかった。

「あの竜は……死んでる……?」

 マルティアーゼの云う竜とは後から来た竜達の事で、動きは緩慢だったが噛む力は初めの竜とは比べられぬほどに強かった。

 彼らは自分の体が噛まれようが尾が噛み千切られようが、痛みというものを感じていないかのように、目の前の肉を喰らう事に没頭していた。

 そう……、それはまるで死人のような、ただ一つの行動原理で動かされているゾンビのようでだった。

「竜の死人……」

 この島がどの様な場所かは分からないが、戦い傷つき体が腐っても尚、体が動く限り血肉を求める、そういう場所なのかとマルティアーゼは感じた。

「それとも竜とはそういう生き物なのかしら」

 話で聞いた竜とは凄まじい力を持ち、生殖能力が低く長い年月を単独で生きている生き物だと聞いていたが、目の前の竜達を見て話の内容との食い違いを感じていた。

「ここで繁殖をして共食いをしながら生き延びてきた……、体が腐っても生きていられるなんて、なんて生命力なの……」

 この島にいる生き物は全てが敵であり食糧でもあった。

 大きな雲によって外界との接触を遮られ、視界の悪い霧の中で発達した嗅覚と大きな口と強靭な顎で、食らいついた獲物を逃さないようにとこの島で独自の進化を遂げてきたのであろう。

 マルティアーゼの思い描いた竜とはかなり異なったが、それでも何人たりとも媚びる事も懐くこともしない、孤高の存在として聞かされていた通りの伝説の生き物に違いなかった。

 戦い倒された竜にここぞとばかりに肉に食らいつこうと、集まってくる竜達の姿がそこにはあった。

 もうマルティアーゼ達のような小物など気にも止めない様子で、目の前の大きな肉を胃に収めていた。

「今の内に逃げましょう、あの肉が無くなってしまったら次は我々の番ですよ」

「ええ、そうね……でも今、目の前にいる生き物が言い伝えられる竜の姿だと思うと、もっと見ていたいという気持ちになるわ」

「そのような事は言ってられませんよ、剣や魔法でも傷一つ付かないような化物に噛み殺されるまで待ってるなんて出来ませんよ」

 トムはマルティアーゼの腕を掴むと、森の中に引っ張っていく。

 カツン、とマルティアーゼの足に何かが当たった。

「待って」

 トムの手を振りほどいたマルティアーゼは、足元に落ちている物を拾い上げると服の中に仕舞い込むと、

「行きましょう」

 二人は広場から竜達に見つからないよう姿を消していくと、来た方向を探りながら海岸へと足早に岩場を降りていく。

 森に入れば周りが一気に暗く感じた。

 時間的にあと少しもすれば夜が訪れる時間帯で、本当ならこのまま進んで海岸近くまで行きたくはあったが、方向が判らなくなる前に何処か安全な場所を見つけて一夜を越したかった。

 あのような怪物を見れば、この島に安全な場所があるわけがないのは分かっていたが、とにかく見つからない場所に隠れなければ、いつ襲われるのか分からない森の中で恐怖に慄きながら夜を過ごす気にはなれなかった。

「ここに隠れて明日の日の出まで我慢するしかありませんよ」

 まだ僅かに確認できる視界で、トムが岩場の間に窪みを見つけた。

 二人は直ぐ様その隙間に潜り込んだ、狭くはあったが身を寄せ合ってなるべく奥へと身を隠す。

 穴から見える視界は直ぐに日が落ち暗闇へと変わっていく。

「あまり大きな火は焚けませんが、明かりがないと不便でしょう」

 身の回りに落ちていた枯れ草や枝をかき集めて小さな焚き火を焚くと、狭い穴倉でも明るく感じられるほどに照らし出した。

「これで一息つけますね、ふう……しかしあの化物が竜だなんて驚きです、今でも手が震えるほどの興奮を覚えてますよ、あれが此処に来た人達を襲った生き物ですかね」

「それ以外に考えられないわ、あの巨体で足音も立てずに直ぐ側まで忍び寄る事が出来て、あんなに素早く走れるんですもの、他の竜がやって来なかったら私達はあの時に終わっていたかも知れないわ」

 マルティアーゼは手に持った干し肉を食べる事すら忘れてしまい、不思議な生き物について話しだした。

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