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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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「此処を真っすぐ行けば大きな木が立っている道に出る、そこを右に進んでいけば三日もあればエスタルに着くじゃろうて、途中橋があるが増水に気をつけるんじゃぞ、橋を渡った後は臭いがきついから早めに突っ切るのが懸命じゃ」

「お世話になりました」

「ありがとう」

「ありがとうございました」

 一夜明けるとアルステルに向けて出発した三人は云われた通りの道を進んでいった。

 一日、二日と細い道をひた歩き、教えられた橋に出てきた。

 ラトール川は透き通る綺麗な水をたたえて穏やかな流れを見せていて、問題なく渡れた。

 頑丈でしっかりした橋を渡り歩いていると、次第に生臭い強烈な匂いが漂ってきた。

 咄嗟にボルドが云っていた言葉を思い出して、三人は急いで馬を駆けだす。

 沼地が前面に見えてくると匂いは完全に腐ったものへと変わり、泥から吹き出てくる腐臭の泡が弾けて馬の足を汚していく。

 馬も匂いが堪らなく嫌なのか、首を振って匂いを振り払おうとする素振りを何度もしながら、泥と化した道をひた走っていた。

 周囲が霧のように霞みが掛かり始めると、水滴となった霧が服を濡らしていき、染み込んだ所から強烈に臭いが発せられて、マルティアーゼ達は余りの匂いに涙を浮かべながら走り抜けていく。

 こんな場所での野宿は寝ることも出来ないと、日が暮れるまでに匂いのしない場所まで駆け抜けたいと、誰かがそういう事を言うでもなく必死に三人は無駄口も叩かずに寡黙に進んで行った。

 草木の青臭い匂いが強くなって抜けた事を知ると、道の外れに流れる河原で一夜を過ごした。

 川で体と外套を洗い流したが、それでも匂いは取れずに浅い眠りで寝苦しい夜を過ごしていた。

「帰ったら一式服を揃えないといけないわね、こんなの着て歩いてたら皆から変な目で見られるわ」

「うう……臭い、食べる気がしないですよ」

 ボルドから貰った干し肉を見ても、まるで腐ってしまったような匂いが鼻の奥に残っていて、スーグリはお腹が空いていようとも腹に入れる気が起きなかった。

「とんだ仕事になってしまったわね……、帰ったら暫くは大人しくして英気を養わないといけないわ」

「では、竜の骨は取りにいかないのですね」

「暫くよ……」

「…………」

 やはり行く気なのかと、トムは内心ため息を吐く。

 それから二日、アルステルを出て何日目だろうか、久しぶりの人が行き交う街道に出ることが出来て安堵感が蘇ってくる。

 南下していくと直ぐにエスタルの町が見えてきた。

 本来なら国を歩いて堪能したかったが、悪臭に包まれた服で入るのは気が引けていたし、何より長旅の疲れもあったので町に入るのは止めてそのまま通り過ぎていく。

(また次の機会にしましょう)

 エスタルから三日、宿屋の主に怪訝な表情をされながらもやっとの思いで長旅の終わりを迎えることが出来た。

「アルステルだあああ」

 町の大きな城門を見て、何故か涙ぐむスーグリ。

 マルティアーゼ達も深い溜息を漏らして門をくぐって行く。

 長旅の疲れか寝慣れた寝台の心地よさなのか、宿に戻るとマルティアーゼとスーグリは数日間、寝台の側から離れず、ゴロゴロと寝ては食事の繰り返しと自堕落な時間を過ごしていた。

 トムは帰ってからも休むことなく、町へ散歩や買い物と自分の時間を堪能していた。

 部屋も女二人と男一人に分かれていた為か、スーグリと一緒なら一人で行動しないだろうと安心していたので、たまに一人で町へと足を運ぶことがあった。

 前に遊んでくればいいと云われたことで、トムの中にも少しばかり子離れみたいな感情が出てきて、スーグリに子守を任せてぶらりと街を散策していた。

 スーグリという友達がマルティアーゼに出来たことは、カルエとはまた違う妹のような存在が、年上のマルティアーゼに軽率な行動を抑制させていたのかも知れなかった。

 大人しくしていてくれさえいればトムとて付きっきりでいなくてもいい訳で、マルティアーゼが病気や読書で静かに部屋にいた頃以来の自由な時間を持つ事が出来た。

「もう肌寒い季節になってきたな」

 夕焼けの綺麗な太陽が雲を赤に染めながら、道行く人達は籠いっぱいに食材を詰め込んで自宅に急いでいた。

 アルステルの東大城門と西大城門を繋ぐ東西の大通りリーファス通りは、雪が降る前のこの季節から屋根の組み立て工事が行われている。

 雪が終わり暖かくなるまでの間も、通りで露店が出せるよう国民のことを考えた国の年中行事であり、農業を国業として発展させてきたアルステルならではの事業と言えただろう。

 多くの人が道の端の石畳を剥がし木材を立て掛けている光景は、最早見慣れた風物詩となっていて、工事を見た人々には冬支度を始める目安にもなっていた。

「さてと、そろそろ夕食の時間だし帰るとするか」

 宿に向けて足を運ぼうとした時、路地裏から甲高い音が聞こえてきた。

 金槌で打ち下ろす金属音で鍛冶の音だと分かったが、ふとトムの脳裏にボルドの作った品々を思い出し自然と足が鍛冶屋に向いて歩きだしていた。

 人気の少ない路地を大きくなる音を頼りにどんどん奥へと進んでいくと、一軒の家で足を止めた。

 小さな看板には剣と鎧の絵柄が書かれていて、音の出処はここだと分かった。

 入り口の部屋には色々な品々が飾られ、大剣、大斧とかなりの重量物も手掛けているのだなと思った。

 トムが珍しそうに商品を眺めていると、音が止んで大男が奥の部屋からやって来た。

「やあ、お客さんかい、ゆっくりと見ていっておくれ」

 筋骨隆々の体躯に似合わず優男な顔の店主が柔和な表情でトムに挨拶してきた。

「何をお探しかな? ふむ……君はいい体をしてるね、細く見えても引き締まって無駄がない筋肉をしてるね、君みたいな体だとこの辺りの得物でも扱えるんじゃないかな」

 店主はトムの二の腕を見て、長物が良いかなと勧めてきた。

「あっ……いえ、ただ鍛冶の音が聞こえたもので立ち寄ってみただけです、手持ちもないので……」

「そうかい、それは済まないね、商売癖というのかな、ついついお客を見ると勧めてしまうんだよ、気を悪くしないでおくれ」

 頭を掻いて謝ってくる店主の折り曲げた腕は筋肉が盛り上がり、小柄な人の腰の太さぐらいは余裕であった。

「いえ、こちらこそ作業してる所に来てしまって……」

 ついトムも謝ってしまう。

「はははっ、君はお客なんだから遠慮なんてする必要はないだろう、どんな物が見たいか言ってくれれば持ってくるよ、試し振りはタダだからね」

「ここは大きい得物が多いですね、何か理由でもあるのですか?」

「いやいや恥ずかしい、そう云うつもりではないんだけどね、ついつい自分にあった物を作ってしまうんだよ、はははっ、だから中々売れなくて困ってるんだよね」

「でもしっかり磨き上げられた刃ですし、柄も細部にまで凝った作りになってますね」

「ほう……そういう所まで見てるのかい、中々いい趣味をしてる、その腰の剣を見せてもらえないかな、どんなものを使っているのかな」

「いや……私のは安物ですよ」

 トムは腰から剣を抜いて店主に見せてみた。

 すると、店主は怪訝な表情で、

「これはいけないな、刃もこぼれてるし錆も出てきてる、ちゃんと使った後に乾いた布で拭いていなかったね」

「済みません、拭き忘れたまま鞘におさめていたので中で錆びてしまったんだと思います」

 またトムは謝ってしまう。

「例え安物でも大事に使えば宝になる、なんてことわざもあるんだし、剣士なら大事にしないとね、修理してあげようか?」

「しかし手持ちに余裕が無いので……」

「銀粒小十五でどうだい?」

「そ、そんなに安くて良いのですか? それなら是非ともお願いしたいです」

 破格の値段にトムは喜んで修理の依頼した。

「はははっ、こんなに傷んでいる剣を使っていれば直に折れてしまう、折角ここまで使ったんだし打ち直してまた頑張ってもらわないとね、では三日ほどしたら取りに来てくれればいいよ」

 ついでに鞘も渡すと、お礼を言って店を出た。

 偶々立ち寄っただけで思わぬ幸運に出会えたと、足取りも軽く宿に戻っていく。

「はて? そういえば何処かで見たような……、アルステルは人が多いから何処かですれ違ったかな」

 店主は剣を掲げて、どこをどう直せばいいかじっくりと眺めていた。

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