第552話 英雄の冊子
商人向けのビジネス書の連作出版構想に夢中になっている隣で、同じく剣牙の兵団から派遣されている
貴族のロドルフは、何かを考え込む顔をしていた。
「どうした?何か思いついたことがあるのか?」
水を向けてやると、顔をあげて質問をしてきた。
「代官様は、団長の評判をご存知ですか?」
ジルボアか。自分は評判を作り出した人間の一人だから、知っていると言えば知っているが、最近はアンヌに任せきりであまり関知していない。
そのあたりを正直に言うと、かすかに頷いてから話し始めた。
「団長の評判は、かなりのものになっています。具体的に言うと、士官の話は伯爵様をはじめ王国中の貴族様から何件もいただいておりますし、婚姻の話も数件、来ております。さすがに当主ということではなくて、一族に加えるという形でのもののようですが」
「まあ、その程度は意外でもなんでもないな」
はっきり言って、ジルボアは大身の貴族家にとっても好物件であろう。
抱えている剣牙の兵団達は精鋭揃いでよく鍛えられており、依頼をこなすだけでなく商人の寄付や靴事業を含む何やかやの収入で財政も豊か、さらに街で市民たちからの評判も良く、本人の外見や教養も大抵の貴族に勝る。
一族に迎え入れることができれば、その貴族の勢力が増すことは間違いない。
「それと、団長は見た目も良いですから、絵姿を欲しいという女性が多くおりまして・・・」
「それもまあ、意外でもないな」
そこらの役者が裸足で逃げ出すような、あれだけの見た目なのだ。おまけに出陣式などで演説などをしているものだから、市民への露出も多い。
アンヌのやつが面白がって衣装や演出なども凝った結果、遠目にもやけにキラキラした衣装を着ていたような記憶もある。
「大貴族や大商人などの上流の奥様方には、画家に描かせている方もいらっしゃるようで」
それも理解できる。あれは確かに絵になる男だ。
「ですから、団長の絵を印刷して配布するのが良いと思うのです。あの印刷機であれば、団長の特徴を細かく捉えることができます。貴族の奥様方やお嬢様方、価格によっては2等街区の市民までもが購入すると思います」
「それはまあ、そうだが。剣牙の兵団からすると、絵の売買など端金だろう?」
いくら精細な絵だとしても、そこまで高価にすることもできないし、また、する意味もない。
俺の疑念に対し、ロドルフは頷いた。
「ですから、団長の姿絵は怪物を釣る餌のようなものです。絵には団長のこれまでの手柄や戦いをつけるのです。リュックが話しているのを聞いていてい思いついたのです。印刷された英雄譚の連作で、主役を団長にするのです。それを吟遊詩人に持たせれば、遠方の地まで団長の名声が行き渡るのではないでしょうか?」
思わずロドルフを見直した。
今のアイディアは、かなりいい線を行っている。
ジルボアは名声を欲しているし、つながりを持っている吟遊詩人を利用するというのもいい。
ジルボアの外見が優れて良いことは、精細な印刷技術と最高に相性もいい。
おまけに、俺が目立たなくて済む。
検討する価値が大いにある。
本日は18;00に更新します




