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世界の確定

医者が去り、音が消え白い部屋に、二人だけが残る。

黒の視界は、まだ揺れていた。


だが——さっきとは、違う。

(……なぜ)


痛みが、あるはずだった。


殴られる。抉られる。

削られる。搾取される。


それを、ただ処理する。

それが、いつもの流れだった。


なのに——何も来ない。

(なぜ)


黒にとって手はいつだって、振り下ろされるものだった。


振り上げられ、降ろされる前に、体を強張らせ、その後に

痛みが来る。


だが今は違う。

触れて、止まる。


それだけだった。

(なぜ)


白衣の人間は、いつだって奪うものだった。


血を抜く。肉を削る。

何かを持っていく。


だが今は違う。


触れる。戻す。

閉じる。


(……なぜ)

繋がらない。処理ができない。

視線が、揺れる。


その先にいる。

彼がーー、レイが。


答えは、出ない。出るはずもない。


だが——

レイが、ゆっくりと、動いた。


黒の手を取る。優しく零さないよう、壊れないよう

逃げないようにでも、拘束でもなく。


ただ、重ね温度が、移る。

黒の指が、わずかに震える。


反射ではない。なのに、止まらない。


低く、静かに。

レイが口を開く。


「レイだ」


黒の中で、言葉が引っかかる。

今まで名を名乗った人間などほとんどいなかった。


(……レイ)


意味はない。だが、音だけが残る。空白に。


「お前は——もう戻らなくていい」


短い。

それだけだった。それだけでよかった。


戻る、という概念が曖昧なまま

その言葉は、黒の空白に沈む。


レイは手を離さない。

視線も、逸らさない。


やがて、使用人が静かに入ってきた。


湯気の立つ食事が運ばれる。

匂いが、広がる。


黒の視線が、わずかに揺れる。

(…こんなの、知らない。)


レイがそれを見て、皿を手に取る。

「食べろ」


黒は動かない。動けない。

レイは、ためらわずにスプーンを持ちすくう。


口元へ運び、止まる。


黒は、見ている。

(……なぜ…?)


奪わず与えようとする。

強制でも無理やりでもない。


ただ、待っている。静かに。

黒が受け入れるのを。じっと


黒の唇が、わずかに開かれる。

理由はない。ただ、拒否もない。


ゆっくり少量、体内へ温度が、入る。


初めてだった。温かい食事は。

飲み込み、体内へと溶けていく。


味なんかわからない。美味しいもの、不味いものの区別なんか知らない。

でもこの温度だけは、静かに優しく黒の体内へしみこんでいく。


終わらない。奪われず、与えれ続ける。

レイは淡々と続ける。


もう一口。

また一口。


黒は、抵抗しない。ただ、受け入れる。


繋がらない。だが——

積み上がる。


レイは席を離れない。

一瞬も。


食事が終わり、静けさが戻る。

レイはそのまま、黒を抱き上げる。


軽い。あまりにも。


ベッドへ下ろす。手を離さずに。


黒の指が、まだ掴んでいる。弱く。あまりにも弱弱しく。

レイは、そのまま隣に座る。


やがて、二人とも横になりベッドへ沈む。


同じ高さ。同じ距離。

視線が、また絡み合う。


(……なぜ)


何度も繰り返された問い。


だが——今度は、違う。

点だったものが、繋がる。


振り下ろされない手。温度。


奪わない白衣。入ってくる食事。

柔らかい寝床。全部、同じ場所から来ている。


同じ中心。目の前の、存在。


(……これは、)


言葉にならない。だが——

しずかに確定する。


(……この人、だから)


初めて、形になる。


(この人だけ、違う。)


違う。作っている。


(……この人が)


世界を。

黒の指に、力が入る。


ほんのわずかに、レイの服を、掴む。

離れない。


(ここは)


理解はない。

だが、確信だけが残る。


(この人の、世界だ)


そして——その中に、いる。


理由はない。だがもう、揺れない。

視線が、固定される。ーー新たな世界に。


ーーそこに、ある。

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