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退屈を破る刃

⚠️ 注意

本作には流血・殺戮表現が含まれます。

残虐な描写や暴力シーンに抵抗がある方はご注意ください。

シャンデリアの光が、静かに会議室を満たす。




金色の光は均一で、影すら整えられている。

高い天井、無機質な壁、外界を遮断するガラス。

窓の向こうで都市の灯りが、淡く滲んで瞬く。


中央には長い楕円形のテーブル。

重厚な木目には、整然と資料とグラスが並ぶ。


そこに座るのは、世界を動かす者たち。


大手企業のCEO

世界をまたにかける重鎮

政権すら揺るがす大物


低く抑えた声。


崩れない笑み。

視線は言葉の裏を探る。


穏やかに見える空気の奥で、張りつめた糸が震える。


その中で——

一人だけ、明らかに浮いていた。


さらさらと流れるブロンドの髪。

作り物のように整った顔立ち。


無駄のない身体。長い手足。

仕立ての良いスーツが、その均整を崩さない。


視線は自然と集まる。羨望と欲望が、言葉にならず滲む。


22歳。頂点に立つ男。

アーバント社の若きトップ、数多の都市開発に手を伸ばす。


だが裏では——武器の密輸、裏社会との取引。

目に見えぬ都市の血脈を握る。


レイは椅子に深く腰掛け、片肘をテーブルに乗せる。

指先でグラスを揺らし琥珀色の液体が、静かに円を描く。


話も展開も、すべて予測済み。

退屈だった。


「……つまらないな」


感情らしい感情はない。

飽きた、というより——最初から期待していなかった。


目の前の言葉も、利害も、駆け引きも。

すべて予定調和。


驚きはない。逸脱もない。

完成された箱庭——光のひと粒まで管理された世界。


だから価値がない。


満たされているはずなのに、空白がある。

埋めるものがない、ただの余白。


——何かが足りない。刺激か。危険か。

あるいは、自分の予測を裏切るもの。



その瞬間——


光が落ちた。


天井の照明が、一斉に断ち切られる。

会議室は闇に沈む。

都市の灯りだけが、遠くで滲む。


ざわめき。椅子が軋み布が擦れる。

誰かが立ち上がろうとする——


——ぐしゃり。


鈍く湿った破断音。短い悲鳴。

重いものが落ちる音。転がるグラス。

整えられた空間が、崩れていく。


レイは動かない。

背もたれに身を預け、音を吸収するだけ。

理解する必要はない——何かが起きている。それで十分。


そして——ぬるりとした液体が頬を伝う。温度を持った他人の血。


顔を上げ床に淡く浮かぶ小柄な影に目を向ける。

黒い服、黒い髪。存在しているのに存在していない。

異質さに目が離せない。


視線が絡みつく——逃れられない。逃したくない。


黒がゆっくり顔を上げる。

光をほとんど返さない瞳。底のない空白。


——いい。


次の瞬間、黒は視界から消える。

完全に。


——しかし、異質な存在感は消えない。


「……っ」


腹部に衝撃が走る。

布が裂け、異物が体内に侵入する感触。

刺されたと認識し始めて痛みがやってくる。


だが——関係ない。

近い。息が肌をなぞる距離。


黒は、刃を差し込んだまま離れない。

侵入されている。しかしレイに拒絶はない。


むしろ——埋まる。

空いていた場所が、余白が、乱暴に正確に。


「……これか」


理解した。

ずっと足りなかったものが、今ここにある。


手が伸びる。考えるより先に。

指先が、黒の頬に触れる。


血で濡れたまま。

逃がさないように。


「……触れた」


柔らかい。微かに温度がある。生きている。これは、現実だ。


黒が顔を上げ、視線が重なる。

完全な空白——目が離せない。


「……欲しい」


この空白を、自分で、己が埋めたい。

距離を終わらせたくない。失うくらいなら、壊したい。


遠くで響く足音——現実が二人の間に割り込む。

黒の視線がわずかに揺れ離れる——


手から柔らかさが零れる。


音も重さも置き去りに、窓枠へ向かう。

月を背負い、月夜に溶ける。


一瞬だけ空白の瞳がレイを見る。

何もない瞳。それがゆえに焼き付く。


次の瞬間——空白を纏った黒は闇へ落ち、完全に消える。


「……ああ」


声が漏れた。

失った——手の中から確かに異質な存在感が消えた。


だが、残っている。感触が。視線が。あの空白が。

内側にこびりつき、離れない。


レイは部下たちの困惑をよそにくつくつと笑う。

「……いい」


指先が腹部に触れる。侵された痕をなぞる。

「……探せ」


街を封鎖せよ。関わる可能性のあるものは——全部潰せ。

逃がすな。


退屈は終わった。空白は埋まった。

残ったのは——逃げ場のない執着。


——決定だ。もう、覆ることはない。

「お前は俺のものだ」



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