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4−5−3

「――ひっ!」


 マダム・クーは口から泡を吹いて卒倒した。

 シンはその姿を眺めながら「ふむ」と首を傾げる。


 相手がなんらかの攻撃を仕掛けてきたことは間違いない。

 しかしよくわからないが、それは失敗に終わったらしい。


 媒介として用いられていた男たちは糸が切れたようにバタバタと倒れた。

 女は抱えていた猫を放り投げると、幼子のような奇声をあげて部屋から出ていった。

 術による洗脳が解けたのだろう。

 となると、マダム『本体』が受けたダメージは相当に深刻であるはずだ。

 吸血鬼は部屋の隅に転がっていた毛玉をひょいとつまみあげる。


「チョコレート……タベタアイ……ヒヒヒ!」

「お嬢さん。君の体はカカオを受けつけないはずだがね」


 マダム・クーはよだれを垂らしながら「ニャア」と鳴いた。

 このまま始末しようか迷ったが、にゃんこを消し炭に変えるとレオナルドがあの世から文句を言ってきそうである。それにこの様子では、しばらく正気に戻らないだろう。

 たとえ我に返ったとしても、猫の体でチョコレートを食べようとするのは自殺行為だ。

 ある意味では吸血鬼の王と同じ宿業を背負っていると言えるかもしれない。


 シンは部屋の窓を開けるとぴくぴくと痙攣している毛玉を外に放り投げた。

 まずは一匹。残るマダムはファタールとペトロだ。


 すっと目を閉じ、意識を集中する。

 かすかだが、エーテルの流れを感じる。

 一度は途切れた隷属の効力が、再び繋がれようとしている兆しである。

 しかし喜ぶべきかどうかはわからない。

 不完全だったものが本来の姿に戻ろうとしている――という雰囲気ではないからだ。


 むしろその逆、より歪な形に変容しつつあるような気配を感じている。

 最悪の場合、対象を失ったことで行き場を失ったエーテルが虚空を彷徨っているだけという可能性もある。

 

 人間が自らの体の構造を完全に把握していないように、この世ならざる存在も自らの力の在り様のすべてを理解しているわけではない。

 吸血鬼にせよほかの怪異にせよ呼吸するように超常の力を使い、立ちかた歩きかたを覚えるようにして生まれつき備えている異能のなんたるかを知っていく。

 

 シンにとっては、二度目の隷属契約。

 しかも今回はレオナルドのときと違い、イレギュラーなことが多すぎた。


「アルフレッドが無事だといいが」


 口にすると、体の奥からじわじわと力が湧いてくる。

 絶対に大丈夫。自らにそう言い聞かせるような。


 途方もなく。 

 得体の知れない感情。

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