3−3
ティーセットやフォーチュンエッグは片づけられ、かわりに卓上に置かれたのはトランプだった。
クーが提案してきたのは中でもとくにシンプルなゲームだ。
お互いに山札からカードを一枚引き、表を見ずに額に当てる。
カードの数字がおおきいほうが勝ちになるが、向かいあっているため相手の数字は見えるものの、自分の数字を確認することができない。
相手の数字を見てイケると思うなら額に置いたまま、そうでないならカードを下げて勝負から降りる。
本来は複数人でコインを賭けてやるものだ。
しかし今回はふたりだけとあって、よりいっそうシンプルな腹の探りあいとなるはずだ。
「あなたが一度でも勝てたら、ご友人の情報を教えてさしあげます。ただし負けた場合はそのたびに、わたくしのお願いをひとつだけ聞いていただきますわ」
「勝負を降りる際のペナルティはないのか?」
「ええ。ただの暇つぶしだもの。ゆっくり楽しく遊びましょ」
アルフレッドはクーの表情を見る。
なにか裏がありそうだが、だからといって断るほどの理由もない。
見つめあっている間に猫ちゃんが彼女の背中をよじのぼり、頭の上にでんと居座る。
かなり重そうだし自慢の金髪も乱れているが、嫌な顔ひとつしない。
シンがチョコレート狂いなら、このマダムはにゃんこ狂いなのだろう。
怪異が特定のものに執着するのは、生まれつき備えた『性質』らしいから。
ゲームは静かにはじまった。
十三のキングがもっともおおきい数字だ。
ただAのほうが強く、ジョーカーはさらに強い。
同じ数字の場合はマークで勝敗を決めることもあるが、今回は引き分けとして処理される。
クーのカードは四だった。
もちろん勝負を選択するが……あっさり負けてしまった。
最小の二を引いているとは、運が悪いにもほどがある。
勝負事は避けましょう、か。
ファタールの占いは確かによく当たるようだ。
「では服をお脱ぎになって」
「はあ!?」
「白はお気に召さなかったみたいですし、新しいスーツを仕立ててさしあげますわ。でもそのためにはあなたの体をじっくりと観察しなくちゃね。普段は隠されている部分まで」
しれっととんでもねえことを言いやがる。ど変態じゃねえか、この女。
アルフレッドは渋々ながら上着を脱ぐ。
「お願いを聞いてやるのはひとつだけ。つまり一枚ずつってことだよな?」
「構いませんよ。焦ったいプレイも嫌いじゃないし」
相手は余裕たっぷりの表情だ。
とはいえ服を脱ぐなんてたいしたペナルティじゃない。何度かやって勝てばいいだけである。
だが、立て続けに負けた。
今度こそ勝負は決まったなだとかそんな数字で俺に勝てると思うのか? などと執拗に揺さぶりをかけてみるものの、クーは陽だまりのような笑顔を浮かべながら淡々とアルフレッドの服を脱がしていく。
勝てるときは勝負を仕掛け、そうでないときはカードを下ろす。
迷う素振りはいっさい見せず、しかし正確に判断をくだしている。
上半身が丸見えになったあたりから余裕を失い、下穿き一枚まで追いこまれたところで仕掛けがあることを確信した。
なんらかのイカサマをされていないかぎり、一度も勝てないなんてありえるはずがない。
「こうして見つめあっていると恋人同士みたいね。ああ、いいわ。焦りと苛立ち、そしてほのかな羞恥に染まったあなたの表情。わたくしの前ですべてをさらけだしたあとは、可愛いお洋服をご用意しましょうね。女の子みたいなふりふりの、レースつきのシュミーズなんてどうかしら」
……服を剥かれたあげく、そんな格好をさせられたら首を吊るしかない。
額につけたカードをおろし、シンもびっくりの変態マダムをにらみつける。
「いったいどんな手品を使ってやがる。こんなのフェアじゃねえぞ」
「トランプにタネも仕掛けもありませんわ。もちろん妙な動きだってしてません。錬金術師であるあなたなら、イカサマなんて簡単に見破れるでしょ?」
「だが、あきらかに不自然だ。あんたはさっきから、まるで俺のカードが見えているみたいに勝ち続けている。どっかに鏡を隠しているのか? それとも――」
超常の力を使っているか、だ。
このクソ女が怪異だってんなら、むしろそっちのほうが自然である。
ぶくぶくしたにゃんこなんぞ頭に乗せやがって。ふざけてんのかメス豚が。
「ひどいっ! わたくし、そこまで太ってないわよ!」
「まさか……」
「あらいけない。口が滑っちゃった」
心が読めるのか!?
そんなの、反則じゃねえか!
アルフレッドはつくづくうんざりした。真面目にやってて馬鹿を見たぜ。
このゲームに乗った時点で、クーの罠に嵌められていたのだから。
「勝ち目がないなら、俺はひたすら勝負しないことを選択する。いつまで経っても終わらないし、ただの根気比べになっちまうな。あんたの屋敷をたずねようとしていたことはうちの弟子や侍従が知っているから、帰りが遅くなった時点でシンが乗りこんでくるが……それでも問題ないか?」
「困りますわね。どうしましょ」
「だからこうしよう。お互いに、カードを見ずに勝負する」
アルフレッドは山札から一枚のトランプを引き、それを額ではなく卓の上に置いた。
相手もそうすれば、このゲームはどちらの数字がおおきいかというだけの、単なる運試しになる。
心を読まれたとしても勝敗には影響しない。
「いいの? あなた、今日の運勢最悪だったのに」
「どうせあれも仕込みだろ」
「違うわよ。わたくし、細工なんてしてないもの」
だとしても変わらねえよ。
俺はこの世の神秘を探究する錬金術師だが、予知や占いなんてものは信じない。
仮にあったとしても、それは様々なデータから分析した『予測』のような代物にすぎないはずだ。
それに運命の女神様が「そんなのは無理よ」だとか「あなたの選択は間違っているわよ」だとか耳もとで囁いてきたとしても、鼻で笑って勝負を仕掛けていくに決まっている。
なぜかって?
他人に指図されるのが嫌いだからだ。
「あなたって本当に素敵なひとね、アルフレッドさん。おかげでちょっと欲が出てきちゃった。今の提案に乗ってあげてもいいけど、ルールを変えるならわたくしのほうからもペナルティを追加させてもらうわよ」
「好きにしろよ。どうせ俺が勝つからな」
「じゃあもし負けたら綺麗なお目々を貰うわよ。指輪にしたらきっとわたくしのドレスにぴったりでしょうから。ふふ、みんなにも自慢できるわ」
……本当にど変態だな、この女。
勝算もなく賭けに出たことを後悔しかけるが、今さら撤回するわけにもいかない。
ビビっていたら心を読まれていっそう相手を喜ばせるだけだ。ここはいっちょ覚悟を決めるしかないだろう。
完全に運まかせのゲームなら、確率は五分五分だ。
相手のカードより強いかそうでないか。シンプルでいい。
しかしクーが開いたのはハートのAだった。
「勝負事は避けましょう。負けます」
アルフレッドは動じない。無言のまま、カードを開く。
すると踊る道化師と目が合った。
気色の悪い笑みは、どことなくシンを思わせる。
そうだ。
俺の運命をねじ曲げるのは、いつだって――。
「わかったかい、お嬢さん。最後に勝つのは自分の力を信じきれたやつさ」




