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第三話『錬金術師と吸血鬼による不協和音』
フォーチュンエッグは発売されるやいなや飛ぶように売れた。
ノイマン商会の業績は右肩あがりで回復し、傾きかけていた経営を立てなおす起死回生の一手となった。
古くからルヴィリアに根ざしていた老舗であるため、工芸品を作る工房や卸先の土産物屋と長い付きあいがあったことも成功の要因といえる。
在庫のだぶついていたお守りや置物を安価で買いとりチョコレートのオマケにすることで付加価値を生じさせ、割ってみるまでなにが入っているかわからないというおみくじ要素がコレクター心をくすぐらせた。
対するゴルドック商会の動きは早かった。
上流階級の間で話題になった二週間後には対抗商品を発売させる。
お菓子の中にオマケを入れるなんて、盗用しようと思えば誰だってできる。
ゴルドック商会は自社工場で作ったチョコレートを大々的に売りだそうとしていた最中だったので、包装紙の間にクーポン券を入れるというアイディアで差別化をはかった。
彼ららしい即物的なやり口だが、新たに紙を刷るだけなので生産コスト自体は軽い。
一等賞はなんとあの人気店の高級チョコレート!
トレジャーゴールドと名付けられたそれは、庶民たちの心をがっちりとつかんだ。
しかしノイマン商会は直後にフォーチュンエッグの第二弾を発売させた。アルフレッドが聞いたところによると、マエッセンは企画段階からゴルドック商会が似たような商品を出すと読んでいたらしい。
競合他社が現れれば市場の盛りあがりを生むので、必ずしも悪いことではない。
そのタイミングでさらに魅力的な商品を展開し、相手のシェアごと一気に奪いとるのだ。
新規参入のノイマン商会に足りなかったもの。それはブランドとしての箔だった。
主要ターゲットである上流階級にさらにリーチさせるため、社交界で人気のある著名人とタイアップをはかる。
彼女たちは『マダム』と呼ばれていた。
ファタールはよく当たると評判の占星術師、ペトロは魔女と噂される宝石コレクター、クーは絶大な人気を誇るファッションデザイナー。ルヴィリアが誇るカリスマたちは『ノストラダムスの淑女会』という連名でノイマン商会と契約し、フォーチュンエッグの監修にたずさわることになった。
ファタールが書いたおみくじ。ペトロが作ったお守り。
さらには当たりが出ればクーのブティックでドレスやスーツと交換できる。
ゴルドック商会のボス、デイビッドはオフィスでこう叫んだという。
「勝てっこねえだろ!? あんなことされたら!」
今や世間の話題はフォーチュンエッグ一色だ。
誰もがカカオの卵を砕いて自らの運気を試している。マエッセン・ノイマンをうすのろと蔑む者はどこにもおらず、ルヴィリアという町は彼が作りだした熱狂に呑まれつつあった。
だが、その行方はようとして知れない。
◇
「実に嘆かわしい。チョコレートとは何物にも代えがたい至高の宝石であり、その内に秘められた甘美を味わうことこそが我らがこの世に存在しうる理由ではないか。だのに低俗な商人どもは脚光を浴びるべきカカオを端役に追いやり、ただの器のように扱っている。おみくじやお守りはあくまで商品のオマケというが、あれではどちらが添え物か判ったものではない。君は見たか、路上に投げ捨てられたチョコレートの殻を! ああ、人間とはなんと愚かな存在なのだろう!」
屋敷の工房にて。シンはかねてから抱いていた不満をアルフレッドにぶちまける。
普段は集中できないから入ってくるなと釘を刺されている。
だが、チョコレートが粗末に扱われている現状について声をあげずにはいられなかったのだ。
「なんだいたのかお前」
「まさか、気づいていなかったのかい!? 私がそばにいたというのに!」
返事はない。
うざったいから反応しないというより、目の前にいることを再び忘れてしまったというような感じだ。
ほかのことに気を取られすぎていて、ルヴィリアの王にして神に比類しる絶対者であるこの私を、まるで空気かなにかのように扱っている。
ありえるか? そんなことが。
永劫に近い時間を生きてきた吸血鬼がはじめて味わう、最大級の屈辱。
――普通に無視。
「アルフレッド、私の話を聞きたまえ。ははは、またそうやって聞いていないふりをするつもりか。お茶目さんめ、だがその手には乗らないぞ?」
静寂。
せめて黙れとか構うなとか、舌打ちするとかあってもよいのでは。
本来なら主の一挙一動に心を支配され、その身のすべてを捧げるべき隷属者は、カカオの粉末で汚れた作業台のうえに紙束を広げて首を捻っている。
甘美の探究に没頭しているのならまだ許せる。
だが、アルフレッドが目を通しているのはクリムの調査報告書だ。
マエッセンが失踪してから一月以上経っているというのに、性懲りもなくその行方を調べている。
私の侍従を、あごで使って。
作業台をバンと叩く。
さすがに相手もぎょっとしてこちらに顔を向けた。
「忙しいんだからあとにしてくれよ。どうしても聞いてほしいことがあるんならそこの、アンケート用紙に書いといてくれれば目をとおしとくから。な?」
「嫌だ。今、私の相手をしろ。隷属者である君にはその義務がある」
アルフレッドは調査報告書に視線を戻しながらこう返してきた。
「俺が約束したのはチョコレートを作ることだけだ。今朝作ってやった試作品だって十分にお前の舌を満足させてやったと思うが」
「確かに。だがいまだ私の願いを叶えてはいない」
シンはぱちんと指を鳴らす。
直後、アルフレッドが手にしていた調査報告書はめらめらと燃えあがって灰となった。
アチアチと指を払い、むっとしたような顔。
そうだ、それでいい。私を見ろ。
かたときも、目を離すな。
「君が今成すべきは、チョコレートを作ることだけだ。ならばそれ以外の事象に関心を抱くべきではない。ましてや過去に囚われ本来の目的を見失うとは、我が隷属者にあるまじき振る舞い。これ以上、私を失望させないでくれ」
「お前にはわからんかもしれないが、今やっていることだって俺にとっちゃ目的を成すために必要な工程なんだよ。マエッセンのやつとケリをつけなけりゃおちおち自分の探究に集中できねえからな。頼むから納得してくれ。あいつを無事に見つけた暁には必ず最高のチョコレートを作ってやる」
「いやはや、合理性を重んじる錬金術師とは思えない発言だ。消息を経って一ヶ月。君の旧友が生きている可能性は万にひとつもない。繁華街で姿を消したとなれば、どこぞの怪異の餌食になったに決まっている」
「そう思うんなら椅子にふんぞり返って冷笑していろよ。俺はまだ諦めちゃいない。だからあいつを探す。これで話は終わりだ。さっさと失せろ」
「いいや。君はまだ私の話を聞いていない」
アルフレッドは舌打ちし、不機嫌そうに足音を立てて工房を出ていった。
なんだその態度は。
ほとんど子どもと変わらないじゃないか。
再びの静寂。
吸血鬼の王はしばらく虚空を眺め、ぽつりと呟く。
「どうもうまくいかないな。私はただ、君を正しい方向に導いてあげたいのに」
人間というものが一向に理解できない。せめてあの男がもうちょっと心を開いてくれたらと思うのだが、いかに訴えかけようとしても頑なに拒まれてしまうのだ。
となれば……残る手はひとつ。
アルフレッドの願いを叶えてやればいい。
旧友とケリをつけることさえできれば、彼は再び私を見てくれるはずだから。




