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2−11

 マエッセン・ノイマンの失踪は瞬く間にルヴィリア中で噂になった。


 彼が重要な会議をすっぽかしたあげく繁華街に向かったあとで姿を消したこと。

 翌日に夫人がルヴィリア警邏隊に捜索願いを出したこと。

 さらには前々日にアルフレッド・ワーグナーがシン王と見られる銀髪の青年と連れだってノイマン邸をたずねていたことから、様々な憶測が世間に飛び交った。

 

 アカデミーに届けられた不可解な宅配物によってアルフレッド・ワーグナーが大怪我を負った。

 そのニュースもすでに民の間で広く知れわたっていたため、ふたつの事件を結びつけて考える人間もすくなくはなかったのである。


 事件の犯人はマエッセン。

 袂をわかった旧友の成功に嫉妬し暗殺を企てた彼を、アルフレッド・ワーグナー自らが天誅をくだした。

 

 うすのろ社長は今ごろ野犬の餌になっているか、マデーヌ川に沈められているか。

 いずれにせよ抜けめがないと評判の錬金術師様のことだ。死体が見つかるようなヘマはしないだろう。


「でも、あのひととは友だちだったのでしょう? 本当のことを教えてよ、アル……」


 俺はやっていない。なにも知らない。夫人に胸ぐらをつかまれてすすり泣かれたとき、アルフレッドは何度もそう答えたが一向に信じてもらえなかった。


 世間の評判や普段の言動と照らしあわせてみれば、お前ならやりかねないと思われても不思議はない。

 むしろ近しい人間であればあるほど、世間で囁かれている噂のほうを鵜呑みにするだろう。俺が親友の許嫁に手をだすようなクソ野郎であることは、目の前にいる元お嬢さんだって忘れちゃいないはずだ。


 マエッセンが罪悪感に苛まれ、あるいは報復を恐れ、町から逃げだしたという説もある。

 しかし夫人は自分たちを置いてルヴィリアから出ることはないと信じているようだし、アルフレッドも彼がそこまで無責任な男ではないと考えている。


 となると残る可能性は――なんらかの事故や事件に巻きこまれたとか? 

 失踪のタイミングがあまりにドンピシャなので説得力に乏しいが、今のところほかに有力な線はない。


「本当に、あいつが今どこにいるのか知らないんだよ。もちろん殺してもいない。正直なところ鉛玉をぶちこんでやろうか迷っていたが、ケジメをつける前に相手のほうがいなくなっちまった。だから必ず見つけだしてやる。そのあとでどうするかは俺もまだ考えちゃいないが……いずれにせよ、家族にお別れの言葉くらいは告げさせてやるさ」


 それでようやく信じてもらえた。

 逆恨みされて殺されかけるどころか、報復の冤罪までふっかけられるとは理不尽にもほどがある。

 

 こんなことならさっさとケジメをつけておけばよかった。

 ぶっ殺すにせよ水に流すにせよごちゃごちゃと考えずに流れに身を任せておけば、自分の中でなにかしらの答えが出せたはずなのに。このままだと壊れかけた友情を取り戻すこともいっそ粉々に砕いて清々することもできずに、惰弱で宙ぶらりんな感傷を抱えて生きるはめになる。


 天才錬金術師様の経歴にそんな汚点をつけてたまるか。

 溜まりに溜まった借金も家賃のツケも。チョコレートが流行ったせいでしくじったお前の恨みも。

 しょーもねえ嫌がらせで殺されかけた俺の怒りも。

 友情も復讐もなにもかもぜんぶ。


 まとめてチャラにしなくちゃ、おさまらねえ。


 ◇


「アルフレッド、塀のうえを見てみろ。黒猫が気持ちよさそうにあくびをしてやがる。こいつは縁起がいいぜ。今日こそ三組のクソ野郎どもをぶちのめせるかもしれないな」

「幸運の象徴だっけか? お前って怪談とか迷信は疑ってかかるくせに、ゲン担ぎだけはやたらと熱心だよな。あとは占いか。乙女かよ」

「お前はたぶんイケるって思ったら迷わず突っ走るんだろうが、普通の人間はそうじゃねえからな。自分の判断は正しいのか? 失敗したらどうする? やる前からビビってぶっこめねえことだって山ほどあるんだ。そういうときに背中を押してもらうのがゲン担ぎとか占いさ。要するに絶対にうまくいくって暗示をかけてもらうわけだな」


「で、失敗したら猫ちゃんのせいにするのか。自信がないやつは大変だな」

「お前はないのかよ。ビビっちまうとき」

「なけりゃただの馬鹿だろ。俺は自分がやってきたことを信じるってだけだ」

「それが間違っていたら?」

「足りなかったことがわかる。あとは勝つために必要なものを探してくればいい。失敗は足をとめる理由にはならない」


 マエッセンは笑った。

 同い年のくせに、世間知らずの馬鹿を見る目だ。


「クリケットの対抗戦なら何度だってやれるもんな。だけど勝負の世界にゃ失敗が許されないタイミングってのがあるんだよ。才能がないやつは、とくに」


 ◇

 

 試合は結局ぼろくそに負けて、ふたりで「黒猫ってのは縁起が悪いな」と大笑いした覚えがある。

 ゲン担ぎや占いなんて、その程度のものでしかない。


「アルフレッドさんのことを恨んでいたわけではないと思います。どちらかというと悔やんでいたのかもしれませんね。悪態をついているようでいて、自分に向かって非難しているような節がありましたから」


 ノイマン商会のオフィスをたずねると、腹心の部下だった男は弁解するように語った。

 社長を闇に葬ったと噂されるアルフレッドがいきなり乗りこんできたとあって当初はかなりざわついていたが、今は人払いをかけて社長室で話しこんでいる。彼とはマエッセンと仲違いする前からの顔見知りなので、ほかの従業員よりは信用できるとみていいだろう。


「俺だって別に恨んじゃいない。宅配物の件はちょっとした手違いによる事故みたいなもんだ。それにケジメをつけるってんなら白昼堂々、あいつの家かここに正面から乗りこんでからやるさ」

「会社まで巻きこまないでくださいよ。おふたりの喧嘩に」


 そのあとで部下は深いため息を吐く。

 やはりというべきか、消息についてはなにも知らないらしい。

 アルフレッドはいったん間を置き、ノイマン商会の経営状況をたずねる。


 あまり考えたくはないが……あいつが無責任で臆病なクソ野郎に変わりはてていて、町を逃げだしたか海に身を投げた可能性だってゼロなわけではない。  

 それでもしこの会社が潰れでもすれば、残された妻子は路頭に迷うことになる。

 かつては家族ぐるみの付きあいをしていたのだから、気を病むのも当然の話だ。


「正直に申しますとかなり厳しい状況にあります。といってもビアガーデンの失敗で抱えた負債が原因でというわけではなく、先代のころからすでに傾きかけてはいたんですよ。社長の責任を問うのは簡単ですが、チョコレートの流行なんて誰にも予想できなかった。当時の需要を考えれば、大衆酒場を経営することはむしろ非常に手堅い事業だったのです」

 

 そのあとで、慌てて弁解する。


「責めているわけではありません。商売に失敗はつきものですし、不動産業の償却を新事業の成功でまかなわなければならないという状況がすでに間違っているんです。そもそもアルフレッドさんのことだって、さっさと縁を切れと焚きつけていたのは幹部の連中ですよ。社長という立場ではありますけど周りにいる部下のほうが年上ですから、難しい判断をしなければならなかったのだと思います」

「わかるよ。あのころの俺は……はたから見ればあいつにたかっているだけの寄生虫だったからな。甘えていたのさ、友だちの善意に」


 だから愛想をつかされて当然。今はそのことに恨みはない。

 マエッセンのことをつまらない大人になったと感じていたが、実際は会社の命運を背負い家族を養い、あいつなりに自らの道を切り拓こうとしていたのだった。

 そういう顔を見ようともしなかった俺のほうが、先に友人である資格を失っていたのだろう。


「今の表情、社長が見たらなんていうでしょうかね。アルフレッドさんを恨んではいないはずですが、聖ハナーン祭でのことは相当悔しがっていましたよ。空からチョコレートを降らせるやつ。勝てっこないですよ、あんなことされたら」

「俺は天才だからな。みんなをあっと驚かせるのは得意なのさ」

「なるほど。でもうちの社長だって負けてないですよ。今ちょっと面白いものを持ってきますね。アルフレッドさんならきっと気に入ってくれるはずです」

 

 アルフレッドはきょとんとする。

 なんだろう、急に。

 部下の男が持ってきたものを見て、さらに困惑する。


「それってまさか……チョコレートか?」

「社長が考案したアイディア商品です。ここだけの話、うちも流行に乗っかって参入しようかという計画がありまして」

「まったく懲りてねえじゃん。チョコレート作りを舐めんなよ」


 呆れながらもつまんでみる。

 形といいおおきさといいちょうど卵くらいで、見ため的には黒一色で褒めるべき点はない。

 香りの乏しさや表面のボソッとした質感からさほど期待できなかった。

 

 ひとまず味見してみたところ、なんと――普通に微妙! 

 食えなくはないが美味くもない。

 巷に出まわっている輸入品の固形チョコレートと大差ないかちょっと落ちるくらいである。

 

 ノイマン商会の内情がどんだけひどいかよくわかった。

 失敗できない状況だっつうのに新規事業参入の見積りが甘すぎる。

 マエッセンめ、もしかして本当に無能だったのか? 

 これでイケると思っていたのなら殺されかけた件がなくても鉛玉をぶちこんでいたぞ、マジで。


 ところが、である。

 もう一度かじってみると落胆は驚きに変わった。  

 サイズ的にナッツかドライフルーツが入っていると予想していたのだが、チョコレートの断面から顔を見せたのはまったく別のものだった。


 これは――木彫りのお守りか?

 市場の露店で、観光客向けに売っているやつ。


「社長はフォーチュンエッグと呼んでおりました。チョコレートの中にお守りやおみくじを入れて、その日の運勢を占って遊ぶのです。価格や生産数じゃゴルドック商会の輸入品に敵いませんし、品質においても個人店には追いつけない。だったら最初から味で勝負しなければいいじゃないか、と」

「身も蓋もねえな。だが……ちょっと面白い」


 まさに商売人の発想だ。

 チョコレートの流行が民の間で広がっているといっても、中心にいるのは上流階級の貴婦人たちだ。彼女たちは占いとかオマケといったものが大好きだし、中身の種類が多ければ収集癖を刺激する。

 なによりルヴィリアの民は迷信深い。

 安価にすれば労働階級にだって広がるだろう。


「ギャフンといわせたかったらしいですよ。あなたに、チョコレートで」

「マエッセンらしいな。対抗心バリバリかよ」


 だが、これで色々なことがわかった。

 あいつは町の外に逃げちゃいないし、ましてや海に身を投げてもいない。

 こんな面白いものを準備していたのなら、絶対に勝負しようとするはずだ。


 それに、宅配物の真意も伝わった。

 しょーもない嫌がらせではなくて、挑戦状だったのだ。


 フォーチュンエッグ。

 お守りが入った、チョコレート。

 中身を闇市場で仕入れた呪符にしたのは、悪友なりの茶目っけだろう。


 それがたまたま、本物だっただけで。

 最悪の結果を、生んでしまっただけで。

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