第三話 2-3
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悪名高きゴルドック一味の本拠はルヴィリアの一等地にある。
実はシンの屋敷がある高台とそう遠くない。もっともこのあたりにオフィスを構えるようになったのはほんの数年前、それまでは数ある商会のひとつにすぎなかった。
「固形チョコレートの輸入販売も絶好調だし、次の祭事でルヴィリア王からのお墨つきをいただければいよいよ安泰だな。たかが菓子作りのコンテスト……と思いきや、仕掛けたこっちが尻ごみしそうになるほどの盛りあがりではないか。電話機のときといい、兄さん発案のビジネスは毎回驚かされることばかりだよ」
聖ハナーン祭を間近に控えたある日の夜。成りあがり特有の金歯を生やした男が下品な笑い声をあげる。
ゴルドック商会のボス、デイビット。かつてはテオドールによく似た美青年だったが、家督を継いで以降まるまると肥え太り、椅子の両脇についた手すりが今にも弾け飛びそうになっている。
そのうち突然ぱったりと倒れて死ぬのではないか。
脂身の塊のようになった弟の姿に、老教授は内心でため息を吐く。無能を絵に描いたようなこの男に会社を任せているのは、錬金術の探究に専念したいからだ。商売はあくまで資金を稼ぐための手段にすぎない。
そこでデイビットの息子たち──今は跡継ぎ候補として父の仕事を手伝っている三兄弟が、巨体に似合わない不安げな声を漏らす。
「しかし本当に大丈夫なのかなあ。あの吸血鬼はなんというか、その……」
「オレもはじめて見たけどよ、人狼の傭兵どもとはわけがちがうや。ぶっちゃけもう二度とあのお化け屋敷にゃいきたくねえ。祭事のときはもうちっと人間らしい姿になっているんだろうな? じゃねえと観客たちだって逃げだしちまうぞ」
「テオドール伯父がいなかったらまともに話もできなかったぜ。アルフレッドの小僧はクソ生意気でいけすかねえが、あんなバケモンといっしょに暮らしていた度胸だけは認めてやらなくちゃならねえな。まあ錬金術師なんてのはどいつもこいつも正気じゃねえんだろうけども──おっと」
長男のジョージは伯父を見て口をつぐむ。長らく錬金術科の主任教授として籍を置いているテオドールは、甥っ子たちからしたら『完全にイカれている』ように見えるだろう。今回のビジネスを仕掛けた真意を知れば、その印象はますます強まるに違いない。
なにせコンテストの目的は、あの化け物を殺すことなのだから。
テオドールは自らの心変わりをおかしく思う。
吸血鬼の王がなにをもって滅びるかについては、若かりしころにひとつの解を得ていた。最後の生き残りであるシンがチョコレートに執着していることも、レオナルドのレシピを介して知りえていた。
ただ半信半疑だった。超常なる存在がそんな瑣末なもので死にえることも。
異端の天才でさえ成しえなかったことが、はたして可能なのかどうかも。
しかしアルフレッドは肉薄した。
完全なる不死を打ち破る、究極に。
あの若造がレオナルドを凌駕するレシピを編みだしたことによって、シンがいっそうチョコレートに執着するようになったのは間違いない。テオドールは吸血鬼の屋敷におもむき、驚くべき変化を目の当たりにした。あの化け物は、あきらかに『弱って』いる──。
かつてシン王に謁見したとき、その姿はもっと超然としていて、美しさと同時に畏怖を感じた。今はより禍々しく感じられるものの、あのころのような底知れなさは漂っていない。
いうなれば手負いの獣。絶対者をそんな下等な存在にまで貶めたのは、アルフレッドが作りだしたチョコレートなのだ。
吸血鬼の王はかぎりなく不老不死に近い存在である。
テオドールにとっては滅ぼすなんてもってのほかの貴重なサンプルだ。
しかしいざその可能性がちらつくと、なんとしても拝んでみたくなってくる。
錬金術師としての好奇心? いや、もっと幼稚な願望だ。
想像するだけでわくわくして、年甲斐もなく拳を握りしめてしまう。
大魔殺し――おとぎ話の中でのみ語られるような、英雄譚。
「安心しなさい。あの吸血鬼を御するのは、飢えた犬に毒を盛るよりも簡単だ。そのための準備は整えてある。入手にはなかなか骨が折れたがね」
いうなり、オフィスの卓にどさりと麻袋を置く。
デイビットたちはその中身を広げて、驚きをあらわにした。
チョコレートの原料となる、カカオ豆。ただ見慣れた黒い粒ではなく……砂糖でコーティングしたかのように表面が真っ白になっている。
「船乗りの連中から聞いたことがあるぞ! 幻の品種、ホワイトカカオだ!」
「ジルトンどもが探していたアレか! くすねたやつの足取りがつかめねえって話だったのに、まさか伯父さんがこっそり仕入れていたとはなあ!」
「どうせまた格安でお譲りいただいたんだろ? 死人に口なしとはよくいうぜ」
「お前たちも知ってのとおり、担い手となる騎士もすでに招いている。カーリム・バフール。あの男がこれでチョコレートを作れば、我々の勝利は絶対だ」
テオドールはそう続けると、静かに目を閉じる。
老人はあくまで裏方。役目を終えたら舞台袖に引きさがり、特等席で観劇するとしよう。残念ながら私は、英雄となりうる資格を持ちあわせていない。
神託か。吸血鬼の死を拝むだけでなく、その実在についても検証してみたい。
なにせあの青年は、ルヴィリアにやってきた日にこういったのだ。
「私、ではありません。御主サマが、チョコレートをお作りになられるのです」




