第二話 2-2
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ぐるぐる巻きにされたアルフレッドは、そのまま乱暴に馬車に放り投げられた。
クリムが手綱を引くと霊馬は黒い毛先に青白いエーテルの光をみなぎらせ、雷鳴を轟かせながら夜空を舞った。実験の成果を誇っていたことが恥ずかしくなりそうなほど圧倒的な姿。彼らはシンにとってはただの足である。
徒歩なら三十分かかる距離がほんの数分。町の高台にある屋敷の前にたどりつくと、アルフレッドは馬車から降ろされた。このところ実験の準備でご無沙汰だったから、シンのもとをたずねるのはおよそ二週間ぶりである。
クリムに縄を解かれながら、記憶にある屋敷の外観を思い浮かべる。
ルヴィリアの建物は白い石造りであることが多いが、シンの住処も例外ではなかった。ただ規模が桁違いにでかい。建築様式も豪奢でほとんど古代の神殿。それを改築して無理やり屋敷にしてしまった感じだ。
六角形の広大な敷地に色とりどりの花々が植えられた中庭。その中央に円柱を何重にも載せたような建物がある。たとえるなら祝いごとで出されるシュガーケーキだろうか。
吸血鬼というよりは神様が住んでいそうな荘厳な雰囲気──だったのだが、今こうして眺めてみると不気味で禍々しい印象を受ける。
昼間ではなく夜だからと一瞬思いかけるが、
「俺がいない間になにがあった? まるで廃墟じゃないか」
「口にするのも恐ろしい……。ああ、ぼくがおともできるのはここまでです」
だから待てやこら。説明もなしに行けというかお前。
目が慣れてくると異様な光景がより鮮明になっていく。石造りの外壁はあちこちがひび割れ、毒々しい紫色の苔に覆われている。鉄格子の門はびっしりと錆びつき、生い茂った荊がまとわりついている。
この様子では屋敷もひどい有様に違いない。わずか二週間のうちに数百年は放置されていたかのような廃墟っぷり。絶対に尋常でないことが起きている。
そもそも屋敷の主人であるはずのシンは、こんな荒れ果てた住処で今どうしているのだろうか? アルフレッドは二週間前の記憶をたどり、最後にあの男と会話したときのことを思いだそうとする。
「研究に専念したいからしばらくアカデミーに泊まりこむ、か。定期的にチョコレートを提供するかぎり君の自由を保証する、と新たに契約したからにはどうこういえる立場にはないけど、せめて二日に一度くらいは帰ってきてほしいな」
「冗談じゃねえ。こちとら半月、いや半年は顔も見たくねえくらいだ」
「そうなったらこちらから会いに行くよ。レオナルドがアカデミーに在籍していたころは、ちょくちょく変装して驚かしにいったものさ。朱のローブをまとって教授に扮したことも、ひらひらのスカートをはいて女子生徒になったこともある。さてさてアルはどんな格好をした私が好みかな?」
「やっぱりとんでもねえ変態だなお前。えぐい内股できゃぴきゃぴしながら『アルフレッドくーん!』なんてやりやがったらその場で首吊って死んでやる」
あれから二週間、ということはちょうど半月ほど顔を出していない。実験に夢中になっていてすっかり忘れていたが、あの男がどぎつい変装をしてアカデミーに乗りこんできてもおかしくなかったわけだ。
悠久のときを生きているだけにいうほど気が短くない可能性はあるものの、屋敷の荒れはてた様を見るにアルフレッドにちょっかいを出す余裕すらなかった、と考えたほうが自然である。
だが、いったいなにが起きれば──。
考えこんでいたらクリムに背中を押された。
不意打ちだったのでつんのめった姿勢のまま門に手をかける。
と思った次の瞬間、アルフレッドはふかふかの赤いカーペットに倒れこむ。
鉄格子越しに見えていたのは、中庭だったはずだ。
なのに今いるのは屋敷の、廊下。
さすがにヒュッと息が漏れた。慌てて背後を振り返ると、鉄格子の門もクリムも馬車の姿もない。長い長い廊下だけが、井戸の底をのぞきこんだときのように延びていた。
「くっそ! 完全にはめられた……!」
だが、返事をするものさえいない。
アルフレッドは舌打ちすると、ひとまず暗闇に向かって歩きはじめる。




