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第二話 2-1



 古都ルヴィリアは比較的穏やかな気候として知られているものの、今年は稀に見る猛暑となっていた。夜になってもカラカラとした熱波が衰えることなく、石造りの街路や建物をうだるような暑さで包んでいる。


 暑さに慣れていない住民はもとより、北の生まれであるアルフレッドも炙られた烏賊のようにぐったりとしていた。黒々とした髪は熱がこもり、ワカメさながらにまとわりついて不快きわまりない。

 実験のときは錬金術科にありがちな白衣を着ていたが、今は白いブラウスに茶色のトラウザー。上下とも薄手のリネンではあるものの、汗で湿りきった袖と裾を限界までまくっている。ようやく繁華街の近くにある酒場に着いたとき、真っ先に冷えた麦酒を頼んだくらいだった。 


 ふうと一息を吐き、卓に座って待っていた面々を見つめる。

 今日の実験に参加してくれた同輩たち、装置の設計や製作に手を貸してくれた町の職人たち。それから賑やかしとして呼ばれた町の若い娘たちが、グラスを片手にアルフレッドの言葉を待っている。


「今日は俺の奢りだ。ルヴィリアの夜を存分に楽しんでくれ」


 直後、大喝采。

 勝鬨をあげるように乾杯の音頭が鳴り響き、血の気の多い連中に眼鏡まで揉みくちゃにされてしまう。こういうノリは好きではないものの、長年にわたって失敗し続けた実験を見事に成功させた日だ。たまには羽目を外してみるのも悪くはない。


 アルフレッドは食事に手をつける。海に面した古都の名物は当然のように海産物であり、海老も蛸も烏賊も貝も新鮮で美味である。

 しかしなんといっても外せないのは鯛だろう。オリーブやケッパーにトマト、ローズマリーやローリエを添えてグリルしただけのシンプルな料理だが、これがまた実に麦酒と合う。脂の乗った白身の肉はさっぱりとしながらも旨みに溢れていて、口に入れた瞬間にほろほろと崩れていく。

 ルヴィリアにくるまで海というものを目にしたことのなかった青年にとっては、天上の供物と表現すべきご馳走だ。


「大将、例のブツは持っているか。俺たちはあれが目当てで手伝ったんだぜ」

「怪しげな闇取引みたいにいうな。ただでさえ首のタトゥーのせいでチンピラみたいになっているんだから。チョコレートソースの瓶なら手持ちに一本だけあるぞ」


 実験を手伝ってくれたぶんの報酬はあとで渡す。そういって放り投げると学生たちは我先にと黒い液体の入った瓶を奪いあった。

 錬金術科はもとより学内でもアルフレッド手製のチョコレートソース──通称『黒の衝撃』は大人気で、大枚を叩いて買おうとする連中も少なくないという。大々的に売りだすだけで一財産築けるかもしれないが、レオナルドの遺したレシピあっての代物なので、自らの利益のためだけに使いたくはなかった。  


 どんちゃん騒ぎが収まっていくと、まずは朝が早い職人たちが引きあげていった。次に連日徹夜で準備していた学生たちがひとりずつ潰れていき、やがて酒場も店仕舞いとなった。

 アルフレッドも眠かった。しかし賑やかしで呼んだ若い娘たちは眼鏡王子の腕を離さない。

 夜はまだはじまったばかり。そう思うと不埒な考えがむくむくと湧いてくる。


 下心があるのは娘たちも同じだろう。自分でいうのもなんだが金離れがよく容姿端麗、おまけに今やアカデミー随一の出世頭。玉の輿を狙うならもってこいのお相手だ。

 古くからルヴィリアに住むものは首筋の模様を見るだけで恐れおののくが、外からきた人間や若者にかぎってはそうでもない。むしろカリスマを示すステータスのように扱われることもある。


 寄宿学校時代は一度に六人の相手をしたことがある。この場に残っているのはたった四人。みな明るく活発で、豊満な体つきをしている。

 隷属契約のせいで男色の気があると誤解される場面も増えてきたし、不本意な噂を払拭する意味でも今宵はおおいに乱れよう。アルフレッドは鼻の穴をロバのように広げ、若い娘たちとともに場末の民泊に繰りだした。


 ところが、である。

 燭台に火を灯し、娘たちのベールを剥がして奥に隠された真理をあらわにする。アルフレッドもさあ服を脱ごうと、ブラウスのボタンを外したとき。

どこからともなく怪しげな黒い煙がもくもくと立ちあがった。 

 火事か? と思いかけたのも束の間──。


 目の前に、首なしの少年が現れる。 

 不埒な目的で貸し切ったオンボロ民泊だけに雰囲気抜群。


 まさしくルヴィリアの夏といった風情の幽霊を見るなり、娘たちは揃って「ぎゃっ!」と悲鳴をあげる。白目をむいて卒倒する姿は、興醒めもいいところだ。

アルフレッドは胸もとをあらわにしたまま、吸血鬼の従者をにらみつける。 


「お楽しみの最中に申しわけありません。アルフレッド様、緊急事態です」

「知らねえよ。約束の期日までにチョコレートは用意する。だからその間は構うなって前々からいってあるよなあ? 借金取りみてえにちょこちょこ催促してきやがって。首根っこに薔薇を一輪挿して花瓶にしてやろうかクソガキ」


 普段ならへこへこと謝罪してくるものの、今日にかぎっては容赦がない。クリムは「失礼」というなり、アルフレッドをぐるぐるに縛りあげる。

 怪しげな術でもかかっているのか、チャチな縄のわりにびくともしない。


「ちょっ……お前……! せめて説明しろっ!」

「そんな暇はありません。このままではルヴィリアはお終いです!」


 待てや。いきなり話がでかすぎるだろ。

 だったらなおさら説明してくれよ。

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