番外編:素敵な職場
遅くなりました
【執事の独り言】
はあ、エルが聞いていなかったのは知っていましたよ。
でも、リオナール様は恥ずかしがって、朝になって思い出したものの言えなかったようですね。でもきっと近々言ってくれるのではないでしょうか。
『エル。やっぱりお前を兄上の嫁にはできない。』
『ほえ、なんでですかぁ? わたしだったらリオナール様のいうことを聞くって、ご自分で言ったじゃないですかぁ~』
『そうだ。だが、お前は俺の側にいてほしい。いや、いるべきだ。だから兄上の嫁にはできない! うっ』
『まあ、リオナール様吐きそうですか? お水ですか? 桶ですか? それともト・イ・レ?』
……。
場の雰囲気をぶち壊したのはエルだ。
そっと見守っていた影が、あれは坊ちゃんがかわいそうだったと嘆いていた。エルのバカめ。
だが、まあ、ベラリス様もエルを気に入ってくださっているので、きっと大丈夫だろう。
後日、ベラリス様(ベアトリクス様)に嫌味を言ってきた令嬢がいたそうで、なんてかわいそうなのだろうと思ってしまった。
ベアトリクス様の外見では想像もできないような恐怖を味わうことになるだろう、と思っていたら、なんとリオナール様が代わりに何かやったらしい。それは大したことはなかったが、令嬢に悲鳴をあげさせることに成功したとのこと。
エル、報告ではなく事前にお止めしなさい。
え? ベラリス様がそのままでいいと? 今回の結果もよかったと上機嫌だったとのこと。
――やれやれ、ベラリス様の新しいオモチャ認定されたようですな。
【ある日のメイド長】
あ、ない。
リネン係が提出してきた在庫表をチェックしていたら、前回の在庫と合わないものがでた。しかも主人一家が使用する特級品。
「……」
わたくしはしばらく考えて、ため息をついて立ち上がって『回収』に向かった。
「え!? わたしじゃないですよ!」
「……」
「いえ、本当ですって!」
「……」
「疑っているんですか!?」
「……」
「いえ、前科は(たくさん)ありますけど、わたしはリオナール様の使用済みしか興味がありません!!」
「胸を張って言えることですかっ!」
思わずエルの頭をはたいてしまいました。結構痛いのですよ、この娘の頭は。
しかし、なおも「わたしではありません!」と言うエルの主張は続き、使用済みだからこそ尊い香りが! なんて異文化を展開しそうになったので、とりえず口をふさぎました。
もがもが言ってますが、それ以上しゃべらせませんよ。
「わかりました。あなたではないのですね」
「はい! ですから、わたしではなくリオナール様なんです」
にっこりと人差し指を立てて笑顔を見せるエルを、たっぷりと数秒は凝視して固まってしまいました。
「……はい?」
やっとでた言葉はこれでした。
今、エルはリオナール様が犯人だ、と言ったようですが……。
「はい。ですから、シーツを持ちだしたのはリオナール様です。ちゃんとメイド長に許可をもらってくださいね、とお伝えしていたのに。本当にしょうがないですねー!!」
あははーと笑っているエルを唖然として見ていたら、いきなりずぅんと頭が重くなってきました。
「――わかるように、最初から、ちゃんと、説明をしてちょうだい」
自分に言い聞かせるように、ゆっくりと区切って言えば、エルは笑顔のままうなずきました。
「実は、リオナール様がローデオ様離れをしようと懸命な努力をされているのを、陰ながら応援させていただいているのですが、なかなかうまくいかず反動で過呼吸が出る始末なんです」
――重症ですね。
「で、ですね、あまりに御辛そうでしたので、とっておきの秘策をお教えしたんです」
――どんどん頭痛がひどくなります。
それは――、とエルが得意げに言葉をためているうちに、わたくしはなんとか顔を上げてエルを見ました。
「ローデオ様の香りのついたシーツに包まれて寝れば、日中会えない寂しさも吹き飛んでしまいますよー! という、とっておきの裏わ――「やっぱりお前の仕業ですかぁああああ!!」――ガフッ!!」
エルの言葉を遮り、思わずひじを曲げて内側をエルの首へ叩きつけました。
この技で夫はいつも一発で床に倒れこみしばらく動かないので、まだゲホゲホ言いつつ涙目で見上げてくるエルには無意識に手加減していたのでしょう。
冷めた目でエルを見下ろしていると、ようやく気持ちが落ち着いてきました。
「……エル」
「!」
ビクッと顔色を悪くしたエルが震えます。
「このことは、し――「成功したぞぉおおお!」」
ノックもなしに、バターンとドアを乱暴に開けてエルの部屋にリオナール様が入ってきました。
「……」
本来ならすぐに顔を向けるべきですが、今は「あ、リオナール様」とパッと顔を明るくさせたエルを、継続して冷めた目で見ているのがやっとの状態です。
そして、リオナール様もなにやら興奮しておいでで、わたくしがいるのが認識できないようです。わたくしのすぐ隣で、笑顔で早口でまくしたてます。
「兄上の執務室の仮眠室のシーツを取り換えてきたぞ!! お前とリネン交換の練習をしておいてよかった。我ながら完ぺきな仕上がりだった。ついでに枕カバーも替えてきた。明日朝一で登城して回収するだけだ。と、いうことで今夜は早く寝るぞ」
「良かったですねー!」
「うむ。お前に教えてもらって本当によかった。今夜あたり兄上のクローゼットに潜り込もうと思っていたくらいだからな」
「また執事様に叱られますよ。おかげで、ローデオ様のクローゼットは鍵付きになりましたからね~」
「何の問題があるというのか、さっぱりわからんな!」
「大ありです!!」
とうとう我慢できずに大声を出せば、やっとわたくしに気が付いたのか、リオナール様がのけぞるように驚き、サッと距離をとりました。
「め、メイド長! どうしたのだ、ここはエルの私室だぞ!?」
「女性の私室に、ノックもなしに入室した方が何をおっしゃいますか!」
「あ、メイド長。リオナール様はいつものことですから」
「余計悪いです!!」
「「!」」
リオナール様とエルが二人そろってビクッと体を震わせ、硬直してしまいました。
が、二人が黙ったおかげで頭がようやく動き出し、やるべきことがどんどん出てきます。
「――ついていらっしゃい」
「「!」」
そう言えば、二人は黙ってわたくしについてきました。
まあ、本来ならリオナール様に言うべき言葉ではないのですが、今回は別です。
ピンと背筋を伸ばし、二人を連れて向かったのは、もちろん執事室です。
もうわたくしの手にはおえません。
――その後、執事様の淡々としたお説教で二人は魂が抜けたようにふらふらと部屋を出ていくことになるのですが……それはまだ先の話です。
翌々日。
あ、ない。
洗濯メイドが青空の下でリネンを干していたので、ちょっと数を数えてみました。
今日は枕カバーが一枚足りません。
でも、もう探しません。
昨日、エルが土下座して執事様に「せめて枕カバーをリオナール様にぃいいいい!!」と、足にしがみついて泣いてお願いしていましたからね。さすがの執事様も迷惑そ……いえ、情にほだされたようで。
わたくしは「ふぅ」と軽く息を吐きました。
しかたありませんね。リオナール様の為なら、エルはどんなことでもしますもの。
リオナール様をおかしな方向へ引っ張るなら容赦はしませんが、エルはリオナール様の「兄上と義姉上のために、俺は強くなる!」ということを、誰よりも応援しているのを知っています。
ちょっとくらい曲がりくねったやり方でも、リオナール様のためなら仕方ありません。
――が。
「三日はだめです!! お渡しくださいぃいいい!」
「め、メイド長ひどいぞぉおお!」
枕カバーに追いすがるリオナール様から、わたくしは全力で奪い取ろうと奮闘中です。
「リオナール様、今日はさすがにダメだと執事様も言いました。ごめんなさい!!」
「エル! お前もかぁあああ」
まだまだ克服には時間がかかりそうです。
一応リハビリ作品なんで、いったん完結します。
またかけたらいいな、と思います。
読んでいただき、ありがとうございました!!