乱戦
「遅い!」
ダルガに叱責を飛ばす。
ダルガの右腕が唸りを上げ、飛び掛かってきたデカい狼を殴り飛ばした。
キャンと弾かれたその影からもう一匹の狼が躍り掛かる。
ダルガは空いていたもう片方の手でなんとか振り払ったが、慌てたその隙を付いて、ダルガの背後に狼が躍り掛かった。
「後ろ!」
ダルガの肩がピクリと動き、見もせずに迷いのない裏拳を背後に送った。
ゴシャ
裏拳が狼の横っ面を殴り飛ばし、狼の身体がクルクルと回転しながら藪の中へと消えていった。
全く気付いてなかった狼に全力で裏拳を撃ち、勘だけで当てるとか凄いな。さすがホルトルの息子。
とはいえ、
「殴った手をいつまでも遊ばせておくから次の手が遅れる。殴ったらすぐに引き戻せ!」
「おう!」
いい返事。素直ないい子。
手が戻り、態勢が整えば余裕が出来る。
余裕が出来れば周囲に注意を払える。左から背を低くしてこっそりと寄ってくる狼に気付いた様だが・・・そいつは囮だ。付かず離れずに気を引き続け、しつこく付きまとってくる。
「一匹にばかり気を取られ過ぎだ。ほれ、後ろ!」
囮に気を取られている間に、背後から二匹がダルガの足に牙を立てた。
「くそっ、この!」
狼も馬鹿じゃない。ダルガを正面から相手しても損耗が激しいと分かってる。反撃を食らう前に下がり、草陰の中に隠れていった。
こいつらを統率してる群のボスはかなり賢い奴の様だ。
熊人の要塞都市を出て一週間。
国境を超え隣の人族の国に入り、次の町もそろそろといった所で、冒険者らしい事でもしようかと、森に入ったのが三時間ほど前。
森も深くなった辺りの川沿いで丁度よさげなデカいトカゲを見つけ狩り倒したのはいいのだが、解体に時間が掛かるとフーカが言うのでダルガと二人で周囲の索敵と散策に出歩いたら・・・。
このザマだ。
狼に襲われてからもう二時間はなるか、それからダルガに消耗戦を仕掛けてしばらくなる。ダルガの消耗もかなりだろうが、狼らの損害も少なくない。最初よりは狼の攻撃も小出しになってきている。
ダルガも軽傷は多数あるが戦闘に影響の出そうな深い傷はなく、体力も精神力も尽きる様子がない。
リングの上での殴り合いが主戦場だと思ってたけど、乱戦も長期戦も経験がある感じがする。
これは多分ホルトルの仕込みだな。
ダルガの体力、気力が尽きるよりも、狼らの我慢が先に限界を迎えそうかな?
そこら中から聞こえてくる唸り声がうるさい。
時折吠えてもいるが、向きがダルガや俺以外の方へも向いている気がする。
狼達からしてもこんなに損害の出る狩りだとは思ってなかっただろうなぁ。俺としてもこんな長期戦になると思ってもなかったが。
俺の周りにも常に二、三匹の狼がチョロチョロしているが、最初に何匹か一斉に掛かってきたのを全部、肉の付いた毛玉にしてやってから、手出しをしてこなくなった。
それで先にダルガから、と手を変えて今の状態になったんだろうが・・・。
尖兵を殺してしまったのは不味かったかもしれない。出鼻を挫けば引くかと思ったのが、意地にさせてしまった気がする。
しかし、この膠着状態をどうしようか。無益な殺生はしたくないんだが、狼らに引く気は見えないし、ダルガは妙にやる気だし。
ボス狼を狩るのが一番なんだろうけど、気配が掴めない。近くで見てるはずなんだが・・・。
なんて考えていたら奥の方からガサリガサリと木が揺れて来た。
ダルガの腕ほどもある木だ。それを意に介さずぶつかるがままに真っ直ぐにやって来る。
正面から来たか。
のそりのそりと姿を現したのは周囲にいる狼よりも遥かに大きい狼だ。体高だけでダルガに近い。立てば前に見た巨人くらいはありそうだ・・・。
ここまでデカいと最早、狼とは言えんなぁ・・・。
巨大な牙をむき出しに、涎を垂らし、唸りながらゆっくりと歩くボス狼が、足を止めた。
まだ大分ダルガから距離があるように見えるが・・・多分、この距離があいつの一足飛びの射程なんだろう。
周囲から響くように聞こえていた唸り声が止まった。
「うおぉぉぉぉ!」
ダルガが吠えた。
あの巨大狼を見て怯む事なく、むしろやる気に満ち溢れてる様に見える。
すげぇなあいつ。
「しゃあ!来いやぁぁぁぁぁぁ‼︎」
ダルガの咆哮にボス狼がピクリと反応し、周囲の藪がガサリと動いた。
今ので機先を潰したな。ダルガのヤツ、分かっててやってるのか天然なのか分からんが、戦闘の駆け引きが本当に上手い。
今のがなかったら一斉に飛び掛かられていたんだろうな。
しかし・・・んー、いやぁ・・・、あのボス狼、ダルガと同じくらいか・・・もしかしたらダルガより強い。
正面から一対一の殴り合いなら分からんが、周囲の手下の戦力も見ると危ないな。
「ダルガ、三の合図で交代だ」
ダルガに反応はない。小さい声で言ったが聞こえてないって事はないだろう。
「一・・・」
ボス狼の目がキョロキョロと動いている。
目配せか?
「二・・・」
ボス狼の目がダルガに止まり、動きが止まった。
これはダルガが動くのを待つ気か?するとこれは丁度いいかもしれん。
「三!」
合図に合わせてダルガが大きく後ろに跳ねた。僅かに遅れてボス狼が跳ね、それに従うように藪の中から狼が一斉に飛び出した。
ダルガの下を態勢を低くして潜り、前に出るながら狼の数を確認する。
左側から八匹、右側から六匹。
思ったより多い。
この他にもまだ居るみたいだから、やはりボス狼から仕留めるべきだな。
ダルガを潜り抜け、上体を起こした所でボス狼と目が合った。
一瞬驚き、その後怒りの表情が見えた。
ボス狼が身体を震わせ、右の前足を振り身体を捻った。
ボス狼の身体が空中で捻れ、大きく開けた口が横から降って来た。
デカいクセに器用な奴だ。
その丸呑みにしてしまえそうな口も、全てを引き千切りそうな牙も確かに怖い。
けどな。
満面の笑みで突っ込んで来るホルトルの方が余程怖かったわ!
「つぇあ!」
さらに一歩踏み込みボス狼の口を躱し、その胸へと手刀を撃ち込む。
毛を千切り、皮を突き破り、骨を砕き、小手が狼の心臓を引き裂いた。
「グルァァァ!」
ボス狼が苦しげな声を上げて暴れる。
痛!痛てて。
胸の所に収まってしまっているから爪や牙に掛けられる事は無いが、肘(?)がゴツゴツと降ってくる。
というか、肘まで入った腕が暴れるのもあって上手く抜けない。
「オリァ!」
ボス狼を引き倒し、肘(?)を抑えて強引に引き抜いた。
「オォ・・・オォォ」
腕を抜いた穴から血が吹き出し、痙攣する様にバタバタすると、動かなくなった。
ふぅ、すまんな。
向かってくる以上は殺さにゃいかん。
後ろを振り返るとこちらをジッと見ているダルガと、さらに遠巻きに見ている狼達がいた。
狼達はジッと見ていたかと思うと、ジリジリと後退していき、ザッと背を向けて走り出した。
「あっ!」
ダルガがそれに気付いて声を上げ、狼を追おうと構えた。
それを手上げて静止した。
森の中で狼を追える訳がない。
まぁ、ビリィなら分からんが。
「いいさ、ほうっておけ」
「狼は怨みを持つと忘れないと言うぞ?」
「馬鹿を言うな。狩に失敗する度に毎回毎回怨んでたらキリがないだろ」
こっちから狩ったなら兎も角、襲われたのはこっちだ。それで怨まれてたらたまったもんじゃない。
「まぁ覚えるかもしれんが・・・、ま、それはそれでその時だ」




