閑話 ビリィとフーカ 後編
私が着地し態勢を整えるのと、フーカが膝を落としたのは同時だった。
光の槍や刃は同時に風になびく様に消えた。
ふぅ、結構ヤバかった。空を蹴れる様になってなければもっときつい戦いになっていただろう。
私が空を蹴って走れる様になったのはつい最近だ。それにまだ一度に三回までしか蹴れないんだから。
膝を落とし、動かなくなったフーカを見る。
私からは背中しか見えないが、どんな顔をしているか。
やはり項垂れているかな。
正直な話、かなり尋常ではない速さで強くなってる。王宮で光の槍を使った時とはもう比べるまでもなく、昨日よりも、また・・・なんだから。
駆け足どころの話ではない。
と、言いたいところなんだけど、これを私が言っちゃダメだろうなぁ。
フーカに向かってゆっくり歩く。
どう声をかけようか、思案していたらフーカが立ち上がった。
クルリとこちらを振り向き、頭を下げてきた。
「ティルフス様、本気で相手をしていただき、ありがとうございます」
そう言い、上がった顔には笑顔があった。吹っ切れたのかな?
「負ける事は分かっていました。もう少し良い勝負が出来るかと思いましたが・・・、完敗です。
ですが、もっと強くなるための課題も見えました」
可愛い。
少しはにかみながらも、真摯に見つめてくる。
真摯に貪欲に、そして凶悪なまでに強さしか見ていない。その為に私を利用する事になんの躊躇もない。
危うく脆そうで不安定に思えるけれど、その中には鋼の様に硬く頑丈で柔らかい一本の筋が入っているんだろう。
あぁ、ギュッとしたい。わしゃわしゃしたい。撫でくりまわしたい。水着着せたい。
こんな華奢で可愛い生き物にここまで思われているジンはなんて幸せ者だろう。
ズルい。
でも、その姿を真横で見ていられる私も果報者だな。
役得役得。
「次は、もっともっと強くなります。だから・・・また、手合わせをお願いしてもいいですか?」
「もちろん、いいとも。いつでも挑んでくるといい」
あぁ、もう。
そんな目で見つめられると断れないじゃないか。胸がキュンキュンする。
でも正直な所、もう二度とやりたくない。
そもそも加減というか、意図的に狙いをズラすだけでも大変なのに・・・。というかフーカがこれ以上強くなったら加減以前に私が死ぬかもしれない。
次は同じ手も使えないだろうしなぁ・・・。参った。
「けどな、フーカ」
「何でしょう」
「ジンはお前に強さだけを求めたりはしないぞ?」
「はい、存じております。ただ、私が強くなりたいのです」
だろうなぁ。可愛いなぁ。
でも、フーカ。フーカがジンの背中を追っているように、ジンもまたフーカの前で胸を張れる人物であろうともしているんだよ。
まだ・・・教えてやらないけどな。
「さぁフーカ、帰ろうか」
抱き締めたくなる衝動を抑えつつ、何気ない風にフーカに近付く。
フーカは目を瞑り、静かに深い呼吸を繰り返していた。
んーん?
魔力が動いてる?回復してるのかな。
「すみません、お待たせしました」
フーカが目を開け、こちらを見た。
「どのくらいまで回復出来た?」
「ある程度です。一戦がギリギリ」
「なら、余裕だ」
周囲を見回した。
人影はない。
が、そこらじゅうからヒシヒシと視線を感じる。
かなり増えた。
さっきのを見て、諦めてくれたらいいのだけれど・・・、引いてくれる気はないらしい。
「さ、帰ろう」
「はい」
元の道にフーカと二人で歩く。
それに釣られる様にぞろぞろと小柄な熊人と大柄な熊人が後ろの方の道から出て来た。
退路を断ちにきたか。
元の道に入ろうかという所で、ボロ切れを頭から被った小柄な熊人がひょいっと出てきた。
「これは綺麗なお嬢さん方、どちらに行かれるつもりですかい?」
ケラケラと笑うその下卑た顔が気持ち悪い。おい、その卑しい目でフーカを見るな。
「お嬢さん方、この町じゃどこもかしこも誰かのものでしてね。その場所を勝手に借りて、何も言わずに帰ろうなんて」
ごしゃ
あ、余りに気持ち悪くて思わずぶん殴ってしまった。
まぁいいか。誰かの場所かもしれないが、こいつの場所ではないだろ。
「おいおい、なんてひでぇ事しやがんだ」
前の路地からもワラワラと小汚い大小が出てきた。油虫かなんかかこいつら。
「おいおい、大丈夫か?」
小さいのを抱き起こし、心配している演技がわざとらしい。
「痛えっクソッ!このアマァ」
鼻からボタボタと血を垂らし、血走った目で小さいのが睨んでくる。
「こいつぁ親切に教えてやってたってのによぉ。これぁアレだな、お前らちゃんとこいつが納得するまで介抱してやんなきゃダメだぜぇ?」
一際デカい小汚いのがヘラヘラとしながらなんか言ってる。
耳が汚れそうだ。
腰の爪を抜く。もうこいつら全部殺していいだろ。
爪を見て、デカいのと小さいのの汚い笑顔が引きつった。
が、逆に目に狂気が宿ったように爛々としはじめた。
「ティルフス様。殺してはダメですよ」
一歩前に、飛び出そうとした所で、フーカに釘を刺された。
五、六人なら素手でもいいけど・・・。
「この数に素手は・・・ちょっと、汚れたくないんだが?」
「ティルフス様、殺さなければいいんです。手足を落としましょう。五、六本も落とせば・・・」
フーカの魔力が溢れ出し、光の束となって形を作る。
生み出されたのはトゲの付いた光の輪が四つ。
その四つの輪がフーカの周りを回りながらヒュィィィと不気味な音を鳴らして回転している。
「少し静かになるでしょう」
「ふむ、そうだな。それなら全員そろって左足だけ切り落として行こうか。きっと並びが良くなる」
「いいですね。そうしましょう」
話がまとまった。
フーカと二人で笑い合い、私は正面の大小とその群れに、フーカは後ろから群がる大小に顔を向けた。
「ひ、ひぃっ」
「お、お前ら頭おかしいんじゃねぇか⁉︎」
大人数で女を手篭めにしようとしてる奴に言われたくないな。
爪を構えて身を低くする。足を切り落とすとなると・・・。
「あ!違う!俺は関係ねぇ!」
「俺もだ、俺も関係ないから!違うから!」
暴力を匂わせた脅しばかり、この手のやつらは基本根性がない。
散り散りに逃げ出し始めているが、こいつらは根性がない代わりに悪知恵が利く。油断は出来ない。
「バカ!逃げるんじゃねぇハッタリに決まってんだろ!」
小さいのが鼻血を撒き散らしながら喚いてる。
では、お前の足から貰おう。
即断。地を蹴り、駆ける私に気付いたものの、私の動きに全く対応出来てない。
「ひぃっ」
貰った。
地を這い、滑るように間合いに入り込み、膝から少し下を振り払った爪は、
ギャィン
弾かれた⁉︎
いつの間にかに小さいのの前に割り込んだ足甲が、誰だ⁉︎
「おい」
はえ?
「なんか騒いでると思ったら・・・これはなんの騒ぎだ?」
ジン!?なんで、ここに!
「申し訳ありません、ジン様。私が至らなかったが故に、不肖の者達に目を付けられてしまいました」
光の回転ノコギリはどこへやら、フーカはいつの間にかジンの前に立ち、深く頭を下げていた。
あれぇ?
「おい、てめぇらこんなトコで何してやがんだ?」
ん?ジンの後ろに何やら見覚えのある大きな熊人が・・・?何故、ジンの後ろに??
「てめぇディルスルーガ!」
誰?
「ホルトルはもう居ねえんだ!いつまでもデケェ顔が出来ると思ってんじゃねぇぞ!」
ホルトル?やっぱり昨日に会った熊人の誰かか。でもそんな名前で呼ばれてなかった様な??
「おいおめえら!こいつらを袋にしちまえ!そうすりゃ・・・」
なんて言ってる時には、あんなに集まってた大小の熊人達は何人かを残すばかりでほとんどいなくなってた。
「お前さんがホルトルさんに何の恨みがあるかは知らねぇがな。俺らは金儲けが出来るってんで集まっただけで、ホルトルさんの関係者に喧嘩売りにきたんじゃねぇんだよ」
後ろにいたデカい熊人の一人がそう言って帰っていった。
「俺ぁどうしようもねぇクズだがよう、世話んなった人に砂ぁ掛けてまで生きようたぁ思わねぇんだよ。じゃあな」
また一人、背を向けて帰ってった。
その背中は、何かものすっごい安堵してるように見えるんだけど・・・。
というか、私のヤル気とフーカとの楽しいひと時を返してくれ。
「くそっ!くそぅっ!どいつもこいつも・・・」
こうなるとこいつも哀れだな。いっそ一思いに。
「てめぇに関わってからケチのつき通しだ!くそってめぇがぁ‼︎」
なぜかジンを睨み、ジンに襲いかかった小さい汚いのが
ごしゃ
ジンの後ろのデカい熊人に殴り潰された。
「ジン、今の知り合いか?」
「ん?あぁ、昨日俺に銀貨千枚吹っかけて逆に取られた賭け狂いさんだよ」
あぁ、それで。
「で、そのディスルンルンさんは?」
「ディルスルーガな。通称ダルガ。今日からフーカの従者にする事にしたから」
はぁ!?従者に従者って、っていうかダルガって昨日フーカに怪我させた奴じゃないか⁉︎そんな奴。
「ダメ。それはダメ」
「フーカが拒否するなら分かるが、何故お前が拒否する?」
「フーカはジンの言う事なら絶対に拒否しないから私がする」
それにジンとフーカとは水浴びしたいけど、そいつとはしたくない。
それにそれに、なんかよく分からないけど、凄くフーカの水着姿をそいつに見せたくない。
「却下。理由は後で説明する。そういう訳で構わないなフーカ」
「はい、ジン様が仰るなら構いません」
のぉぉぉぉぉ!
「ビリィ、なんでそんなに嫌なのか分からんが、女ばっかり女ばっかりって言ってただろう。今回は男だ。別にいいだろ?」
むぅ。
「分かった。けど、後でちゃんと説明しろよ」
くそぅ覚えてろジンめ。納得する出来る説明だったとしても、私の夢を砕いた罪は重いからな。
「分かってるって。さ、帰って飯の準備をするぞ。今日は米を炊くからな」
え?ホント?米好きー。
い、いや、でもごまかされないからな。
「いい肉も見つけたから、またローストビーフも作ろう」
「し、仕方ないなぁ」
やたー美味しいお肉ぅージン大好きー。




