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鳶

 やれやれだ。


 目の前で酷(むご)く殺せば怯んでくれるかと思ったが、血を見れば見る程に凶暴化していった気がする。

 返り血こそ浴びなかったが、小手がゲロゲロになっちまった。


 殴れど殴れどキリのないモグラ叩きを小一時間もやったか。ようやく打ち止めかな。


 後ろを見れば見事な血と死体の道が出来ていた。

 途中から加減するのが面倒になって八つ当たり気味に殴ってたのが不味かった。


 頭の無い奴なんか可愛いもの。殴り加減がおかしかったのか、腹の皮を残して背中から骨から吹き飛んだ奴もいた。


 肉体的な疲労はないが、精神が疲れるな。


 猪頭は打ち止めかもしれないが、血の匂いを嗅ぎつけたのか、かなりの数の気配が集まりつつある。

 大半は野生動物だろうが、いくつか強い気配もある。今度はかち合う前に逃げよう。


「フーカ、ビリィ」


「回収終わったよ。次はどうする?コレを餌にもっと大物を釣るか?」


 ウチのビリィはなんでそんなに好戦的なんだ。フーカを見ろフーカを。


「こちらも回収終わりました。ボアヘッドの血肉では釣られる魔獣も大したものは出ないでしょう。それよりでしたら鹿を捕まえてスケイルサラマンドラをおびきだしましょう。巣さえ見つけられれば、ジン様でしたら簡単かと」


 より物騒だった。

 いや、物騒より逞(たくま)しいの方が合ってるか。多分きっと、この中で俺が一番弱い。こんな血の海の中で平然としてられる程、俺の神経は太くない。


「スケイルサラマンドラか、確かにこの辺での目撃報告があったな。アレのウロコは防具の素材にもなるし、魔核も上質だ。巣さえ見つけられたらジンなら」


「いや、血の匂いに頭がおかしくなる前に一回引くぞ。少し離れてるが小さい川を見つけた。そこまで行ってから休憩にする」


「分かった」


「了解しました」


「よし、それじゃ走るぞ」


 気配を探り、視界を飛ばしながら走りやすい所を選んで進む。


 しかし、スケイルサラマンドラってなんだろ。お金になるらしいが・・・、ちょっと気になる。


 森を駆け抜け進むと、森の木々が徐々に太く大きくなってきた。

 前に見た城の森に似てるな。

 川までもう少しなんだが、何やら不思議な感じのする場所に来たな。


「ジン様、ここは良くありません」


「良くない?」


 フーカの声が少し震えてる。これは・・・怯(おび)えてる?


「ここは多分、王樹の森です」


「おうじゅ?」


 随分と大仰(おおぎょう)な名前だな。

 いや、この森の雰囲気なら大仰という事もないか。そこの大木からひょっこり巨人が顔を出してもおかしくない感じがある。


「鷹王(ようおう)と烏王(うおう)が空の支配を求めて何百年も争っているといわれる地です。何が出るとも・・・、分かりません」


 鷹王と烏王ねぇ。タカとカラス、何かを思い出すな。


「まぁ、ちょっと川を借りに来ただけだ。王ってんならそんな些細(ささい)な事で怒らんだろ」


 しかし森の木の太さが尋常(じんじょう)じゃなくなって来たな。一本一本の太さが大型車程もある。木と木の間も物凄く広い。

 ここまで尺(しゃく)がおかしいと木がが大きくなったんじゃなく、自分が小さくなった様な気がしてくる。


「あったぞ、川だ」


 巨大な木々がひらけ、お日様の差し込む空間があった。

 そのやや谷間になった岩場から勢い良く水が噴き出し、川になっている。


 川縁に近寄り、しゃがんで川に手を突っ込む。


 冷たい。


 飲んで見たいが今はゲロゲロの小手の血肉が乾き、ドロドロの状態だ。

 先ずは洗うか。


 ビリィも俺の隣にしゃがみ、魔核の入った袋ごとガシャガシャと洗い始めた。


 フーカは周囲を見回し何か言いたげにしていたが、諦めたのか俺の隣にしゃがんで魔核ごと袋からを洗い始めた。


「いい音がしてるが幾(いく)つある?」


「三十までは数えてましたが、そこから先は・・・、百近くはあると思いますが」


「それで何日位暮らせる?」


「一月位はそれなりの宿に泊まれるくらいでしょうか?」


 結構稼げたな。


「旅費と考えるなら十分か」


 案外チョロいな。


「あの数の暴走を鎮圧したと考えれば安い額だよ。金級冒険者なら三組はいないと危ない」


 一つ一つ魔核を確かめながらビリィが言った。


「そうなのか?」


「ジンは一発で殴り倒していたが、そんな事が出来るのはジンだけだ。仕方のない話だが、ジンはもう少し自分の強さを認識した方がいいな」


 それは俺も思うが一般人との触れ合いがないからなぁ。普通が分からん。


 よし、汚れが落ちた。


 ん?


 フーカの手がピタリと、不自然に止まった。


「どうした?」


「ここが王樹の森の水場なら、それならここは・・・」


 なんだ?

 あ、そうだ。水の補充。


 収納からコップを一つ取り出し、すくって見る。

 汚れもない、いい水だ。


 一口含む。


 うん、美味い。

 いい米を炊くにはいい水が要る。どうせだから、湧き出し口から持ってくか。


 ピーーーーーーヒョロロロロロ


 おや?

 鳶(とび)かな?こんなとこにも居るんだなぁ。どこにでもいるなあいつら。


「ジン様!鷹王の斥候です!」


 ん?鳶だろ?


 ピーーーーーーヒョロロロロロ


 いい鳴き声だ。

 空を見上げれば四羽の鳶がクルクルと旋回してるのが見えた。


 ん?

 尺(しゃく)がおかしくないか? 距離と大きさが合ってない気が。


 おや?

 水の噴き出している岩に変な抉(えぐ)れている様な溝がある。


 ひとつふたつ・・・六つか。

 溝と溝の間が三十センチ程もある。これ爪の跡か?とするとかなりとんでもない大きさの鳥がいる事に、


 あ、なんかデカい気配が飛んで来た。


「ジン様!!」


「騒ぐな落ち着け」


 あの速度で飛ぶなら逃げても無駄だ。


 間も無く森の切れ目から大きな影が降って来た。

 翼を広げた大きな影。二十メートルはゆうにあるかもしれない。

 音もなく降って来た影は、ぶわっと風を巻き起こし、岩の上に降り立ち翼を畳(たた)んだ。


 おお、溝にピッタリと爪がおさまってる。


「我ガ領域ヲ犯ス者ヨ、即刻此処ヨリ立チ去レ。サモナクバ・・・」


 一度畳んだ翼を大きく広げてる。これは威嚇かな?


「おぅすまんな。用が済んだら帰るから許してくれ」


 おっといかんいかん。水を汲まねば。

 しかし、茶色に白のまだら模様といい、クチバシの形といい立派な鳶だな。

 大きさだけは二階建ての家くらいあるが・・・、こうもデカいとネズミにでもなった気分なる。


「貴様、何ヲシテイル」


 聞き取りづらいな。


「水を汲んでる」


 ・・・。


 よし、溜まった。


「さて、昼飯(ひるめし)食ってからこの森を出るつもりだが、あんたも食うか?」


「人間ノ食物ナドニ興味ハナイ。ソレヨリ随分ト血ノ臭ヲサセテイルガ、貴様、ココデ何ヲシテイタ?」


 鳶は雑食だと思ったが・・・まぁいいか。


「あー、猪頭に襲われてな、汚れたんで洗ってた」


「貴様!」


 鳶が畳み掛けた翼をまた広げて見せて来た。

 そんなデカく見せて来なくても十分にデカいだろうに。


「我等ガ泉ヲ、血デ穢シタト言ウカ人間!」


 あー、神聖なとか、宗教的な何か意味のある場所だったかな?それは悪いことをした。


「コノ場ハ我等、鷹族(ようぞく)ガ、捉エタ獲物ヲ洗イ清(きよ)メル場!」


 鳶に宗教とか考えた俺が馬鹿だった。ちょっと何言ってるのか分からん。


「泉ヲ穢シタ罪、ソノ血ヲモッテ贖エ!」

 

「言ってる事がメチャクチャだ鳶公(とびこう)!」


 広げた翼から突風が吹いてきた。

 思わず顔を腕で覆ったが、余りの風の強さに身体が浮く。

 羽ばたきもせずに風を吹かせるとか、鳶の癖に魔法を使えるのか!


 んん・・・?


「ちょっと待て、お前今、ようぞくって言ったか?」


 ようって鷹だよな?けど、お前鳶だろ。


「何ヲ言ウカト思エバ、我ハ鷹王イェン・アガ・ガルハルガ、鷹族ノ王ナルゾ」


「いやいやいやいや、お前、鳶だろ。鳶が鷹の王とか言っちゃダメだろ」


 確かに同じ猛禽類だけどさ。


「・・・貴様、泉ヲ穢シタバカリニ飽キ足ラズ、我ヲモ愚弄スルカ!」


 鳶公が大きく羽ばたいて飛翔していった。

 あかん、完全に戦闘体制に入ってるわ。


「ジン」


 後ろから肩を叩かれた。


「何だビリィ、今ちょっと忙しいんだが」


「トビって何?」


 なに?


 え?・・・なに??


「アレがトビだが?」


 上空で旋回してるデカい鳥を指差す。


「アレはタカだろ?」


 ・・・なに?


「ちなみに・・・鷲(わし)って知ってるか?」


「ワシ?」


 マジか!この世界じゃ、ワシもトビもみんなタカか!

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