猪頭
大きな木の根元に白いふわふわとしたモノが見える。
ぴょこぴょこと小刻みに動くソレは時折頭を上げ、大きな耳を動かし、周囲を警戒しながら草を食んでいた。
ウサギに見えた。
ウサギに見えるんだが・・・普通のウサギって額の辺りから角とか生えてないよなぁ。
あれは動物だろうか?それとも魔獣の類?
またウサギが飛び跳ね、草を食みはじめた所に一筋の光が飛んだ。
光は草を食み続けているウサギの首に吸い込まれる様に刺さった。
「お見事」
「ありがとうございます」
思わず声に出した俺の言葉に、近くの藪から返答があった。
すっくと立ち上がり、藪から姿を現したフーカは軽く頭を下げると仕留めたウサギに駆けて行った。
狩りというものを初めて見たが・・・、勢子使って追い込む訳でもなく、気付かれる前に一撃で仕留めるとは凄いものだ。
獲物まで辿り着いたフーカは角を持って持ち上げると、こちらに突き出す様にウサギを見せている。いい笑顔だ。
うーむ。
狩りってもうちょい凄惨さの見えるものかと思ってたんだが、持ってる奴が美少女だと獲物も人形みたいに可愛く・・・見えないか。どこか猟奇的に見えるわ。
ゆっくりとフーカの場所まで歩き、着いた時にはフーカは解体をはじめていた。その横にはいつの間にかにビリィが立っていた。
こいつは森の中に入ってから極端に気配が感じづらくなった。ふと気を抜くとすぐに見失う。
「あ、ジン様。もう少しで終わるので、もう少しであちらでお待ちください」
ん?
「解体だろ?手伝うぞ」
「あの、えっと・・・気持ち悪くありませんか?」
「まぁ見てて気持ちのいいものじゃないが、肉を食うなら当たり前の事だろ?」
「もしかして、ジン様も解体出来るんですか?」
「俺、農民だぞ?ウサギの解体くらい普通にやるよ」
昔はどこの農家でもウサギか鶏か七面鳥は飼ってたもんだ。解体は飼ってる農家が大概自分でやる。
まぁ、手伝いを呼ぶ農家もいるが、得意不得意は色々あるからな。
「ジン、私は鶏は見た事あるがウサギは見た事ないぞ?」
あぁビリィを拾った頃は少なくなってたものなぁ。
「お前が見た事ないだけだよ。居る所には居たからな」
「ジン様、終わりました」
「早いな!」
見れば内臓を取り除かれ、肉と皮と角に分けられていた。
「とりあえず肉は預かるか。角と皮はどうする?」
「角は薬や魔法具の素材になりますので一緒にお願いします。皮は綺麗にこそぎますので、その後に預かっていただけますか?」
「分かった」
フーカは小刀を持って丁寧に皮をこそぎはじめた。手馴れてる。うまいもんだ。
それはさておき。
「なぁ、ビリィ」
「なんだ?」
「このウサギってウサギなのか?」
我ながら変な質問だ。
「ウサギだが?」
「この世界じゃウサギは角を生やしてるもんなのか?」
「生やしてないウサギもいるが・・・、え?あの世界じゃウサギに角は生えてないのか?」
「角を生やしたウサギってのは聞いた覚えがない」
ゲームの中になら居たが。
「角の生えた動物は・・・いるのか?」
まぁ、確かにお前の周りにゃいなかったかもな。
「いるよ。牛、鹿、羊、山羊と、あとは・・・」
後は何がいたっけか。
「馬は?」
「馬に角は生えてねぇな」
神話とかには居たけどな。
って事は、こっちの馬は角が生えてんのか。見て見たいな。
「もう何がなんだがわからんな・・・」
そりゃこっちのセリフだよ。
「それでこの角ウサギは動物でいいんだよな?」
「動物だな」
「火炎飛熊は?」
「あれは魔獣だ」
「動物と魔獣の違いってなんだ?」
「それは・・・一言では説明しづらいが、魔核を持っていて害になるのが主に魔獣だ」
するってーと?
「魔核を持っていて、人に害を成さないのもいると」
「その場合は・・・国や地域で様々な呼ばれ方をしている。国をひとつ跨げば魔獣が聖獣になるなんてのはよくある話だ」
なるほど、よくありそうな話だ。
「お待たせしました」
声に振り向けば、道具の始末をしているフーカがいた。
どちらかというと、こっちの話が終わるのを待たせていた様だ。
「おぉ、ありがとうお疲れ様。今、水と手拭いを出すからちょっと待ってな」
収納から水を張った桶に手拭いを付けて取り出し、フーカの前に置いた。
綺麗に余分な肉を削ぎ落とされた皮を手に取る。
解体はやってたが、皮は知り合いの業者に渡してたからなめしとかは知らないんだよな。
「これはどうするんだ?」
ほっといたら腐るよな。まぁ収納に入れてる間は腐らんけれども。
「後は水洗いをして乾かしておくだけです。冒険者ギルドか商工ギルドに持っていけば引き取って貰えますから」
ふむ。
「ちなみにこの皮と角でいくら位になるものなんだ?」
「・・・三人分の昼食代くらいかと」
悪くない値段だが、手間を考えるとサクサク稼げるとは言い難い。先も長いのだから一回ドーンとお金は欲しい所。
「なんだ?ウサギを狙って行くのか?」
「食料の確保にもなるし悪くはないんだが、そればかりじゃ稼ぐにも時間がかかりすぎる。ここは道すがら適当に狩って・・・ん?」
何か不穏な気配を感じる。
複数の強い気配がこっちに向かって来ているような・・・。
「思っよりも早く引っかかりましたね」
「そうだな。近くに集落でもあるのかもしれないな」
フーカとビリィは何が近付いて来ているのか分かっているようだ。
「何の話だ?」
「血の匂いだよ、ジン」
血?あぁ、そこに捨ててあるウサギの内臓か。
空に俺らが居なくなるのを待ってるっぽい鳥がうろちょろしてるのは知ってたが・・・。ってことは?
「鳥が騒がしいのを見て、ここに何か居ると気付いた連中がいると?」
「正確には縄張りに侵入して来た外敵の排除かな」
ほう。
「知恵があるのは分かったが、そいつらはお話の通じる相手なのか?」
「見れば分かるよ」
徐々に近くなる不穏な気配が、見えるか見えないかの距離で散った。
数は十一、周囲を取り囲んだ気配は一拍置いた後、正面から一つ姿を現した。
見えたソレは全身固そうな針の様な毛に覆われた何かだった。
頭は猪のそれに似ているが鼻先が短く、口には狼の様な歯が生え、ボタボタとヨダレを垂らしている。太い胴体から太く長い腕が生えてて、指が・・・四本しかないな。その手には棍棒と呼ぶにも粗末な短くて太い木の棒が握られてる。
手の長さとは対照的に足が短い。足の指も四本しかなく、足というより手の形に似ている。
「グゴッグガッガッガ!」
威嚇されたんかな。
「お話ししてみるか?」
「何語なら通じるか聞いていいか?」
しかし気持ち悪いな。フォルムだけならゴリラに似てなくもないが、理性のカケラも感じない血走った目が何にも増して気持ち悪い。
「いや、会話が出来るとしてもお話ししたくないな」
ギャッギャォー ギャッギャォー
目の前にいる毛むくじゃらの後ろで同じ生き物っぽいのが叫んでる様だ。
「なんだ?仲間でも呼んでんのか?」
「餌があるぞー。とか言ってんじゃないか?」
「ゾッとしねぇなぁ。それでこいつらは何だ?」
「ボアヘッドと呼ばれている魔獣です。別名、森の掃除屋。動く物なら何でも食べ、底なしに増え続ける厄介者です」
ジリジリと間合いを詰めてくる猪頭に対してこちらも小さくまとまる。
「で、こいつら金になるのか?皮とか肉的な意味で」
「魔核くらいですね」
「場所は?どこにある?」
「胸の辺りに・・・来ます!」
目の前にいる猪頭が飛んだ。
おお、凄い。その短い足で飛んだとは思えないほど高く速い。
それに合わせる様に周囲の藪から一斉に猪頭がとびだした。一様に棍棒を振り上げている。
さてマオさんや、鎧らしいお仕事の時間ですよ。
両腕の腕輪を小手の形に変化させ、長く伸ばす。
「ふんっ!」
伸ばした小手をもって鞭の要領で飛び上がった猪頭を次々と叩き落とした。
肉が弾け、骨の砕ける音と共に小手を通して感触が伝わってくる。
気持ち悪いなぁ。
しかし・・・。
「弱いな」
「ジン様が強すぎるのです」
フーカからサッパリした感想を頂いた。
「しかし、一撃だぞ?金級を殴った時より遥かに手応えがないんだが」
叩き落とされた猪頭達の中で、まだ息をしているのは片手の指より少ない。
「あの人を基準にしては可哀想ですよ。というか、あの人でなければ文字通り砕け散ってたのではないでしょうか?物理的な意味で」
む。
そうか、そうなのか。少し加減って奴を覚えた方がいいかもしれない。
転生し直してから思い通りに身体が動くから、加減って忘れてたな。
ガスッ
音の方を見れば、まだ生きている猪頭にトドメを刺し、短剣でもって器用に魔核を取り出しているビリィが居た。
俺の視線に気付いたのか、こちらを向いたビリィと目が合った。
「どうした?早くしないと多分追加が来るぞ」
あ!
そういえば叩き落とした猪頭は九匹。二匹逃してるし、その前に叫んでた分もある。
仲間をヤられて怯えたならいいが、怒ったなら今の倍以上来るかもしれない。
急いで周囲の気配を探る。
うわぁ、増えてるぅ。
二十・・・三十・・・もっと居るな。
一ヶ所に固まって迎撃してもいいが、この辺一帯ゲロゲロになりそうだ。そんな場所で戦いたくない。
ドスッ
音の方を見ればフーカが光の槍を突き刺し、器用に魔核を抜いていた。
お前ら慣れてんなぁ。
俺はそんな器用に出来ねぇし、魔核取りは任せていいかな。
よし。
「魔核を取り終わったら移動するぞ。迎え撃って各個に潰していく。狩るのは俺がやるからフーカとビリィは魔核取りに専念してくれ」
「終わったぞ」
「こちらも終わりました」
早ぇな。
「よし、それじゃ行くか」
「おう」
「了解しました」
うーむ。
別にいいんだが、なんか思ってたのと違う。




