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閑話 ピンキンスの受難

 不愉快だ。


 非常に不愉快だ。


 何故に、ティルフス様の様な美しく聡明で強き方が人族などに付き従い、国を出ねばならないのか。


 あの方こそ、次期国王を支える王妃となるべきお方。


 それを王は何を考えているのか。


 一応はティルフス様御本人の希望でもあるというから、一度は黙って聞いたが・・・。


 あの様なパッとしない小僧が相手とは聞いていない!


 ミソだか、ショーユだか知らんがそんな訳の分からん物を食う奴について行ってはティルフス様がつらい思いをするのは目に見えている。


 早く王に申し上げて考えを改めて貰わねばならんというのに・・・、王はどこだ!


 外務に出ていると内示されているが、王城に残っている事はわかっている。

 だが、執務室にも私室にもられない。


 くそっ、こんな事なら政務から外れるのではなかった。


 仕方ない。

 あそこには行きたくなかったのだが、背に腹は代えられん。


 向かう先は外務室。

 元の私の職場であり、私の息子の働く場所でもある。


 アレは優秀な自慢の息子ではあるのだが、少々融通のきかない所がある。

 頭を下げたくらいで王の居場所を教えてくれるとも思えないが、他に知っていそうな幹部クラスで聞ける相手がいない。


 外務室の部屋の前、硬く閉じられたその両開きの扉をノックする。

 外務という性質上、機密事項を多く取り扱うこの部署は、外部の人間を嫌う。

 それは元外務長官をしていた私とて例外ではない。


「おや、ピンキンスさんではありませんか。これはどういった御用向きで?」


 出てきたのは若い男だった。

 名前はスライ。目端のよく効く狐人だ。


「少しばかり急ぎの用向きでね。外務副次官はいるかね?」


「オットー副次官ですか?・・・少々お待ち下さい」


 おや?思いの外すんなりと呼びに行ってくれた。もっと根掘り葉掘りと用向きを聞かれるかとも思ったが・・・。


「どうしました?父上」


 少し待たされるかとも思ったが、すぐにオットーが出てきた。

 相変わらず神経質そうな顔だ。

 私に似ず背が高く、妻の雰囲気をよく写した良い男になったというのに、その眉の間の深いしわが台無しにしている。


「オットー、すまないが国王がどこにられるか知らないか?」


「ジン殿の件ですね。かなり強い情報規制が掛けられているというのに、さすが父上ですね。どこから嗅ぎつけたんですか?」


 何の話だ?

 ジン・・・ジン。そういえばあの小僧の名はそんな感じだったか。


「それで国王は?」


「火急の用という事ですか。分かりました。確かに火急の用であれば私を通すのが一番早いですからね。こちらを」


 そう言ってオットーが手渡したのは一枚の紙片だった。


「言うまでもないと思いますが、確認したら焼却処分してください」


 にこりと笑うと、オットーは外務室に戻って行った。


 なんなのだ?

 私の知らない所で話が進んでしまったが、国王の場所も知れたし良しとしよう。


 オットーから渡された紙片を開く。


 戦略作戦室 8912


 なぁ⁉︎

 場所が戦略作戦室である上に機密コードが付いている。


 これをオットーが私に教えたという事は、ジンという小僧の情報が最高機密に掛かっていると?


 まさか・・・。


 いや、もしかしたら私は何か大きな勘違いをしているのかも知れない。



 戦略作戦室。

 国難ともいえる災害や、戦争、叛乱など難事の時のみに開かれる情報を専門に集め対策を練る部署。

 先の紛争では多大な威力を発揮した部署でもある。


 私はその作戦室の前で衛兵と対峙していた。


 衛兵の名前はエリオーク。

 王の近衛隊の副隊長を務める男である。


 実直無比じっちょくむひであるこの男は無駄口を一切叩かない事でも有名である。

 目の前に私が立っても「何か御用ですか?」などと言う事もない。


「8912」


「少々お待ち下さい」


 コードを告げた私にそう言い残し、エリオークは作戦室へと入って行った。


 考えがまとまらぬままにここまで来てしまった・・・。


 ここで下らない私情を挟んだ意見を言おうものならば、私ばかりではなく、機密コードを渡した息子にまで迷惑が掛かる事になる。


 どうしてこうなった。


「どうぞ、国王がお待ちです」


「ありがとう」


 平静を装いつつ、室内へと入る。


 ・・・。


 何だこの顔触れは⁉︎


 外務長官、内務長官、情報室室長、近衛隊隊長に衛兵隊管理官まで⁉︎

 それにアレは・・・誰だ。

 まさか、噂に聞く暗部の人間か?


 何だここは、戦争でもはじまるのか⁉︎


「ピンキンス殿、今は資材管理部にいると聞いたが・・・、どうしてここに?」


 現外務長官セルネドラ。それは私にもよく分からないのだよ。


「第一級情報統制が掛けられているはずだが?まさか息子さんから聞いた訳ではないでしょうね?」


 情報室室長キュルニナ。温厚な性格の者の多い兎人の中で、この世の全ての兎人の狡猾こうかつを引き受けたと言われる女丈夫。こいつに睨まれて逃げきれた者はいないと言うが・・・。

 というか、第一級情報統制⁉︎伯爵級以上の幹部官にしか知らされない最重要機密だというのか⁉︎国家間情報戦争レベルなのか⁉︎


「やめてくれたまえ、ウチのオットーが身内といえど情報をらす訳がないだろう」


 えっと・・・私はジンという人族の為にここにいるのだよな?


「待ちなさい。現在ジン殿は周辺国家間でも最重要視されている人物だ。今現在、第一線を引いているとはいえ、元外務長官であったピンキンスの情報網に引っかかる所があったとしても、不思議ではないだろう。なぁピンキンス」


 国王その人が敬称を付ける程の人物なのか!!しかも周辺国家間における最重要人物⁉︎一体何の冗談だ!


「陛下のご慧眼けいがん、恐れ入りました」


 私は、私の鍛えに鍛えられた顔の皮の厚さを心から褒めたい。今はなんとしても全て分かっています感を保持しなくてはいけない。


「それが本当なら、その情報ルートを教えて欲しいものだねぇ」


「情報を司る部署の長たる貴女の言葉とは思えませんな、キュルニナ殿」


 もし本当にあったとしても教えられる訳がないだろう。


「ふぅん?」


 情報統制官というよりは拷問官の方が似合いそうな顔だ。背筋が凍る。


「やめい、それでピンキンス。いかな用向きでここに来た?」


 私は何をする為にここにきたんだったか?

 あぁ、そうだ。ティルフス様の従えたあの小僧をこき下ろす為に・・・。


 いかん!

 現実逃避をしている場合ではない。腹をくくるしかないのだ。


「まずはこちらの目録をご覧下さい」


 隣りに控えた近衛に目録を渡す。

 ちゃんと作っといてよかった。常日頃から堅実な仕事を心掛けている自分を褒めたい。


 近衛を通して目録が王の元に届く。


「これは?」


「ジン殿が持っていかれた品の目録になります」


 元々王命で目録は上げる事になっていたが・・・、今ある武器はこれしかない。この目録にこの場所に訪れるべき理由がなければ・・・私は死ぬ。


「肉に野菜、調味料に調理器具まで持って行ったか。これではかなりの量になっただろう。運搬用の馬車でも一緒に渡したのか?」


「いえ、ジン殿が手を触れるだけで品は消えてしまいました。魔法による技と思われますが、どういったものであるかは・・・、申し訳ありません。私では見当もつきません」


 実際、何をしたのか全く不明だった。しかも量が量だ。不思議を通り越して不気味だった。


「いや、よい。私も見た事があるが全く不思議な技であった。それで・・・肉や野菜は持って行っているが、小麦やパンなどは持っていかなかったのか?」


「はい、米を持って行きました」


 こ!れ!だ!!


「コメ?コメ・・・聞いた事はあるが・・・、どこの国のものだったか?」


「はい、二年前に親類国であるハルイクスス王国より親書共に送られて来た、周辺国動静書の中の特定農産物として送られて来た穀物です。親書にあった生産国はハルイクスス国の西の隣国、トゥガハルム皇国であります」


 正直に言えば、細かい事など覚えてない。

 だが、二年前と言えばまだ私が外務長官をしていた時代であり、しかも同じ犬狼族の国からの親書の内容だ。この場に立ち報告する以上、あやふやな言葉は一切使えない。

 間違いはないはずだ。多分。


「その米をジン殿が欲したと」


「はい、何か欲しいものはないかとお尋ねした際、一番に聞かれましたのが米でした。あると答えた時には大層喜んでおられました」


 いくら状態保存の魔法が掛かっているとはいえ、二年前の穀物だ。状態がいいとは言えないのだが・・・。本人が確認をしていいと言ったのだからいいだろう。


「他に何か欲しいと言った物はあったのか?」


「はい、ミソとショーユはないかと」


「ミソとショーユ?それはなんだ?」


「はい、ダイズと呼ばれる豆を加工して作られる物であると。残念ながらその様な物に覚えがなく、満足のいくお答えは出来ませんでした」


 王が誰か知る者はいないか?と 周囲の幹部達の顔を見回す。

 だが、それに反応出来る者はいない。

 当然だ。外務長官を退いてから一年。資材管理の実質的トップとして私はこの国に関わる資材の全てを把握して来たのだ。この国で私より資材に詳しい者など存在しない。

 まぁ、書類を眺めるよりする事がなかっただけなのだが。


「しかしその、ジンという人族の為に我々が集まる理由が本当にあるのか?」


 内務長官アーグーン。その言葉には心から賛同したい。この集まっている者の中でジンという人族を重要視しているのは国王のみに見える。

 いや、他の者から見れば、私も重要視している人物に見えるのだろうか。


「我々の側に引き込む価値は十分にあると私は考えているが、真にその価値を理解しているのはおそらく、我が娘ティルフスを含めた、その場に居た数人だけだろう。今はジン殿の価値をも見定める場だとも思って欲しいね」


 その場に居た数人?どの場の話しだろうか?

 ティルフス様が関わった事案とは先の紛争しかない。そこにジンという人族はいったい何をしたのだ?


 場が静まった所にノックの音が響いた。

 失礼します。と入って来たのは近衛隊副隊長のエリオークだ。


「監視対象の報告が上がってまいりましたのでご報告いたします」


 あのエリオーク殿が、いささか緊張している?何かあったのだろうか。


「対象は王城を降りた後、冒険者ギルドに向かい、ギルド前にて金級冒険者といさかいになり・・・」


 金級?あの血と暴力を信条とする粗暴の権化どもの中で、金級ともなれば実力はそれなりだろう。

 それと争いになったとなれば、ジンという人族の実力も見えるかもしれないな。


「対象は一撃の元に金級冒険者を退けた。と」


 ・・・。


 金級冒険者を一撃?・・・一撃??


「金級冒険者の名前はイルクゥラ。剣鬼の弟子の一人です。勝負は、正面を向き合っての打ち合い、真っ向勝負だった。そして、対象は無傷、金級冒険者は肋骨の骨を折る重症だそうです」


 剣鬼の弟子だと⁉︎

 狂気の戦闘集団ではないか。 それを⁉︎


「イルクゥラといえば剣鬼筆頭と言われてる奴じゃないか、にわかには信じ難いな」


「そうかね?あの勇者の遺した秘宝の一撃を単身で弾き返したという話だぞ?その位は出来てもらわねば嘘だろう」


 はぁ⁉︎勇者の遺した秘宝とは、かのアーティファクトか⁉︎それはもはや人の域ではないではないか!眉唾もはなはだしい!!


「私はそれよりもなぜ真っ向勝負に至ったのか、その経緯が気になるな。何か琴線に触れる事でもあったのか?」


「はい、人参を踏まれたから・・・、食べ物を粗末にしたから、とあります」


 え・・・えっと・・・なんだって?


「くっくっくっくっ」


 国王が肩を震わせてる。


「あはははははははは!」


 静まった室内に王の笑い声だけが響く。


「全くもってジン殿らしいな。人参か、ははははははは」


「王よ、らしいとはどういう意味でしょうか?」


「ジン殿は元々農民であったそうなのだよ。そして、今も農民である事を望んでいると言う。名うての冒険者を一撃でほふる農民。愉快であろう?」


 デタラメだ!


 だが、であれば私の持って来た情報は火急に足るものだったろう。

 私は幹部ではないし、自分から首を突っ込まぬ限り、もうこの場に来る事もない。これ以上余計な事を知る前にとっとと退散しよう。


「それでは、私はこれにて」


 私はギスギスとした権謀術数の世界が嫌になって身を引いたのだ。今日はもう帰って孫と遊ぼう。いや、遊びたい。


「待て、ピンキンス」


 立ち去ろうとする私の背に、王の声が掛かった。思わず身が跳ねた気がした。

 嫌な予感しかしない。


「厳しい情報統制の敷かれている中、最優先される情報を最速をもってもたらしたその手腕。高く評価したい」


「勿体なきお言葉です」


 やめてくれ、自分の思惑の外でされる高評価ほど嫌なものはない。


「そこでだ」


 きたぁぁぁぁぁ!嫌だぁぁぁぁ!!


「ミソとショーユ、であったか?探して来てはくれないか?」


 言われると思った・・・。

 固辞したい、全力で固辞したい。


「その様な大任、既に官を辞した我が身には非常に重うございます。さすれば」


「ピンキンスよ」


 あぁ、王がいい笑顔をしている。何か言葉を間違っただろうか。


「はい」


「この任を大任と言うお前にこそ、頼みたい」


 ⁉︎

 しまった!


「この場において、ジン殿を正しく見ておる者は、実際にあった私とお前だけだ」


 あーあー。


「それに探すとなればトゥガハルム周辺から探る事になろう。となればハルイクスス国周辺に明るく、任務の重要性を知り、かつ現在官職になく自由に動いて怪しまれない者でなければならん」


 あぁ、来週に孫と釣りに行く約束が・・・。


「はい」


「受けてくれるな?」


「はい、この老骨を高く評価していただき言葉もありません。つつしんでお受けいたします」


 どうして・・・こうなった。

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