米の味
グギャギャギャギャギャ
ホッホーゥホホー ホッホーゥホホー
ゲギャー ゲギャー
ピチュン ピチュンピチュン ピギャーーーー
街道の近く、山の麓。
日は落ち、とっぷりと暮れ、今ある明かりは目の前の焚き火ばかり。
周囲を闇に囲まれて、よく分からん野鳥?の鳴き声を四方から聞かされると不安になる。
のだが・・・。
「ジンの作るご飯は美味しそうだなぁ。これが野営の食事とはとても思えん」
「とても良い匂いがします。ジン様はまでも料理も完璧にこなされるのですね」
「ごっはんーごっはんー、久方ぶりの食事が異界の手によるものとはまた乙じゃのぅ」
んー、
慣れてるんだろうか。不安とかそういったモノを一切感じない。
さすがはこの世界の住人。といったところなのか?
「ジン様」
どこかソワソワとしたフーカか話しかけてきた。
「なんだ」
「必要ないとは思いますが、一応結界を張ってもよろしいでしょうか?」
結界?
「安全に配慮するにこした事はないが、どんなものだ?」
「これなのですが」
フーカが自分の鞄から、三角形に丸い玉の乗ったオブジェを取り出した。
「光幕結界といいまして、外部に光を漏らさずに内部を照らし、外敵の侵入をある程度防げるという物です」
それは便利だな。
「使ってくれ」
「はい」
どこか嬉しそうに返事をしたフーカはオブジェの丸い玉から棒の様なモノを引っ張り出し、ズブリと地面に突き刺した。
玉が上かと思ったら下なんだな・・・。
玉の上になった逆三角をカタカタと触り、程なくフォン、という音と共に明るくなった。
玉・・・逆三角を中心に半径3メートルといった所か。
「これ、本当に外から見えないのか?」
真昼、という程明るくはないが、曇り空位には明るい。
「結界展開時に中に入って居た人は出入り自由です。確認しますか?」
「外からどう見えるのかは凄い気になるな。ちょっと見てくる」
「はい」
結界の端、とでも言うのか、境目の所が幕の様になっている。
手で触れて見たが何も感じない。頭を突っ込んでみたら・・・外は夜だった。
外から結界を見てみたら、そこには黒い膜のような感じになっていた。
なるほど、これなら近くまで寄らなきゃ分からない気がする。
結界の中に戻ると心なしか不安そうなフーカが待っていた。
「どうでしたでしょうか?」
「面白かったよ。アレなら近くまで寄らなきゃ何かあるなんてわからんだろう。便利な物があるんだなぁ」
元の世界にもキャンプ用品なんて腐る程あったが、さすがにここまで突き抜けた物はなかった。
やっぱり魔法っていう一点を見れば便利さは元の世界を軽く超えてる。
「ありがとうごさいます」
と、頭を下げるフーカ。
「いや、俺の方がありがとうだよ」
何がこの子をここまで畏まらせるのか?
これから長い付き合いになるんだろうから、少しづつでも原因を探っていった方がいいのかもしれん。
「さて、いい加減メシにしようか」
「はい」
晩御飯に用意した物は米、ローストビーフ、干し肉をダシに使った鍋の三つ。
ローストビーフは鎧をダッチオーブン代わりに作ろうかとも思ったんだが、さすがにやめた。
鎧にヘソを曲げられても困るし、何よりその辺の石を加工すればそれっぽい物も作れる。
鍋は米が苦手だった場合も考えて具沢山にした。
干し肉のダシを主軸に塩と魚醤で味を調えたが、これが結構難しい。
いかに味噌や味醂、醤油、さらにはめんつゆに味付けを頼っていたか考えさせられた。
「さて、お前らちょっと来い」
米を炊いた鍋を前に三人を呼ぶ。
「今から鍋の蓋を開けるから、ちよっと匂いを嗅いでみろ」
「はーい」
「はい」
返事をして寄ってきたビリィとフーカ。無言のままに寄ってきたマオを前に蓋を開ける。
ふわっと立ち上がる蒸気と一緒に米の香りが広がった。
ふむ、炊いてる時から香りはしてたが、やはり悪くない。
「どうだ?この匂いは嫌いか?」
「いや?ちょっと嗅いだ事のない匂いだが嫌という事もない。犬の頃に嗅いだ懐かしい匂いだ。これが米か?」
ビリィに米を食わせた事はないが、毎日炊いてたから匂いは分かるか。
「そうですね、嫌な感じはしません。美味しそうです」
「確かに変わった匂いではあるが嫌な感じはせんのう」
「それは良かったが、フーカの言ってた好みが合わないってのはなんだろうな?」
懸念が晴れたのが、ちょっとだけ謎が残ったな。
「私は倉庫に米がある事自体知らなかったしな。調理方法が違ったとかじゃないか?」
たった四袋しかなかったものな。
「謎だな」
「謎ですね」
「それより早う食わんかのぅ?」
「おう、そうだな」
収納からしゃもじを取り出し、炊きたてご飯をかき混ぜる。硬くもなく、柔らかすぎず、よく炊けてる。水加減がうまくいったみたいでよかった。
しゃもじは日が暮れる前に目を付けておいたホオノキっぽい木から削り出した物を、収納に入れて乾かしていた物だ。
箸としゃもじだけは自前で用意しないといけなかったから、ホオノキを見つけられたのはちょうど良かった。
それにホオノキといったらやはり朴葉だ。抗菌作用があるらしく色々と使える。余ったご飯でおにぎりを作りたかったから、包むのに丁度いい。
ご飯を皿に盛り、その隣にローストビーフを。そして深型の皿に鍋をよそい、トレイに載せていく。
「スプーンとフォークでいいよな?」
「いいよー」
「はい、お願いします」
「儂はナイフも付けて欲しいのぅ」
「はいよ」
三人の食器は同じだが、俺の食器だけはホオノキから削り出した茶碗、お椀と箸だ。
正直、俺も同じ食器で食べたいのだが、米だけはどうしても箸と茶碗が譲れなかった。
全員、焚き火の周りに座ったの見て、手を合わせた。
「いただきます」
さて、食うか。
と、思った所でフーカとマオからの視線に気付いた。なんだ?
「どうかしたか?」
「いや、前から気になっておったが、いただきますとは不思議な言葉じゃと思ってのぅ。ついでに言うなら、そこは作った主人殿が召し上がれ。という所ではないかの?」
・・・。
なんと⁉︎
「なんとなく言ってる意味は分かるよ。私は両方の記憶があるから特に気にならなかったけど、確かに考えてみれば引っかかるかも知れないな」
とは、すでにモリモリと食べているビリィの言葉だ。
こんな所で文化の違いを感じるとは思わなかった。
「まぁ、いただきますってのは、作ってくれた農家さんに、それとその命を糧とする事に感謝する言葉・・・みたいな感じかな?その辺は自由に行こうや」
「農家農家と言っておったが、そんな話しを聞いておると確かに農民に見えてくるから不思議じゃのぅ。
では儂もいただきます、じゃ」
そう言ってマオが皿を持ちスプーンで掬って米を食った。
さ、俺も食おう。
茶碗を持ち、箸でもって米を一口頬張る。
ひと噛みひと噛みするたびに口の中に広がる米の甘さ、鼻から抜けていく米の香り。
あぁ、今、俺、米を食ってるんだなぁ。
「じ、ジン様。どうされました?」
ん?
なにが?と言おうとして頬が濡れているのに気が付いた。
あぁ俺、泣いてんのか。
「おいしかった・・・のですか?」
おいしい・・・?
「いや、不味い」
「え?」
「いや、不味いって事はないな。あまり美味くないというか、甘さが足りないというか・・・形はいいんだが、色々と物足りない味だ。けど、それでも、また米が食えたっていうのは、それだけで嬉しいものなんだよ」
次は肉で米を包み口に入れる。
肉、美味いな。
米単体の旨さは物足りないが、肉の引き立て役、として見るなら申し分ない。
汁も合う。
あぁ、久しぶりにメシ食ってるって気がするなぁ。
「ジン、おかわり」
はえぇな。
「自分でよそえ」
「はーい」
そこで気付いた。
フーカが食べていない。
「フーカ、どうした?」
やはり口に合わなかったか?
「いえ、私は従者ですので」
???
どういう意味だ?
「フーカ、それじゃジンには分からないよ」
皿に大盛りご飯と、山盛りに肉を積み上げてるビリィか言った。
どういう事だ?
いや、それも気になるが、まさかご飯が足りなくなるとかないよな。
「・・・従者とは、主人より一歩後ろに控え、助力し支え、全力を尽くす者を言います」
まぁ、そんな感じだな。
そんなあんまり尽くされたくないんだが。
「その仕えるべき者が主人に気も配らず、食事を共にするなどという事はありえません。ですから」
「なら、従者なんていらないな」
ズズズ、モシャモシャ
うん、うまい。我ながらおいしくできてる。
「ですが、従者とは」
「正直に言っておこう。何故フーカが俺に従者として従いたいのか、何故にそんな一生懸命なのか、よく分からん。ただ何があるのか知らなくても一生懸命なのは分かるから許した。
だけどもな。どんな形であれ、一緒にいるってのは仲間なんだよ。長く一緒に居るとなるなら家族みたいなもんだ。それが一人、一緒にメシも食わず、一人で冷たいメシを食うって言うなら、それは俺にしたら仲間になる事を拒否した。と見える」
フーカを見る。
息を飲んでいるのが分かる。
「従者のあり方なんざ俺は知らんが、一緒にあったかいメシを食えないのが従者だってんなら、そんなのはいらん」
こいつにも譲れないものとかあるかもしれないが、俺にも当然ある。
・・・。
ビリィが山盛りのおかわりを平らげ、3杯目の鍋をよそってる。
鍋、多めに作っといてよかった。
「フーカ、ジンはフーカを家族と同じように扱いたいって言ってるんだよ。家族の中で一人だけに冷えたご飯を食べさせる訳にはいかないだろう?」
ビリィの言葉に、フーカが動揺しているのが見える。
こいつキンパイさんに絡まれた時といい、おいしい所を全部持ってく習性があるのかもしれない。
フーカは姿勢を正し、目を瞑った。一つ二つとゆっくり呼吸したのち、目を開き、俺を見据えた。
「お心遣いに気付かず申し訳ありませんでした。ジン様の思う従者像と、私の思う従者像に齟齬がある事に思い至れなかった私の未熟さに恥じ入るばかりです」
フーカが座ったまま頭を下げた。
お心遣い、か。こいつは俺との間に明確な線引きをして、そこから先には近づかない様にしてるんだな。
「言っておくが、俺はお前が側にいることは認めても、従者としては扱わないぞ?」
扱い方も知らんし。
「構いません。私はジン様の従者としてお仕えする事のみが望みです」
何がこいつにそうさせるのか、さっぱり分からん。けど、従者でなきゃいけない何かがこいつの中に確とあるんだろう。きっとそれは俺の為ではなく、自分の為なんだろう。
「好きにしたらいい。ちゃんと一緒にあったかいメシを食うならそれ以上は何も言わんよ」
「はい、ありがとうございます」
「それに、残ったものをなんて言ってたら、全部あいつに食われそうだしな」
動かした視線の先に、三杯目の大盛りご飯と山盛りお肉を盛るビリィがいた。
「ん?おいしいよ?」
そういう事を言ってんじゃねぇよ。
「そうですね。折角ジン様が作って下さった料理を食べ散らかされるというのは癪に触ります」
そういう事も言ってないよ⁉︎
「いただきます!」
勢いよく手を合わせて俺に向けてにこりと笑うと、勢いよく食べ始めた。
これは・・・アレだな。
五合くらいの米なんて食い尽くされるな。明日のお昼はおにぎりが食いたいから後で追加で炊こう。
やれやれマオには少し多めにご馳走してやらんといかんなぁ。




