第1章 第63話 龍宮流 対 タツミヤ流 その2
~龍宮流 対 タツミヤ流~
アギトは馬から飛び降りると、少し開けた場所に走り出す。それを追うウルフ。残された馬はアギトとウルフを目で追う。首筋に赤い線が走った後、僅かな痛みが走る。ポトリと地面に落ちる首。馬はまだ斬られた事に気付かない。立ったままの胴体からは、噴水の様に血しぶきが舞う。その後、膝から崩れ落ちた。
驚くリリーナ。
「な、何で馬の首が?」
ルナ
「ゼロ距離からの抜刀、『傾斜抜き』」
ミア
「何?」
「技の名前だよ」
バディ
「まさか、あの距離で抜刀していたのか!」
ジーナ
「でも、あの人の刀は鞘に収まったままよ」
ルナ
「神速。それがタツミヤ流」
女性達は馬から降りると、視線でアギトとウルフを追った。
アギトは開けた場所に来ると、足がもつれたのか転倒する。
驚くミア、ジーナ、バディ、リリーナ。
「アギト君!」
「アギト君!」
「アギト!」
「アギトさん!」
だがルナは冷静にアギトの動きを観察する。アギトを追っていたウルフも足を止め、その動きを見極める。
ウルフ
(やはりな!)
アギトは転ぶと同時に、ウルフの右膝めがけ抜刀していた。
ルナがつぶやく。
「『風車抜き』」
ウルフは国切丸の間合いから逃れる為、後方へと退く。アギトはそのまま一回転すると、地面を蹴って跳躍、ウルフを追撃する。既に抜刀している国切丸を、左から右へと振り抜く。ウルフは再び後方へと跳躍する。上半身をアギトの方へとねじり己の刀を抜刀、国切丸を迎撃する。ウルフの切先と国切丸の切先が交差し火花が飛び散る。それを二回連続で繰り出す二人。
ルナ
「坊やのは『波切の太刀』、あの人のは変則の『波切の太刀』」
アギトが地面に着地すると、間合いを詰めるウルフ。ウルフは右下から左上に斬り上げると、それを膝抜きでかわし、同じ技できり返すアギト。
ウルフ
(やるな。ならこれはどうだ)
アギトは左薙ぎを仕掛けるが、それより早くウルフがアギトの顔めがけて刺突する。
(流水か! ならば)
右半身を捻り避ける。しかし、右肩に振り下ろされる筈の刀は軌道を変え、アギトの首を刈りに来る。
(不味い、変形の流水!)
咄嗟に左に飛びのく。だが、そのせいで態勢を崩す。ウルフはその瞬間一歩踏み込み、今度は腹部に刺突を仕掛ける。それを何とか国切丸で払う。
ウルフ
(崩れた態勢でよくしのぐ)
再び態勢を崩し地面にしゃがみ込むアギト。
ウルフ
(誘い? いや違う!)
唐竹割でアギトの頭上を狙う。
(すまねえな、坊主。その首もらうぜ)
だが国切丸を頭上にかざしウルフの唐竹割を防ぐ。
ウルフ
(これもしのぐか)
アギトは次の技を繰り出そうとするウルフよりも早く右足で地面を蹴ると、そのまま逆風を仕掛ける。ウルフの体を国切丸の刃先がかすめると、頭上で向きを変え再び唐竹割に変化し、振り下ろされる。
「ぬぅー!」
ウルフは左に避けると、そのままアギトに密着し柄頭で右太腿の経穴を突く。
右足の自由を奪われるアギト。
「ぐっ!」
(しまった! ここで点穴を仕掛けてくるとは!)
さらにアギトの左小指を折りに柄頭で突きを入れる。それを国切丸の柄で受け止める。
(小指を折って力を削ぐつもりか? ならこれはどうだ)
再びアギトの左小指を折りに柄頭で突きを入れるウルフ。しかし、そこには左手はなく、代わりに柄の下の部分を突いてしまう。
ウルフの勘が危険を感知する。
(まさか!)
アギトは右手で柄の上の部分をしなやかに握っていた。そのためウルフの突きで国切丸の刃が信じられない速さでウルフの首を刈りにいく。
(やるな、坊主!)
ルナ
「あれは『天秤』!」
バディ
「なんだ?」
「まさか、あのタイミングで」
「だから、なんなんだ?」
「坊やの右手首が支点、柄頭が力点。つまりテコの原理を応用した技さ。柄頭を突いたせいで、坊やの刀がてんでもない速度で自分に向かってきたのさ。相手の力が強い程、速さと力は増すからね」
唖然とするバディ。
「そ、そんな事が出来るのか! すごいな龍宮流は」
「凄いのは坊やさ! あの状況であの技を使うとは! アタイには出来ない」
バディはルナから視線を外すと、再びアギトを目で追う。
(負けるな、アギト!)
慌てて距離をとるウルフ。
「やるな、坊主!」
アギトはその間に右太腿の経穴を突き、自由を取り戻す。そして切先をウルフに向ける。
「これから反撃させてもらうぞ、ウルフ!!」
「いいだろう、来い坊主!!」
お互い態勢を整える。
一連の攻防を見ていた女性達も一息つく。
ジーナに話しかけるリリーナ。
「今のあ、危なかったですよね?」
ジーナ
「え、えぇ。でもアギト君も反撃に出てるわ」
ミア
「アギトから聞いてたけど、ここまで強いのか、アイツ」
ルナ
「あの人の実力は、まだまだこんなものじゃないよ」
(アタイにカッコイイところ見せてくれるんだよね、アンタ)
女性達は再び二人の戦いを見入る。その頃村の住人も異変に気付いたのか塀の外を見る。その中にブルックとパイロンの姿もあった。
村の塀の外に移動するパイロン。
「な、何だ?」
パイロンの後ろに立っていたブルック。
「あ、あれはリリーナさん達」
ブルックがリリーナ達の方を指さすと、その方向を見るパイロン。
「何でうちに戻って来ないんだ? うん、連れがいるのか?」
ルナの存在に気付くパイロン。
リリーナ達の視線の先を見るブルック。
「に、兄さん、あれ」
ブルックが指で指す先にはアギトとウルフがいた。
「あ、あれ、アギトじゃないか?」
「ここじゃ遠いわ、もっと近くに」
歩を進めようとするブルックを止めるパイロン。
「何か変だ、ここで様子を見よう」
「でも」
アギトを心配そうに見つめるブルック。
「アギトさん……」
アギトはウルフとの間合いをつめると、ウルフも間合いをつめる。お互い絶対の間合い。対峙する二人。
アギトを見るウルフ。
(あれを仕掛けるのはまだ早い、もう少し坊主の目を慣らさないとな。しかし、それまでもつのか? 予想はしていたが、かなり厳しいぜ)
アギト
(この前の戦いは二体一だったから防戦一方だった。だが、この男、一人でも強い!! それになんだあの目は)
アギトはウルフの目を見て、何かを感じ取る。その瞬間ウルフが仕掛ける。下半身を固定し大地をしっかり踏みしめる。上半身を緩くし腕を鞭の様にしなやかにする。そこから繰り出された切先は、信じられない速さで空間を縦横無尽に走り出す。それに応えアギトも国切丸を走らせる。右から左、左から右、上から下、下から上。互いの刀先は交じり合うことなく、相手の体を傷つけていく。赤い墨汁を浸した筆で振りぬいたかの様に、二人の血で地面は紅く染まっていく。
お互い致命傷ではない。が、地面が朱色に染まっていく様子は尋常ではなかった。
ミア
「ア、アギト」
ジーナ
「アギト君」
リリーナ
「ア、アギトさん」
ルナに問いかけるバディ。
「あ、あの技は?」
ルナ
「『達磨斬り』」
「『ダルマギリ』?」
「無呼吸で斬りあう技だよ。あれにかかれば、人の体はさいの目ぐらいに細かくなって終わりさ」
『ゴク』
唾を飲み込むバディ。
アギトとウルフ。互いに『達磨斬り』を繰り出してから三分、いや二分ぐらいだろうか。その凄まじい運動量と無呼吸の為、互いの顔が青紫に変化していた。酸素を取り込まない事によって起こるチアノーゼ状態。酸素不足が二人を襲う。アギトよりウルフのそれが酷かった。
ウルフ
(坊主も苦しそうだな。ここらで一旦、間を置くか)
後方に飛ぶウルフ。
それに反応するアギト。
(ここが正念場だ、逃がさん!)
追いかけるアギト。
アギトの反応に驚くウルフ。
(何だと! 何んで追撃できる!? そうか俺より坊主の方が若かったんだな、忘れてたぜ。くっ、歳は取りたくないもんだな)
ウルフが後方に飛ぶ距離よりもアギトの跳躍力がそれを上回る。ウルフは後方、アギトは前方、そこに差が生まれる。その為ウルフの懐に入り込む形になる。
ウルフ
(これ程の接近で繰り出される技は多くない。何を仕掛けてくる、坊主!)
超接近戦を挑むアギト。
(ここから繰り出す技はこれだ!)
アギトは右肘を折り畳み、胸に対し国切丸を水平にする。左肘も折り畳むと左脇に垂直に密着させ、握りこぶしを作る。左手首に鎬(正面の切れる側ではなく背面)を当て、左足を軸に右足で地面を蹴る。回転を始めるアギト。
「喰らえ、ウルフ!!」
自分の懐で回転を始めるアギトを感知すると、刀を垂直にし防御を固める。それと同時に再び後方へ飛ぶ。
「やはり『旋風』!」
高速で回転を始めるアギト。一回転、二回転、三回転と国切丸はウルフの刀を削っていく。激しく火花が飛び散る。だが、四回転目でウルフはアギトから離れた。アギトは折り畳んでいた右手を伸ばすと、国切丸はウルフの胸元を切り裂く。
ウルフの胸から血が溢れ出す。
(ちっ、離れ際を狙われたか!)
それを見ていたルナは思わず声を出した。
「アンタ!!」
喜ぶバディ。
「いいぞ、アギト!」
ミア
「いけー、アギト!」
ジーナ
「その調子よ、アギト君!」
リリーナ
「アギトさん、頑張って!」
一喜一憂する女性達。
~十九代目 対 19代目~
アギトとウルフは一旦距離をとると、相手を警戒しながら呼吸を整える。
(だいぶ種をまく事が出来た。だが、まだだ)
刀を鞘に納めるウルフ。
(何だ? なぜ納刀する?)
不審に思うアギト。
「坊主、いやアギト。ここでもう一度自己紹介をさせてもらうぜ」
(このタイミングで? 何だ? ……あえてのってみるか)
「いいだろう」
アギトも納刀する。
それを見たウルフ。
(よし)
「お前も気付いてるだろうが、俺の使う流派はタツミヤ流だ」
軽く刀の柄を叩く。
「この刀は俺の相棒で名は新月」
ウルフは自分の刀の名称を教える。
アギトは納刀された刀に視線を移す。
(新月? どこかで聞いた事が……)
「そしてこの俺はタツミヤ流抜刀術・19代目当主タツミヤ・セイジ。ウルフは通り名だ」
「な、何だと!? タツミヤ流19代目当主!? 龍宮姓だと!?」
(何だ、どう言う事だ?)
アギトは驚きながらもウルフの動きに警戒する。
「おい、どうした坊主?」
アギトの余りの驚きにウルフも驚く。
「いいだろう、お礼に俺も名乗らせてもらおう」
「ほう」
アギトは左半身をやや前に出し、納刀した国切丸を見せる。
「この刀の名は国切丸」
「いい名だな」
「そして俺の名は龍宮アギト。龍宮流抜刀術・十九代目当主」
「な、何だと、お前も龍宮流の当主だと!? しかも十九目だと!?」
アギトと同じ様に驚くウルフ。
「ど、どうなってやがる!」
「こっちが聞きたい」
「そういや、お前は異世界人だったな」
「そうだ」
ウルフの顔が微妙に変化する。
(……まさかな。いや、ありえない事はないか)
ウルフの微妙な表情を読み取くアギト。
(こいつ、何か知ってるな。『異世界人』と言う単語でわずかに表情が変化した。どうやら『異世界人』がキーワードみたいだな)
「なに一人で納得している。心当たりでもあるのか?」
「いや、何でもない」
「そんな風には見受けられなかったぞ。『異世界人』と言う言葉で表情が変化したみたいだが」
(こいつ、顔の変化で俺の心を読み解りやがった)
「気にするな」
「……そうか」
「さて、正式な自己紹介も済んだところで、続きを始めるかアギト!」
「いいだろう」
二人は絶対の間合いまでつめていく。
ウルフ
(ここでダメ押しをするか)
「アギト、ここで依頼の内容を教えてやる」
(このタイミングで?)
「なぜ喋る気になった?」
「何となくだ」
「せっかくだ、教えてもらおうか」
「依頼内容は全部で三つ。まず一つ目はお前の命」
「だろうな」
「そしてもう二つ目は、姫さんの確保」
「それも想定内だ」
「そして、三つ目……バディ、ジーナ、ミア、三人の女の命」
これを聞いた瞬間、アギトの怒りは瞬く間に頂点に達した。
「キサマ!!」
ウルフに投げつけられる殺気。それが周りの空間を圧迫する。
「やれるモノなら、やってみろ!!!!」
その殺気に気圧けおされるウルフ。
(ルナから聞いてはいたが、これ程とは!)
「彼女達には指一本触れさせない!! ここでキサマを斬る!!!!」
国切丸の柄に右手をかざすアギト。
(最後のは俺のフェイクだ。だがこれで坊主は完全に冷静さを失った。後は予定通りに仕掛けるだけだ)
「俺をナメてもらっちゃあ困るぜ、坊主!!!!」
ウルフも莫大な殺気をアギトに叩きつける。それはアギトと同等、いや、上回っていた。
逆に圧迫されるアギト。
「こいつ!!!!」
アギトとウルフの殺気がぶつかり合うと、それがルナ達のいる空間まで圧迫する。
息苦しさを感じるルナ。
「ここまで殺気が押し寄せてくるとは!」
ジーナ
「まるでコーカス村の時のアギト君みたい!」
ミア
「ボクもそれを感じた」
リリーナ
「でも何で、何で突然こんなに!?」
バディ
「何か話してたみたいだが……」
ルナ
(多分、あの人が仕掛けた罠。さぁ、どう出る、坊や?)
対峙する二人の男。一人の男は女を守るため。もう一人の男は金のため。目的は違うが、お互い譲れないモノだった。お互い自分の愛刀に手をかけ、その時を待っていた。
(いつでもいいぜ、坊主!)
だがお互い見合ったまま時間が流れる。
息を飲むルナ、リリーナ、ジーナ、ミア、バディ。同じく戦いの様子を見ていたブルックとパイロン。それにサソ村の人々。
(これじゃ、埒が明かないぜ。仕掛けやすい様に隙を作ってやるか)
ウルフが柄からわずかに手を離す。それを見逃さないアギト。
「おりぁーーーー!!!!」
気合一閃アギトの鞘から白刃が放たれる。その刃は逆袈裟懸けでウルフの体を駆け上る。わずかに遅れてウルフの新月が逆袈裟懸けでアギトの体を駆け上がった。
バディ
「アギトが速い!!」
ルナ
「アンタ!!」
再び静寂がおとずれる。しかし、アギトの額からは汗が流れていた。不敵に微笑むウルフ。その瞬間、晴れ渡った青い空を、若い男の血しぶきが覆い隠す。
「ぐっわーーーー!!!!」
膝から崩れ落ちるアギト。リリーナ、ジーナ、ミア、バディは呼吸をするのを忘れアギトを見る。
リリーナの声が響き渡る。
「アギトさーーーーん!!!!」
倒れたアギトの周辺には、赤い湖が発現していた。




