第1章 第56話 アギトの苦悩
ある森の中で、ガラの悪い男達がたむろしていた。その中にいた一人の若い男が年配の男に声をかける。
「親分、万事屋のこと信じるんですかい?」
「信用するはずねぇだろう」
「でも昨日親分は、アイツと約束を交わしたじゃねえですか?」
「とりあえずだ」
「と言うと?」
「今回は万事屋からの仕事の申し入れなんだが、なんかしっくりこねぇ内容だ。この前一緒に仕事したが、胡散臭さは消えてねぇ。この世界は相手を信用しすぎると不味い」
「へい」
「前回は俺の方から万事屋に助っ人を頼んだ。だが今回はヤツの方からの頼みだ。この世界は借りたら返すのが掟だ」
「そうでやんすね」
「だがよ、なんかしっくりこねぇんだ」
「妙に胸騒ぎがするんだ」
「と言うと?」
「万事屋は用心棒としての剣の腕は確かだ。だが、なんか一癖も二癖もあるように思えてならねぇ」
「確かに怪しい感じがしやすね」
親分と言われた男は少し考える。
「まぁ、いざとなりゃ万事屋を裏切りゃいいだけの事。こっちは20人、相手はたったの2人だ。しかも、そのうちの1人は女だ。いくらアイツが腕がたつって言っても、これだけの人数を相手にする事は出来ねぇはずだ」
「さすが親分、頭がいいや」
「それに連れの女は、ヨダレが出る程の美人だ」
アゴに滴るヨダレを手で拭う子分。
「確かにアノ女とはお手合わせしたいでやんすね」
「あぁ、ベットの上でな」
「「あっははははは!!」」
「で、親分、仕事は確か?」
「今日の夜の8時よ」
「段取りは……」
昨日の事を思い出す盗賊の頭。
「おい万事屋、何で村を襲うのに夜中じゃねえんだ?」
黒髪と間違いそうなくらいの濃紺・長髪の男が返事をする。
「確かにただ略奪するなら深夜がいい。けどな、今回は金品じゃない。女だ」
「そんな事はわかってる。俺が言いたいのは…」
「まぁ、最後まで話を聞けって、親分さんよ。深夜、灯りのない状態で家に忍び込んで女を捕まえても美人かどうか、若いかどうかわからねぇだろう? それに家の中から女を抱えて連れ出すには骨がおれる」
「そうだが、仕事するなら深夜のほうがやり易いってもんだ」
「だが、そのせいでとんでもない醜女を連れ帰ったらどうするんだ? どうしようもないぜ」
「そりゃそうだ」
「だろう? それにあの村では明日の夜、祭りがある。村の人間は皆家から出て、村の真ん中にある焚き火を囲み、そこで飲み食いをするんだ。それなら焚き火で女の顔も確認できるし、馬で連れ去る事も簡単だ。成功間違いなしってもんだ。そうなりゃ親分の株も上がるってもんだぜ」
「……分かった。だが村の自警団の奴らが追って来るんじゃねえのか?」
「それは任せてもらおう。親分達が逃げる途中で俺が出て行き、自警団の奴等を仕留める」
「お前の腕は前回の仕事で見させてもらったからな、そこは信用している。万一、お前が村の奴等に捕まったら助けに行ってやら」
「すまねえな」
「な~に、いいって事よ。ついでに金品も頂きたいもんだな」
「欲をかくと危険だぜ」
盗賊の頭は軽く笑う。
「ふっ」
「仕掛けるのは明日の夜8時だ。まぁ、これからも仲良くしようや、親分さん」
万事屋が帰ろうとした時、声をかける頭。
「ところで、お前の女はどうするんだ? 連れて来るのか?」
「野暮な事は聞くなよ、親分。そんな美味しい所にアイツを連れて行けるか! 家で留守番に決まってるだろう」
「まぁ、村の女達と仲良くしようって時に、自分の女を連れて来たら不味いわな」
頭をかく万事屋。
「そう言う事だ。でないと俺がアイツに殺される」
大声で笑う年配の男。
「わはははははは! まぁ、よろしく頼むわ!」
「おう!」
子分に話かける年配の男。
「段取りは…今言った通りだ。わかったな?」
「へい」
「村の奴らが祭りで気が緩んでいる時に、女共をかっさらう。ついでに金品もな」
「ですが、それじゃ万事屋との約束は…」
「裏切りゃいいだけの事よ」
「じゃ、アイツが村人に捕まっても」
「誰が助けるか、捕まる奴が悪いんだよ。それにアイツの腕だ、何とかするだろうよ」
「わかりやした。ところで、あの村を囲んでる塀は丈夫な造りでしたね」
「今回塀は関係ねぇ。正門から乗り込む」
「大胆でやんすね」
「あぁ、だが今回はそれがやり易い」
「イイ女がいるといいんですがね」
「なぁ~に、1人や2人はいるだろうよ」
「そうでやんすね」
「さて、そろそろ準備にとりかかるぞ」
「へい」
~サソ村~
時間は8時少し前。村の中央では大きな焚き火がたかれていた。その周りを村民が食べ物を持ち合い楽しく過ごしていた。村の男性。
「村長、今年も作物が豊作でなによりでしたね」
「これも皆が頑張ってくれたおかげじゃ」
「何もない村ですからね。真面目さだけが取り柄ですよ」
「そうじゃの」
その時、多数の蹄の音が聞こえてきた。村長。
「なんじゃ?」
「私が見て来ましょう」
「すまな…」
村長が言い終わる前に馬に乗った荒くれ共が現れた。その中から年配の男が声を上げる。
「これからこの村の女共を頂いていく。抵抗する奴は容赦なく斬る。命が欲しければジッとしてろ!」
盗賊の子分が声を発する。
「そう言う事だ。みんな静かにしてろ!」
そこに村の若い者が武器を取りに、家に戻ろうする。すると子分の一人がそれを背後から槍で突き刺す。
「俺達はお前等の命をもらいに来たわけじゃねぇ。ただ、ちょっと金目のモンと、女をもらいに来ただけだ。抵抗しなけりゃ命までとらねぇ!」
村長。
「ふざけるでない。そんな要求はのめん!」
「お前が村長か?」
「いかにも」
盗賊の頭はいきなり槍で村長を刺す。
「ぐほっ!」
その場で倒れこむ村長。辺りに村長の血が流れる。それを見た村人が駆け寄る。
「村長!!」
「急所は外してある。だが、今度なめた事を言うと、次は外さねぇ」
盗賊達の数人が村人の監視につく。残りの者は家に侵入し、金品を運び出す。
「親分、コイツ等は随分と溜め込んでやしたぜ」
「そうか。それじゃ、次は女だな」
盗賊達は女を物色すると好みの女を抱きかかえる。
「おい、野郎ども持ち帰れるの各自一人だけだ。それ以上は馬に乗せれねえからな」
すると子分の一人が何かを見つけ、頭に声をかける。
「親分、馬車がありますぜ。この馬車を使えば、もっと連れて帰れますぜ」
「仕方ねえな。よし、早速取り掛かれ。アイツとの約束もあるからな」
「へい」
村の若い男達。
「くそう、このまま何も出来ないのか!」
横にいた若い男。
「待って、今は不味い。盗賊達が逃げる時に仕掛けよう。今は不利だ」
「わ、わかった」
馬車には女性と金品が積み込まれ、盗賊達の馬にも女性や金品が積まれていた。
「親分、用意できやしたぜ」
「じゃ、最後に門の近くにある家に火をつけな。そうすりゃ火を消すのに手間がかかる。逃げる時間も稼げるってもんよ」
「分かりやした」
「じゃ、ずらかるとするか」
「「「「「へい!!!!」」」」
馬車や馬から身を乗り出し、夫や父親に助けを求める女性達。
「あなたーーーー!!!!」
「お父さーーん!! 助けてーーーー!!!!」
「心配すんな、後で俺達が優しく可愛いがってやるからよ」
盗賊の一人が女性達に声をかけると、周りから男達の笑い声がする。
「そう言う事だ! わはははは!」
20人からなる盗賊達は一斉に正門から駆け出して行く。自警団はすぐに集まると二手に分かれた。一組は消火に、もう一組は盗賊の後を追う為に武器を手にする。
「逃がすな、絶対に女房、娘を取り戻すんだ!!」
「「「「「オォーーーー!!!!」」」
~アギトの苦悩~
アギト達一行はフィル村を出て3日後の夜、サン村の近くまで来ていた。
リリーナが馬上でアギトに話かける。
「兄様、やっとここまで来ましたね」
同じく馬上で返事をするアギト。
「あぁ、なんの障害もなく来れたな」
ミア。
「今夜はサソ村で泊まるんだよね?」
「そのつもりだ。流石に風呂に入りたいし、野営は疲れた」
男装のバディ。
「息抜きも必要だしな」
「それにリリーの背中の地図を確認する必要もある」
ジーナ。
「じゃ、私がリリーちゃんの背中を確認するわね」
ジーナに頭を下げるリリーナ。
「ジーナさん、お願いします」
喜色を表すミア。
「やったー、今夜はベットで寝れるんだ!」
「そうだな」
アギトはミアに返事をすると、ただならぬ雰囲気が村を覆っている事に気付いた。
「なんだ、何か様子が変だぞ」
リリーナ達も異変に気付く。
「そうですね」
微かに血の匂いが漂う。意識を集中すると、僅かだが女性の悲鳴も聞こえてくる。目を凝らすアギト。
「あ、あれは村が襲われてるんじゃないのか!?」
ジーナ。
「まさか?」
ミアも異変に気付く。
「でもアギトの言う通りかもしれないよ、姉さん」
目を凝らすバディ。
「アギトの言う通り、村が襲われている。火の手が見える」
村を救おうと手綱に力を込めるアギト。だがそれをやめる。
不思議に思うリリーナ。
「なぜ助けに行かないんですか、兄様?」
「予定を変更する。今夜はここから離れた場所で野営しよう」
「えっ、どうしてですか?」
神妙な顔つきのアギト。
「折角、追っ手から逃れる事が出来たんだぞ。ここであの村を助ければ俺達は痕跡を残す事になる。そうなれば帝国なり大王国は、それを手掛かりに俺達の居場所を突き止めるはずだ。それは避けたい!」
アギトからそんな言葉を聞かされるとは思っていなかったリリーナ達は一様に驚く。リリーナは激しくアギトに抗議する。
「兄様! それではあの村は?」
「見捨てる」
「兄様、それは人として…」
リリーナの言葉を遮るアギト。
「くどい!」
アギトが馬から下りると、彼女達も馬から下りる。アギトは女性達を見渡すと、リリーナに視線を合わす。
「俺は出来る限り皆を危険な目に合わせたくない!」
「ですが」
「今夜は野営だ、リリー!!」
そう言うとアギトは、うつむき気味にリリーナから視線を外す。
食い下がるリリーナ。
「兄様!!」
リリーナはアギトの視線の先を追って行くと、アギトの拳が小刻みに震えているのに気付いた。
もしかして兄様は、本当は……。
「兄様の本心を教えてください!」
「俺はあの村を見捨てると決めたんだ。それが、一番いいんだ!」
たまりかねたミアが声を発する。
「見損なったよ、アギト!!」
「なんと言われてもいい、さっき言った言葉が本心だ!」
怒りを露わにするジーナ。
「アギト君!! コーカス村の事を忘れてしまったの!?」
「忘れる訳ないだろう!! だが、あの村には思い入れはない。だから助ける必要はない!!」
同じく怒りを露わにするバディ。
「お前はそんなに冷たい男だったのか、アギト!!」
「うるさい!!」
リリーナ。
「では質問しますが、兄様は何でそんなに強く拳を握ってるんですか?」
ジーナ、ミア、バディがアギトの手を見ると、力が込められている為か拳が小刻みに震えていた。
ミア。
「ひょっとしてアギト…」
リリーナ。
「何で唇から血が流れてるんですか?」
アギトは無意識のうちに強く下唇を噛んでいた。その為、口元から一筋の血が流れていた。
「こ、これは…」
慌てて口を拭うアギト。そんなアギトの両肩を掴むと、激しく揺さぶるリリーナ。
「ちゃんと私の目を見て話をしてください。兄様は、いえアギトさんはいつも私の目を見て語りかけてくれました。それがなぜ出来ないんですか!!」
うつむいたままのアギト。
「……」
「アギトさん!! 貴方の本当の心を教えてください!!」
「俺は……」
「アギトさん!!」
しばしの間、沈黙が続く。
「……助けたい……出来る事なら助けたい」
囁く様な声でつぶやくと、やっと顔を上げるアギト。
「なら、助けてあげてください!」
「それが出来ない理由を今言っただろう、リリー!!」
「私が聞きたいのはそんな建て前ではありません!! アナタの心が本当は何を欲しているのか、それを聞きたいんです!!」
アギトはリリーナの手を振りほどくと、今度はアギトがリリーナの両肩を掴む。そして、彼女の目を真っ直ぐ見据えて叫ぶ。
「助けたいに決まってるだろう!! 今すぐにでも駆け付けて助けたい!! だってそうだろう? 俺にはあの村の人達を助ける力があるんだ!!」
ホッとするリリーナ。
「やっと、心の内を教えてくれましたね、アギトさん。貴方が私を、いえ、私達を大事に思ってくれているのはわかっています。痛いほどに」
リリーナはそう言うと目をつぶり、両手を自分の胸の上に置く。
「本当に感謝しています。今回の旅にアギトさんが同行してくれるだけで、どれだけ心強いか」
「リリー」
「この旅できっと、何かわかると思います。それが私に関わる事なのか、それともアギトさんに関わる事なのかはわかりません。ですが、この国の人達を守れる何かだと私は思います。だけど、その為に、あの村の人達が犠牲になってもいいなんて事はありません!
今あの村を放置すれば、明日多くの村人が悲しみに包まれるでしょう。でもアギトさんがその力を行使すれば、その悲しみを笑顔に変える事が出来るんです。いつもの日常に戻る事が出来るんです」
まだ躊躇するアギト。
「ここまで言ってもわかってくれないんですか? 助けに行ってくれないんですか? 心にわだかまりをを抱いたまま、この先旅を続けるんですか? なにより貴方は後悔しないんですか!?」
「それは……」
「私は出来る事なら犠牲を出さずに、この国の人達を幸せにしたいと思ってます。彼等を助ける事で厳しい旅になると言う事も分かります。でも小さい村を守る事が出来ないのに、より大きなこの国の人々を守る事が出来るんですか!?」
「……」
「私の言う事が我儘だと言う事はわかってます。青臭い事だと言う事もわかってます。それでも私は目の前で泣いている人がいれば、放っておく事は出来ません。ですからアギトさん、どうかあの村の人達を助けてあげてください。お願いします」
リリーナはアギトに向かい、頭を下げた。
「リリー」
ミア。
「ボクもリリーと同じだよ。お願いだよアギト、あの村の人達を助けてあげて」
「ミア」
バディ。
「アギトは以前、敵であった私を助けてくれた。私が敵の罠に落ちた時、お師様はもうこの世にはおられず、誰にも頼る事はできなかった。泣いても誰も助けに来てくれなかった。そんな私を救い出し、勇気を与えてくれたのはキミだ、アギト。それがどんなに嬉しく、どんなに励まされたことか。だからアギト、あの人達にもキミの強さを、その優しさを、少しでいいから分けてあげてくれないか。頼む」
アギトに頭を下げるバディ。
「バディ、もういいから頭を上げてくれ」
アギトはリリーナ、ジーナ、ミア、バディの顔を見る。
「俺はもう少しで人の道を踏み外してしまうところだったな。気付かせてくれてありがとう、皆」
ジーナ。
「もう答えは出たみたいね。いえ、最初から答えは出ていたのよね、アギト君。リリーちゃんの事は私達が必ず守るから行ってあげて」
「ジーナさん…わかったよ。皆、これから助けに行って来る。ジーナさん、ミア、バディ、リリーの事をよろしく頼む」
今度はアギトが彼女達に頭を下げる。その様子を見たリリーナ達の顔に笑顔が戻る。
ミア。
「ボク達のことをもっと信じて、アギト」
ミアの目を見てうなずくアギト。
バディ。
「アギトの力で、あの人達に希望を与えてくれ」
「わかったよ、バディ」
リリーナ。
「アギトさん」
「リリー、行って来るよ」
「気を付けて、アギトさん」
「あぁ」
アギトは馬上の人となると、紅く燃え上がる方向に馬を駆る。
遠のいて行くアギトの背中を見つめながらつぶやくジーナ。
「アギト君てしっかりしてるけど、たまに世話が焼けるわね」
リリーナ。
「そこがアギトさんの強さであり弱さだと思います」
ジーナは唇に指を添えてしみじみつぶやく。
「そこが私の母性本能をくすぐるのよね」
バディ。
「アギトは頭がきれる分、私達より多く悩み苦しむんだ。心根は真っ直ぐだからな」
ミア。
「そうだね。でも、それは多分、ボク達の事で悩んでるんだと思う」
ジーナ。
「アギト君に負担をかけない様にしなくちゃね。それじゃ、あそこの木の下にかくれましょうか」
リリーナ。
「そうですね。あれ程アギトさんの尻を叩いたんですから、少しでも彼の負担を減らさないと」
こうしてリリーナ達は木の影に隠れる事となった。




