第1章 第52話 ベルタ・バーガー その2
クレアはお茶を飲もうと、各部屋に声をかけた。最初に現れたのはバディ。
「こんな時間にお茶を飲むんですか、クレアさん?」
時間は夜10時を過ぎていた。
「当分、会えなくなるんだからいいでしょう、バディちゃん」
「確かにそうですね」
次にジーナとミアが現れた。
ジーナ。
「お母さん、本当にお茶をするの?」
「えぇ。このフィル村で採れた茶葉よ。だから飲んでみたいと思わない?」
ミア。
「へぇ~。それじゃ、早く飲もうよ」
「待って、リリーちゃんとアギト君が…」
クレアの話の途中で現れるリリーナとアギト。2人が席に着く。そして、皆がアギトの顔を見ると、一同は驚く。
ジーナ。
「ど、どうしたの、アギト君! その顔は?」
バディ。
「だ、誰にやられたんだ?」
ミア。
「アギト、その無数の傷は?」
アギト。
「心配しなくてもいい」
ベルタがいるのに敬語で喋らなくなっているアギト達。
ジーナ。
「リリーちゃんにやられたの?」
お怒りモードのリリーナ。
「知りません。本人に聞いてください!」
うつむきながら答えるアギト。
「……少し、リリーに質問しただけだ」
ミア。
「何を質問したんだ?」
「……」
バディ。
「リリー、アギトに何を質問されたんだ?」
リリーナ。
「……」
クレアが助けに入った。
「どうせアギト君が、リリーちゃんにイケナイ事を聞いたんでしょう?」
アギト。
「……まぁ、いいじゃないか。それより何か用事があったんじゃないのか?」
ミア。
「あ、ごまかした!」
クレア。
「ミア、もうよしなさい。お茶が飲めないでしょう」
クレアから説明を受けるリリーナとアギト。その間もジーナ達の視線を浴びるアギト。その中にはベルタの視線も含まれていた。アギト。
「お茶会なのか? こんな時間に?」
「まぁ、当分お茶も飲めないかもしれないじゃない」
「そうだな。じゃ、お茶の用意が出来るまででいいからジーナさん、俺の顔に回復魔法をかけてくれないか?」
立ち上がろうとするジーナにリリーナがストップをかけた。
「ジーナさん、こんな兄様に回復魔法なんてかける必要はありません!」
「かなりご立腹ね、リリーちゃん」
「兄様には、少し反省をしてもらいます!」
「分かったわ」
立ち上がろうとしたジーナは再びイスに腰をかける。がっかりするアギト。そんな状況を見たミアがアギトに声をかけた。
「代わりにボクが回復魔法をかけるよ」
「す、すまない、ミア」
リリーナ。
「ミアさん!」
「いいじゃないか、リリー。アギトが痛がってるんだから。アギトはいつもボク達の為に頑張ってるんだ。変な質問したぐらいで腹を立てるのは大人げない」
「なっ!」
ムッとするリリーナ。そこで、ミアに耳打ちするリリーナ。するとアギトに回復魔法をかけようと立ち上がっていたミアは、アギトの顔を見て再びイスに腰をかける。
「う~ん、アギトが悪いかな。でも、お茶会が済んだら回復魔法をかけるよ。それまで我慢して」
ミアがジーナ、バディ、クレアと順番に耳打ちをする。肩をすくめるアギト。半笑いのクレア。
「まっ、たまにはいいんじゃない? 年相応のアギト君を見たの初めてよ。前から思ってたけど、アギト君ってかなり大人びいてたから」
リリーナ。
「そう言えば、そうですね」
ジーナ。
「年上の私から見ても、アギト君は年上に感じるところがあったわ」
バディ。
「私もだ」
ミア。
「それは言えるね」
皆の視線がさらにアギトに集中する。ベルタもアギトを見ていたが、お茶の用意をする為、一度席を外した。その後ろ姿を眺めるアギト。
なんだ、ベルタさんのあの視線は? まるで人を観察している様だ。
お茶を堪能したアギト達は、全員宿に戻って行った。クレアも一度、宿に帰るが村長の家に再び戻る。その頃、ミアはアギトの部屋を訪れ回復魔法をかけていた。そして、明日からの意気込みをアギトに話すと自室に戻った。
アギト。
「ベルタさんのあの目が気になる。何なんだ、あの鋭い視線は? リリーにも同じ視線を投げかけていたな。探ってみるか」
アギトは部屋を出ると、クレアの部屋の前を通る。
クレアさんいないのか。それと……。
アギトは宿を出ると、暗闇に紛れ村長宅へと向かった。
村長の家のリビングで話をするクレアとベルタ。
クレア。
「どうだった?」
難しい顔をするベルタ。
「姫様の未来はかなり苛酷ですね」
「どう言う事?」
「姫様のあの黒くくすんだオーラの中心にあるのは、ただの黒ではなく漆黒。あれは姫様の努力だけでは何ともなりません」
「それって」
「このまま行けば、そう遠くない未来に残酷な結末を迎えられます」
「どう言う事なの?」
声を潜めてクレアの耳元で語るベルタ。
「……亡くなられます」
「まさか!? 死因は何? 誰が関わっているの?」
「そこまで詳細な事は分かりません。これはあくまでも占いです」
「そ、そうね。ゴメンなさい、取り乱して」
「いえ、かまいません」
「話を続けて」
「姫様はすでに亡くなっておられても、おかしくはないお方。それほど悪い運気です」
「なら、どうして今も健在なの?」
「それには、ある人物が関わっております」
クレアの脳裏に、ある人物の顔が浮かび上がる。
「ひょっとして、アギト君?」
うなずくベルタ。
「あの青年の発する金色のオーラが、姫様の黒いオーラを浄化しております。それによって姫様は命を長らえております」
「もし、アギト君がいなかったら?」
「酷い環境におられるか、もしくは亡くなられておられるか。そのどちらかと」
目を見開きベルタの顔を見るクレア。
「ではリリーちゃん、いえ、姫様の未来を、運気を変えるにはアギト君の力が必要なのね」
「はい」
「もし、離ればなれになったら?」
「少しの時間なら問題ないと思います。ですが、その期間が長ければ長い程、姫様の運気が大きく傾きます」
「悪い方に?」
「はい」
「でも、アギト君の協力を得られれば、姫様の運気も変わると」
「はい。姫様の悪い未来を良い方向に変えるカギは、あの青年が握っております」
「彼にはそれほどの力があるの?」
「はい、アギトなる青年の運気には強い力を感じます」
クレアはアギトの瞳と胸の刻印が、金色に輝いていたのを思い出していた。
「色んな人のオーラを視てきましたが、姫様の様な漆黒のオーラも、金色のオーラも初めて視ました」
「アギト君がいてくれた事に感謝しないといけないわね。他の女性達はどう、ジーナ、ミア、バディの3人は?」
「3人の女性のオーラは赤色、黄色、青色、紫色等が混在しております。勇気、希望、信頼、不安、困難などありますが、あの青年のオーラでもってマイナス部分は取り除かれるでしょう。未来もそんなに悪くはありません。ただ、一般の人達と比べるとかなり起伏が多く、一筋縄ではいかないと思います」
「波瀾万丈だけど悪くはないと?」
「はい」
クレアはある事を考えていた。
そんな強い影響力を持つアギト君でも、エリック村長やフィン隊長、レス君を助ける事は出来なかった。なら絶対ではないと言う事ね。ひょっとしたら彼等はアギト君の影響を受けても変えられない程、運が悪かったと言う事なのかしら?
「それは信じていいのかしら?」
「最初にも言いましたが、絶対に変化しないとは言えません。ただし、本人が努力を怠らなければ、私の占いはかなり当たると思っております」
あの子達が努力を怠る事は、まずないでしょう。
「なら、ひとまず安心ね。アギト君の未来はどんな感じなのかしら?」
「それが、見えません」
「どういう事?」
「あの青年の未来を探ろうとすると、見えなくなるのです」
「何故?」
「私が占うとある程度、その人の未来が視えます。ですが、アギトなる人物の未来は視えませんでした」
「まさか、早くして亡くなるとか?」
「いえ、そうではないのです。なんと言いましょうか、巨大な壁が遮る感じで、そこから先が見えないのです」
「でも、アギト君がいなければ姫様の未来もないんでしょう?」
「はい。ですから、あの男性の未来が分からないと、姫様の未来も分かりません。ただ、彼が健在であるうちは、姫様も大丈夫かと」
その時、クレアの後方から足音が聞こえた。柄に手をかけ身構えるクレア。
「何を話しているかと思えば、占いか」
そこには1人の男が立っていた。
「ア、アギト君!」
「やぁ、クレアさん」
「どうして、ここに?」
「さっきのお茶会の時、やたらベルタさんが俺の方を見るんで気になったんだ」
「ひょっとして、ベルタさんが自分に気があるんじゃないかと思ったの?」
大きく手を振るアギト。
「クレアさん、もうイジメないでくれ。ベルタさんも困ってるじゃないか」
クレアが振り返ると、そこには困惑した表情のベルタがいた。
「ゴ、ゴメンなさいね、ベルタさん」
「い、いえ」
「で、アギト君はどこから盗み聞きしてたの?」
「なんかヒドイ言い回しだな。人をコソ泥みたいに言わないでくれ。話は最初から聞いてたよ」
「もぅ、仕方ないわね。ならアギト君、ベルタさんに協力してもらうわよ、いい?」
「あぁ、かまわない」
「でも、リリーちゃん達には言わないでね」
「分かってるよ」
ベルタの前に座るアギト。そこからベルタはアギトをジッと視る。しばらくするとベルタは何かに驚き、イスから転げ落ちてしまった。駆け寄るクレアとアギト。
クレア。
「どうしたの、ベルタさん?」
ベルタの背中に回り込み、身体を支えるアギト。
「大丈夫か、ベルタさん」
「えぇ、すみません。大丈夫です」
クレア。
「何か視えたの?」
イスに座ると、深呼吸をするベルタ。
「巨大な瞳」
頭をかしげるクレア。
「巨大な瞳?」
「はい、トカゲの様な縦長の瞳でした」
アギト。
「トカゲ、縦長の瞳?」
「紅い瞳でした」
心当たりのあるクレア。
「まさか」
「どうしたんだ、クレアさん?」
「覚えてる、アギト君?」
「何を?」
「コーカス村でオークス中佐達と戦っていた時、アナタの身体が水色の球体に包まれたでしょう?」
「もちろん、覚えてる」
「あの時のアギト君の瞳は、爬虫類の様な縦長だったわ」
「そうなのか? 俺は胸の刻印しか気が付かなかった。瞳も変化していたのか」
「そうよ。あの時、アナタの瞳は縦長だったの。そして、胸の刻印が紅く光っている時は、縦長の瞳も紅くひかり、刻印が金色に輝いていた時は、瞳も金色に輝いていたの」
驚くアギト。
「知らなかった!」
ベルタに話を振るクレア。
「それで、その巨大な紅い瞳がどうしたの?」
「アギトさんの未来を視ようと目に力を加えたら、突然巨大な瞳が現れ、『それ以上、視る事は許さん』と頭の中に声が響いてきたんです」
アギトはある事を思い出す。
「まさか、あの紅い炎の男か?」
クレア。
「なに、その紅い男と言うのは?」
「クレアさんにも言っただろう。俺が国切丸で毒を抜いた後、気絶して夢に現れた男女がいたと。1人は紅い男、もう1人は蒼い女」
「あっ!」
「何か関係があるんじゃないのか?」
「そうね、無関係じゃなさそうね」
ベルタに話かけるアギト。
「それで、どうなったんです?」
「それ以上は、視る事は出来ませんでした。こんな事は初めてです」
クレア。
「アギト君には、本人も知らない謎があるようね」
「そうだな。それも今回の旅で、その謎の一端がわかる様な気がするんだ」
「そうなの?」
「あぁ、後で話すよ」
クレア。
「ベルタさん、アギト君の未来はもう視る事は出来ないの?」
「申し訳ありません。今の私にはあれが限界でございます」
頭を下げるベルタ。
「そう、仕方ないわね。でも、ありがとう、ベルタさん。こんな遅くまで付き合ってくれて」
「いえ、こちらこそお力になれず」
「でも、貴女に占ってもらっただけでも収穫よ」
「そう言ってもらえると助かります」
「じゃあ、このお金もらってくれるわね」
「ですが、これはあまりにも金額が多いので」
「お金は無いと困るけど、あって邪魔になるモノではないわ。だから、気持ちよくもらって。そうしてくれると、私も気持ちよく眠れるから」
「分かりました。では、遠慮なく頂きます」
「ありがとう。じゃあ、私達はこれで失礼するわね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
クレアとアギトは挨拶を済ませると、村長宅を後にした。ベルタは2人の姿が見えなくなると、独り言を呟く。
「ジーナさん、ミアさん、バディさんの運気は問題ないと言ってしまった。でも、彼女の運気だけは……アギトさんの金色のオーラをもってしても、変える事は難しいかもしれない」
静かに目をつぶるベルタ。
歩きながらアギトに話しかけるクレア。
「ところでアギト君、さっきの話の続きだけど」
自分の考えをクレアに述べるアギト。
「俺が思うに、リリーの背中の地図に記されているモノは、俺に関係している様に思えるんだ」
「どう言う事?」
「俺は最初あの地図には、スタンリー王国の秘宝か武器の様なモノのありかが記されていると思ったんだ」
「違うの?」
「夢の中で紅い男が俺に言ったんだ。『リリーの背中の地図は俺を導く為の道しるべ』だと」
「?」
「リリーの背中の地図は秘宝なんかではなく、俺に関係するモノ。それこそが500年前に帝国軍の進行を退けたんじゃないかと思うんだ」
考え込むクレア。
「500年前の出来事がアギト君に関係するのかな?」
「分からないが、そう思うのが自然だと思う」
「う~ん、謎が多すぎるわね」
「だが、その地にたどり着ければ、全容が分からなくても、何か糸口が見つかると思うんだ」
「そうね。ならその糸口を掴んで来なさい」
「そのつもりだ。それにしても、この村にベルタさんみたいな占い師がいたとはな」
「昔は凄かったのよ、フィル村のベルタと言えば」
「そうだろうな。占いの中身は人生の指針のような内容だった。ベルタさんの占いには、本人の努力が不可欠みたいだな。他の占いとはずいぶん違う。聞いていて納得したよ」
「そうね。自分の望むモノを掴むには運が必要。でも運を掴むためには努力が必要。それを怠ると未来は変えられない。むしろ悪い方に流れてしまう。分かっていることだけど、中々できないモノよ」
「それが人間なんだ。そして、それ以上の幸運を人は奇跡と呼ぶ。その奇跡は人知のかけ離れたモノ。つまり、それが神の領域かもな」
「アギト君って時々、哲学を語るわね」
「そんな、たいそうなモノじゃない。ただの感想さ」
「それがアギト君のスゴイ処かもね。頭脳、身体能力、刀の技。色々と卓越したモノを持ってるけど、一番スゴイと思うのは、モノの考え方、とらえ方。常に人の斜め上をいってるわね」
「タダのひねくれ者さ。物事を正面から視る事が出来ないんだ。いつもその裏を考えてしまうんだ」
「でも、その考え方が役に立ってるわよ」
「こんな考え方が役に立つのは非常事の時だけだ。平時においては、ただの厄介者扱いさ」
「アギト君はやっぱり、ひねくれ者ね」
「褒め言葉として、頂いておくよ」
「そう」
こうして2人は宿に戻り、眠りについた。明日と言う日を迎える為に。




