第1章 第50話 フィル村
アギト一行は、コーカス村から10㎞ほど北にあるフィル村へと向かう。この村は害獣から守る為に簡素な壁に囲まれていた。村の人口はコーカス村とほぼ同じ1000人弱。何の特産品も特徴もない普通の村。
東西南北にある出入り口の一つ南の門にさしかかる。すると、年配の男女が門の所まで出迎えに来ていた。男の方は65才ぐらいで銀髪で青い目の持ち主。女の方は60才ぐらいで同じく銀髪で青い目をしていた。クレアは馬から降りると2人に挨拶をする。
「私がこの護衛兵を率いる責任者、クレア・アイマ・ラッセルです」
年老いた男がクレアに返事をする。
「わざわざご丁寧にありがとうございます。私がこのフィル村の村長を務めさせてもらっておりますチャス・バーガーと申します。これにおるのは私の妻ベルタと申します」
夫妻はクレアにお辞儀をする。クレアはそんな2人に話かけた。
「先に使いの者が来ていたと思いますが?」
村長。
「はい、お話は聞いております。今宵一晩だけ、この村にお泊りだそうで」
「えぇ。それと、リリーナ様の事は内密に」
「心得ております。口外はいたしません」
「じゃあ、少し待ってて。姫様を呼んで来るから」
クレアは馬車の方へ歩いて行くと、リリーナとジーン、そしてその赤ん坊を連れて来た。
「このお方がリリーナ様よ」
「おぉぉ!」
リリーナの美しさに見惚れる村長。妻のベルタはリリーナを視て一瞬目を見開く。そんな2人にリリーナが挨拶をする。
「先にご紹介に与りました、私がリリーナ・ドミニク・スタンリーです。村長さん、そして奥様、この度はお世話になります」
「もったいないお言葉、ありがとうございます。むさ苦しい所ではございますが、どうぞ、ごゆるりとおくつろぎください」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
次にジーンを紹介するクレア。赤ん坊を抱きかかえ会釈するジーン。
「お久しぶりです、村長さん」
「本当に久しぶりだの、ジーン。今回は大変な事になったの」
「はい」
「この子が、旦那の忘れ形見か?」
「はい」
「…そうか。でも、お前とこの子が助かっただけでも良しとせんとな」
「はい」
「ところで……」
村長の妻ベルタが話に入る。
「お前さん、姫様もおられるんですよ。早く中に入ってもらったら? 話はその後で」
「おぉ、そうだったの」
リリーナ達は、それぞれ村長夫婦に会釈しながら前を通り過ぎる。そしてアギトが通り過ぎた時、ベルタはリリーナの時と同様に驚いていた。だが、それも一瞬だった為、他の者には気付かれなかった。ただ1人、クレアを除いては。
こうしてリリーナ一行は村の宿屋に案内された。割り当てられた部屋に荷物を置くと村長の家に招かれる。それと同時に兵達は村の中で警備に付いた。そんな中、クレアの所に2人の兵が訪れる。彼女から何か耳打ちをされると、2人は人知れず姿をくらませた。
村長の自宅で改めて挨拶をするリリーナ達。そして、ジーンの番となった。話を進めるクレア。
「村長、そんな訳でジーンちゃんを、この村で住まわせてもらえないかしら?」
「私はかまいません。きっと、村の皆も歓迎しますよ」
ベルタ。
「この村にはジーンの両親もおる。今日から両親の所に戻るかね?」
ジーン。
「いえ、今夜だけはクレアさん達と同じ宿に泊まり、明日から実家に戻ります。でも、挨拶だけは今日中に済ませておきます。孫の顔も見たいでしょうし」
村長。
「そうか、ならそうしなさい。まぁ、今日から実家で泊まるにしても、部屋の掃除とか大変じゃろうからの」
「ありがとうございます、村長さん」
礼を言うジーン。今度はリリーナの方に向きを変える村長。
「では、リリーナ様、ささやかではありますが、今夜ウチで夕飯などいかがですか? 田舎ですからお口に合うかどうか分かりませんが」
「ありがとうございます」
リリーナはアギト達の方に顔を向ける。
「に、アギトさん、クレアさん、いいですか?」
アギト。
「よろしいんじゃないですか、リリーナ姫」
クレア。
「よろしいのでは、リリーナ様。村長さんの折角のお誘いですから。ジーナ、ミア、バディちゃんもそれでいい?」
アギト達は村長夫婦がいる為、この場ではリリーナに対して敬語を使う。
ジーナ。
「はい、よろしいかと」
ミア。
「ボ、私もいいです」
バディ。
「えぇ、かまいません」
リリーナ。
「では、村長さんのお言葉に甘えさせてもらいます」
「よかった。では私がこれからリリーナ姫様やクレア様に、この村を案内させてもらいます」
リリーナ。
「分かりました。では、よろしくお願いします」
ベルタ。
「私はこれから料理の用意をいたしますので、また後ほど」
リリーナ達を連れ村の中を案内する村長。その最後尾にいるアギトは村の外に鋭い視線を送る。それに気付くクレアとバディ。バディ。
「どうした、アギト?」
「いやな、最近周囲を警戒する癖が出来て、つい目を光らせてしまうんだ」
感心するクレア。
「流石ね。これなら娘達の旦那になっても夫の後を継げるわね」
「ア、アギト、もうジーナや、ミアと一緒になるつもりなのか?」
「早とちりするな、バディ! それとクレアさん、俺をあんまりからかわないでくれ!」
「いいじゃないの。滅多にないのよ、アギト君をイジられるネタなんて」
小さな声でつぶやくアギト。
「ドSめ!」
アギトの方を向くクレア。
「今『ドS』って言ったわね、アギト君。何なの、その『ドS』って?」
思わずつぶやくアギト。
「じ、地獄耳め」
「全部聞こえてるわよ、ア・ギ・ト・クン。褒め言葉じゃないわよね?」
「い、痛い、痛い、クレアさん」
アギトはクレアに耳を引っ張られ、内容を白状させられる。
「ふ~ん、アギト君も人の悪口言うんだ」
「俺だって人間だ、悪口ぐらい言う。俺をあんまり特別視しないでくれ」
「そうね、分かったわ。アギト君も人間で泣きも笑いもするという事ね?」
「当たり前だ。人を何だと思ってるんだ!」
「じゃあ、アギト君、彼女達の前でたまには笑ってあげて」
クレアはリリーナやジーナ達を見る。
「何で?」
「皆心配してるのよ、最近アギト君は全然笑わないって。ジーナやミアが『以前はもう少し笑ってた』って言ってたわよ」
ハッとするアギト。
「言われてみればそうだな。気付かないウチに皆に心配をかけてたみたいだな。ありがとう、クレアさん」
「いいのよ。それより、この村の周囲に目を光らせるのは流石だと思ったわ。これからの旅はちょっとの油断が命取りになるから。まぁ、アギト君の用心深さと洞察力は凄いモノがあるから心配ないと思うけど」
「あまり買い被らないでくれ」
「そう?」
そんな時、アギトを呼ぶ声がした。
「アギトさん、何をしてるんですか?」
「すみません、リリーナ姫」
話し込んでいた為、アギト達はリリーナ達との間に距離が空いていた。アギト達は駆け足でリリーナに追い付くと、そのまま村長の案内に耳を傾ける。その後、一度部屋に戻り少しの間くつろいだ。自分の部屋で考えをまとめるアギト。
「今回のこの行動は第1王子側にも第2王子側にも悟られているはず。多分、何処からか監視されている筈だ。それを撒くには……こちらから仕掛けるか? いや、下手に動かない方がいいな。この村に迷惑はかけれないし、防壁が貧弱だ。やはり、予定通り明日だな。ユアンとノエルがいないのは痛いな。あの2人は諜報活動させるにはもってこいなんだが。ないモノねだりをしても仕方ないか」
などと独り言を言っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
『コン、コン』
身構えるアギト。
「アギト君、いる?」
若い女の声。だがその声には聞き覚えがあった。
「何だ、ジーナさんか!」
「村長さんから夕飯の準備が出来たから、来て欲しいって」
「分かった。すぐに行く」
「折角だから、一緒に行きましょう」
「そうだな」
部屋から出ると、ジーナがアギトの腕に自分の腕を絡ませる。
「ちょ、ジーナさん」
「いいでしょ、ちょっとぐらい。最近、ミアにおいしい処をもっていかれてるんだから。たまには私も甘えさせてよ。これでも、頑張ったんだから」
「そうだな、ジーナさんにも世話をかけっぱなしだったからな」
「そうよ、それにこんな美人と腕を組んで歩けるなんて、普通嬉しいものよ」
「確かに、そうだな」
アギトの耳に口を近づけるジーナ。
「ところでアギト君、今夜なにか仕掛けるの?」
「まさか、聞こえていたのか?」
「えぇ、少しね」
「そんな、大きい声で喋ってなかったはずだが」
「耳が良いのは母親ゆずりなのよ」
「じ、地獄耳」
「で?」
「今夜は何もしない。変に仕掛けると藪蛇になるからな」
「そう、もし何か事を起こすなら一声かけてね」
「分かった」
その後、村長の自宅でささやかな夕食が催された。素朴でありながら、ベルタの愛情が注がれた田舎料理が振る舞われた。一同はあまりの美味しさに驚く。
リリーナ。
「美味しいですね、これは!」
微笑むベルタ。
「ありがとうございます、リリーナ様。こんな田舎料理を褒めってくださって」
「とんでもないです。本当に美味しいですから」
「こんな料理でよければ、いくらでもお代わりしてください」
「ありがとうございます、ベルタさん」
リリーナ達は心行くまで料理を堪能すると、お開きとなった。後片付けをするベルタにクレアが声をかける。
「手が空いたらでいいから、少し時間いただけるかしら?」
「えぇ、いいですよ」
「そう時間はとらせないから」
「分かりました」
食事を済ませると、各自部屋に戻る。部屋割は奥からジーナ、リリーナ、ミア。反対側はバディ、アギト、クレアとなっている。リリーナを守る鉄壁の布陣を敷いていた。クレアが部屋に入るとそこには2人の兵が彼女を待っていた。
「どうだった?」
明かりに照らされた顔はユアンであった。
「いました。俺が探りを入れた北側と東側には。あまり近づくと気を取られてしまうので、ハッキリとは言えませんが、まず間違いないと思います」
明かりに照らされたもう1人の人物はノエルだった。
「私が受け持った南側と西側にもいました」
「やはりね。敵の偵察部隊が東西南北くまなく配置されてるわね。これからアギト君達がどこへ向かっても動けるように。2人に聞きたいけど、ザインとコンベールどっちだと思う?」
考え込むノエル。
「分かりません。ですが、この間の事を考えるとザインの気がします」
ユアン。
「俺は両方だと思います。ただ、第一王子側にしても、第二王子側にしても直接ザインとコンベールが動いているのかは分かりませんが」
「そうね、両方に対処しないとダメね。これは厳しい旅になるわね」
ユアンがクレアに質問する。
「あの、よろしいでしょうか?」
「何、ユアン?」
「クレアさんは今回の旅に俺とノエルを同行させようとしていたのに、何でアニさんの申し入れを断ったんですか?」
「アギト君も人の子よ。ユアンとノエルがいれば、必ず頼ろうとする。それは悪い事じゃないわ。でも、あまりユアンとノエルに頼り過ぎると、今度はアナタ達が危険にさらされる可能性があるわ。もちろん今回の旅は危険が多いけど、必要以上に危険にさらされるのは不味いわ。アナタ達はあくまでも諜報活動が主体で、アギト君達が本当に危機に陥った時にだけ助けに入る最後の切り札なの。だから、アギト君の申し入れを断ったの」
「考え過ぎだと思うんですが? そこらへんはかなりしっかりした考えの持ち主ですよ、アニさんは?」
「えぇ、私もそう思うわ。でもね、私にとってはユアンとノエルも大事なの。アナタ達2人は私の子供みたいなモノなのよ。ジーナやミア、ソフィアと同じ様にね。小さい頃からアナタ達を見てきたから、実の子以上に可愛いのよ。あっ、今のはジーナとミアには内緒よ。娘達に聞こえたらヘソを曲げるから」
人差し指を立て、口に近付けるクレア。
「分かってます」
目を潤ませるノエル。
「クレアさん、ありがとうございます。私たち兄妹の事をそんなに想ってくださって」
「いいのよ」
そう言うと、クレアはユアンとノエルを抱きしめる。
「2人には世話をかけるけど、リリーちゃんや、娘達をお願いね。そして、アナタ達も無事に帰ってきなさい。約束よ」
ユアン。
「分かってます、クレアさん」
少しモジモジするノエル。
「お願いがあるんですが、いいですかクレアさん?」
「何? 私に出来る事?」
「はい」
「言ってみなさい」
「あの、『お母さん』って呼んでいいですか?」
微笑みながら返事をするクレア。
「いいわよ」
ノエルは喜びながらクレアに抱き着いた。
「お、お母さん! お母さん!!」
クレアはノエルの髪を優しく撫でると、顔をほころばせた。
「以前からこんな風にしたかったんです。夢が叶いました」
「もっと、早く言えばいいのに」
今度はユアンに顔を向けるクレア。
「ユアンも呼んでいいのよ」
「でも、俺は17才ですし……大人ですから」
躊躇するユアン。ノエルはクレアに肩を叩かれると彼女から離れる。ユアンはその空いた胸に顔を埋めるとモジモジながらクレアの事を『お母さん』と呼ぶ。
「お母さん!」
ユアンは強く抱き締められると、今は無き母親の面影をクレアに投影する。クレアは最後にもう一度、ユアンとノエルを抱きしめた。ノエルは嬉しさを顔に出すが、ユアンは逆に照れていた。ユアン。
「な、なんか恥ずかしいな」
「アナタは大人と言っても、まだ17才よ。たまには本当の大人に甘えなさい」
「は、はい」
「じゃあ、私はベルタさんとの約束があるから、ここを留守にするわね。アナタ達はアギト君達に見つからない様にして出て行きなさい」
ノエル。
「分かりました、お母さん! じゃなくて、クレアさん」
ユアン。
「すみません、クレアさん」
「別にいいわよ。人前で『お母さん』と呼ばなければね」
驚くノエル。
「ほ、本当ですか?」
「えぇ、かまわないわ。あと、夫の前でも『お父さん』と呼ばないでね。ビックリするから」
「分かりました、お母さん!」
頭を下げるユアン。
「ありがとうございます、ク、お母さん」
優しく微笑むクレア。
「どういたしまして」
クレアはドアノブを回し部屋を出る。残された2人も、いつの間にか部屋から姿を消していた。




