5・18 アナクロニスムスの脈絡
5・18 アナクロニスムスの脈絡
昼間、煙草を買いに行くがてら、住宅街を散歩していた。五月の日差しはもう夏めいて、僕はまた八月が近づいていることを思った。あの八月の長い夜のことは、もう一篇の長い詩に書いた。僕は暑い日向を離れて、裏通りの涼しい日陰に入った。
木の枝の先に一輪だけ咲いた、五月も下旬に差し掛かる日陰の、季節を間違えて咲いた八重桜。それは見上げた緑の中にあった。その咲き残りの一輪の寂しさ。
八月も終わった初秋の夕暮れに、ひとり鳴きつづけているヒグラシの忘れ音。最後に一匹残った金魚。遅れて咲いた雪中の竜胆。柾木の文学も、相違なかった。
生れる時代を間違えた錯誤者。過ぎ去った近代に執着する愚鈍さ。そのくせ、彼は軽薄だった。どうしようもない現代的病理。彼の消費癖は日に日に悪化して、もう一文ごとに飽きが来ていた。改行は一行ごとに繰り返し、詩にすらなれない一文の連なりは、互いに無関係なまま軋み合った。深淵まで立ち入ることなんて出来ず、表層をなぞるだけの一文の連続を、脈絡もなく柾木は書き続けていた。それは全く、あの桜だった。ひとりで秋に羽化してしまっては、交尾さえかなわない哀れな蝉だった。生物としての根本的敗北。生れながらの敗者、落伍者。畢竟そういうものの寄せ集め。柾木はそういうもので出来ていた。救いようのない、アナクロニスムス。もはやそれは周回遅れの、何処へ出すにも恥ずかしい半端者。彼の営為に、意味などはなかった。(了)




