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4・30 父

4・30 父


 今日もまた実家だ。ここにいる間に、純文学の本丸、父の事を書く。今夜は少し長くなるだろう。

 我が家の父はピンボケだ。つまり、ピントがズレている。発達系かなにかの病気だと思う。だが、そんな病気は病気でなかった時代の人だから、最近になるまで「ちょっと抜けたひと」くらいのものだった。

 だから父は、自分が変だなんて微塵にも思ってないし、自分のせいで相手がいらいらしているのを見て、「相手の性格の問題だよなあ」なんて言ってのける。

 父のピンぼけは例えばこうだ。あと三分で出かけなきゃならないのに、家中の栓やコンセントを確認し出す。もう二年くらい使っていないところまで確認し出す。そのせいで出発がいつも三十分遅れる。それで、「よし確認したぞ」と意気揚々、安心して玄関の鍵を掛けずに出ていく。

 車に乗れば、「止まれ」の標識がない所で止まり(車が来るかもしれないから)、「さあ止まったぞ」と安心して、つぎの交差点まで悠々と走る。そして本当の「止まれ」を見落としてネズミ捕り。それでゴールド免許がパァ。

 市役所に出すハガキを書いたから、父さん、間違いが無いか確認して。わかった。手渡して、それから三十分後。一枚のハガキを、まだ確認している。

 人が話すとき、必要でないから説明が省かれる部分、常識や不文律で理解できる部分、聞かなくてもいい末梢の部分、完璧に論理立った部分を、いちいち、相手の話を遮って確認する。確認しなくていい時に、確認すべきでない時に、確認する必要のないところを、確認する。そのせいで、本当に落としてはいけないところを、ポカンと落とす。そして自分ではそれに気づかない。しかも、確認がはじまるのは話がだいぶ進んだあと。気になったところで「あれ?」となってから、一人でしばらくそれに拘っている。勝手に考えて、それから訊く。その考えている間に相手がした話は、一切聴いてない。それで、突拍子もない時に、随分前に終わった事について質問する。それで、質問の仕方がまた、順序立ってないし、要点がつかめない。何が言いたいかわからない。相手はひたすらにイライラし始める。末端ばかりが気になって、言われた肝心な話は入っていない。それで後から「この前のこと」と言われても、「え、聞いてませんけど」となる。「あんなに確認してきたじゃないか」「それは確認したけど、そっちのことは聞いた記憶ないです」。すなわち、救いようのないほどの、ピンぼけ。

 こんなピンぼけが、父。父なんだ。

 この家に育ったら、この血を継いだら、かならず子供は不幸になる。僕はこの血を絶やさなばならない。

 きっと自分にも、その血は流れていて、自分では気がつかないうちに、人に変なこと訊いたりしてるんだろうなあ、と常々思って気をつけてはいる。

 たとえば僕は、安定した一人称を持たない。同じ人と話すのにも、日によって僕だったりおれだったり私だったりする。きっとピンぼけの一種なのだと思う。そのくらいで、済んでいればいいけれど。僕に友達がほとんどいないことと、僕の血のことは、無関係ではないだろう。

 僕は、この不幸な家から遁れる。明日は、南へ逃避行だ。(了)


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