第99章
99.
『もし、全てを望むのならば、全てを諦めなければならない』それは、エレインやアリシアたち精霊にとっては、自明の理なのだという。ある意味羨ましい事には、彼女たちは生まれながらにして『少なく生きる』事を身につけている。まず、物やお金に対する執着というものが、まったくない。あるいは、人生の目的だとか、自己の生命そのものだとか、そういうものに重きを置かない。
とても刹那的で、そして、・・・限りなく透明だ。
だから、体重がなかったりするのかな?
軽量なのは約一名だけだが。
少なくとも元ドラゴンであっても生命ある個体として自我を持っていたソフィアとは異なり(そう、たとえばソフィアは自分たちドラゴンには収集癖があり、色々と固執すると言う事を認めている。原罪というか、その罪さえも非常に人間と近しいとも言える)、この世界に普遍的に存在する『魔力』あるいはそれに近しい属性を持つ『何か』の集積が何らかの汎神論的な個性や人格を持つに至ったと考えられるのが、彼女たち『精霊』の存在だ。
否、寧ろその出自が非生命体というか、その様なふわふわとした物であるにも関わらず、人間あるいはこの世界に於ける人間同様に代表的な生命体であるドラゴンやエルフと近しい思考を持つ事の方が、余程驚きとも言える。
とは言っても、エレインはエレインだし、アリシアはアリシアなのだが。
「私たち精霊は、この地に残された古き神々の残滓の様なものなんだ。清き水の湧く地に『水の精霊』は生まれ、地の底より灼熱の炎が燃え立つ地に『火の精霊』は生まれるわ」
アリシアが俺の耳元に唇を寄せ、そんな事を囁いた。
その残滓が、この世界にあるこの世界固有の『魔力』の事を指して言っているのか、それとも『魔力』とは異なる『何か』なのかは分からない。だが、仮に俺の手元に元いた世界の最新の分析装置があったとしても、結局事象以上のものは捉えられない気はする。俺はある種の畏怖を感じながらも、探究心を満たすという意味合いに於いては、既に諦めに近しいものがある。
つまり。
だって、ショウガナイよね、いるんだから。
「アリシアは、何でエルフの王に仕えていたの? 『世界樹の若木』の守り人って、皆、『火の精霊』な訳?」
かくある状況なので、話題は一気に世間話的な展開へ。つまり、『俺の彼女は、俺に出会う前は何をしていた?』的な。
・・・俺って、小者だな。
因みにアリシアの場合、素直なのは腕の中にいる時だけらしい。非常にツンデレ属性が強い。その為に、昨夜に続いてソフィア、シャーリー、エレインと出会った順に(半ば、たまたまだが)寝かしつけて、今に至る。左右にしどけなく横たわるソフィアたちの間で、彼女たちの寝息を聞きながら、アリシアとお互いに囁くような会話が続く。
「この地に育った『世界樹の若木』の近くで私は生まれた。自分という存在をまだ認識も出来なかった私に、先代のアレス王は名を与え、『世界樹の若木』の守り人に任じた。私たちは、自分たちにその存在の理由を与えてくれた者に従うわ。私の場合はそれがアレス王だった。別に『火の精霊』が『世界樹の若木』専属って訳ではないけれど、今も幾つか残る『世界樹の若木』を守る者の多くは『火の精霊』だな」
『世界樹の若木』の守り人への『火の精霊』就職率の高さは、おそらくは彼女たちの戦闘力の高さが起因している。そして、自分を律しその務めを果たす、果たし続ける真面目で、且つ甘んじて死地へと赴く律儀な性格もまた、採用の理由の一つだろう。つまり、生まれながらの『世界樹の若木』の『守り人』ということだ。ツンデレ的だとは思っていたが、同時にヤンデレ的でもある。そして自分の生命を軽視する分、その相手となった俺の命も同様に軽そうではある。
これは腹上死から斬首に、俺の死因は変更か?
「俺について来てくれるのは、アレス王の指示なの?」
これぞ、男の嫉妬、ですね。
つくづく、俺って小者。
仕方ないじゃん。気になるんだから。
「半分はそうだ。残りの半分は、私自身の決めた事。強くなりたいと言ったのは、嘘じゃない。・・・こうしてお前に抱かれているのは、如何なんだろうとは思ったが、悪くはないかな、とは思う・・・」
何か微妙な回答ではあるが、そう囁くアリシアも頬をその髪の様に真っ赤に染めている。これはもはや、言わせる俺が痛いのかも。
だって、ショウガナイじゃん、気になるんだから。
その存在さえも希薄な『火の精霊』を、今だけは己が欲望で染めながら夜が更けていく。
・・・あっ、エレインが薄目を開けてる。
聞かれて困る話はしてないが、かなり恥ずかしくはある。
明日の朝には、また大分素直さの後退したアリシア、つまり『目付きの悪い、情熱に生きる女』と、更には『元ドラゴンの美少女』、『合法ロリ』、『訛のある悪女(その2)』たちと、『虚無の狼の迷宮』への旅が続く。
起きているなら、折角だからエレインにも付き合って貰おう。
この恥ずかしさは、エレインにも共有して貰う必要があると、エレインの参加も決定。ぎゅっ、と今更ながら目を瞑るエレインも抱き寄せながら、思う。
俺には、彼女たち精霊の透明な想いを、共有する事が出来るのかと。
出来れば、俺と生きる事に、生きる理由と執着を見出してほしい、とそんな事を願った。




