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華龍Story  作者: ryo
95/142

第95章

95.

「アリシアは何故、俺たちと『虚無の狼の迷宮』に行くことにしたんだ?」

俺は目の前で真っ赤なドレスの裾を広げ座るアリシアに問う。

『虚無の狼の迷宮』への出立を明朝に控えた夜。

俺たちは、かつてはアリシアがその守り人を務め、今は『世界樹の若木』としての役割を終えた大木のある広場での、最後の夜を過ごしていた。ここはダークエルフとの戦いに先立ち、俺とアリシアが死闘を演じた場所でもある。


「かつて私はアレス王から、この『世界樹の若木』を守る任を仰せつかった。これまでその役を何の不足もなく果たしてきた心算だったが、私はお前にも、そしてあのダークエルフの戦士にも、あっけなく負けてしまった。それなのに、私は未だに何故、お前に負けたのかが分からない。私はお前を、もっと知りたい。そして、もっと強くなりたい」

左目を黒の眼帯で隠し、右目を成すスリット型の瞳孔の奥底に宿す漆黒の暗闇は怒りと情熱を同時に宿し、見る者を引きずり込まんとするかの様だ。情熱は別としても、少なくとも怒りの感情は理解出来る。一度は俺にその首を落とされたのだから、俺に対して良い気持ちがしないだろう事は疑い様がない。


「それで、俺たちと一緒に『虚無の狼の迷宮』の主と戦ってくれるのか?」

エゼルが言っていた様に、『虚無の狼の迷宮』が『攻略されざる迷宮』であり続けているのにはそれなりの理由がある。迷宮の主の巣食う場所の直ぐ手前までが踏破され、最初の冒険者たちのパーティーがその奥にいる迷宮の主に挑んでから、既に数年が経つと言う。これまで軍が投入される事こそなかったものの、挑んだ冒険者の数は優に数百人、その半数が二度と帰って来ることがなかった。帰ってくる事が出来た残りの半数も、主を倒せた者はいない。それ故に、『虚無の狼の迷宮』は今も『攻略されざる迷宮』であり続けている。


「もちろんだ。私はお前と共に戦えば、より深くお前の戦い方を学ぶ機会を得る。それに、その為とはいえ、不本意ながらお前にこの身を任す以上、自分の相手の身を守る為には近くにいる必要がある」

アリシアの言葉は、その隻眼が宿す意志の力で裏打ちされ力強い。惚れ惚れする程良い男っぷりだろう。そう、・・・なのだが。

ソフィアに何を吹きこまれたのかは知らないが、結果を見る限り、如何見ても俺的には蛇に睨まれたカエルの気分。単に俺の周りの凶暴な捕食動物が増えただけ、の様な気が。


「・・・別に俺に抱かれなくても、共に戦うことは出来ると思うのだが」

睨む俺の視線を避けてか、ソフィアはまるで『何か風が匂いますね』とでも言いたげに、スンスンとわざとらしく鼻をひくつかせている。子犬みたいで可愛いが、そういう小細工は身を滅ぼすという事を、後できっちりと教育しなければならない。たとえ今は、エプロンも白いワイシャツも、手には入らなくても!

と、心の中で誓いを新たにする。


「・・・何事も、中途半端はいけない。大体、これで私がお前を愛していなかったら、お前を背中から切り裂いているだろう」

竹を割った様なある意味清いアリシアの返答に、おおっと、焚火を囲む一同にどよめきが起こる。

その黒い眼帯の部分以外の部分を、まるでその髪やドレスと同じ位に真っ赤に染めつつも、そう言い切るアリシアは更に男を上げたと思うが、比べて俺が女々しいだけなのか?

いや、単にアリシアがソフィアの口車に乗せられるくらい、単純な性格なだけ、じゃないのか?

ソフィアは自分たちドラゴンには、宝石や金貨、あるいは魔法や知識だったり、とにかく自分の好みの物を貯め込みたがる性癖があると、そう告白してくれた。似た様な性癖は、もちろん人間にも普通に存在する。良い方に進めば所謂コレクションは、時として美術館の基礎ともなる。


「・・・シャーリー、薬はまだ、残っているの?」

ドラゴンと人間の収集癖の理由は異なるのかもしれないが、人間の場合その心理的な要因の一つとなる狩猟本能は、おそらくはドラゴンに於いても同じなのではないだろうか?

つまり、より大きな獲物を狩りたい、あるいは狩った事を褒められたいという様なもので、飼い猫が小鳥を咥えてご主人様の足下に持ってくるのと一緒だ。

飼い猫じゃなくて、飼いドラゴンだけど。

持って来たのは小鳥じゃなくて、サラマンダーだけど。

俺が飼っているというより、単に俺が尻に敷かれているだけ、みたいだけど。


「はいっ!えっと、エルフたちの治療に使ったのと、ご主人さまが使っておられる薬は同じ回復薬でも種類が違います。今回は一本も使っていません。ですから、前回造った分がまだまだ、たくさん残っています」

そう、だよね。

そうだとは、知っていたけれどね。

ありがとうね、シャーリー。

キミに罪はないが、その薬を飲む以上、キミも連帯責任を負う事になるね。


「そう、なんだ。ありがとう」

薬の使用は、計画的に。

何れにせよ、俺の腹上死の予定は更に早まったに違いない。


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